1合宿
8月に入り、陸上部の合宿が始まった。翔陽高校陸上部だ。期間は2週間。グランドの外れにある合宿所に泊まり込む。
今回、合宿しているのは、陸上部とバスケット部。1階は陸上部が使用して、バスケ部は2階に泊まる。
陸上部は、午前中は殆ど基礎練習をしている。昼は2時間休憩をして午後にタイムアタックをする。
グランドは通いの運動部も使っているので、野球部やサッカー部の掛け声があちこちから聞こえてくる。
校舎の方には、人はいないが、幾つかの文化部は活動をしている。何処からともなく楽器の音が聞こえてくる。
グランドの横は高いフェンスになっていて、その向こうは川で、またその向こうは林になっている。そこからは、セミの鳴き声が聞こえている。
空は、青くて白い雲がポツポツと浮かんでいる。
そして、ときたま吹く風が気持ち良い。
練習は5時に終わり、7時迄に夕御飯を終らせる。食事は、合宿所の食堂でバスケ部の子達と合同で取る。
7時迄なら、お風呂に入ってから食事を取っても構わない。
人が多いので風呂と食事を交代に行っている。
陸上部の橘真希は、食事が終わった夜の8時頃、同じ陸上部で仲良しの飯田琴音を誘って夕涼みに合宿所の外に出た。
外はまだ蒸し蒸しするが昼間の暑さに比べたら全然ましだ。
何人かは先生の目を盗んでコンビニに行っている。
グランドの方では男子が何人かで花火をやっている。先生の許可を貰っているのか疑問だが。
「花火やってるよ。いいのかな」
真希がグランドで花火をしてはしゃいでる男子達を見て言った。
「真希。2週間も谷島さんに会えなくて寂しくないの?」
琴音が真希を見て言った。
谷島弘人は橘真希の彼氏である。テニス部のキャプテンで3年生で女子に絶大の人気があった。
その谷島の方から去年の夏に、真希に交際を申し込んで、二人は付き合い始めた。
交際は順調で周りからは、熱々のカップルと言われている。
「別れたよ」
真希が強い口調で言った。
琴音は目を見開いて真希を見た。
「何で」
「うん。それが・・」
真希は、グランドにいる男子達に目を遣ると、「ちょっとこっちに来て」と琴音の腕を引っ張った。
合宿所の横の水呑場に来ると建物の裏を覗いた。人がいないのを確認するためだ。
高いフェンスとの間の狭い隙間には誰もいない。
フェンスの外側は、川になっていてその向こうは林になっている。人が入れる所ではない。
真希は、辺りに人がいない事を確認したら水呑場のコンクリートのシンクの前に戻った。
「暑いね。水飲もうか」と言って、真希は水呑場の蛇口の詮をひねる。
「橘真希。何があった」
琴音が静かに、しかし強い口調で聞いた。
真希は、意を決して口を開いた。
「妊娠させたんだよアイツ」と囁くように言った。