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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

城跡残し

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 どうだ、こー坊。ここが昔、地域をおさめた殿様がいた城址の跡じゃ。

 ああして、今は城が設けられているが、建て直したものでな。実際にはあれほど立派だったかは知らん。

 それでも見栄えがいいから、過去に時代劇の撮影に使われることもあったらしい。

 たとえ本物そのものでなくとも、形のみ、魂のみでも伝えていかねばならない。規模や志の違いこそあれ、そいつを悪いものだとじいちゃんは思わんなあ。


 ――なに、実際にこの辺りでいまも残っている、当時の城の部分?


 そりゃあ、石垣のところじゃな。


 あの城郭より、ちょっと離れたところに苔むした岩たちが積み重なっているじゃろ?

 あそこが、もともとの城が建っていた場所とされている。城づくりには技術の粋を凝らすことも珍しくはないから、今なお残る頑健なつくりになっとるのも珍しくない。

 残るとなれば、へぼいものにするわけにもいかん。のちの世に生きる人が、そのときどきの事情など鑑みてくれるはずがなく、ただその出来と不出来をもって評価する。

 出来がよければ名人評価で、不出来ならさんざんけなされ、時代劇でも無能の暗君扱い。たまったものじゃあなかろう。

 わしらの勝手な想像ではある。が、その想像も多く関心を集めるとなれば、それは尋常なことではなかろう。

 史跡となることで想いを集め、尋常ならざるものに変わっていく。ひょっとしたら、わしらもそれに出会う機会があるかもしれない。

 じいちゃんが以前に友達から聞いた話なんじゃが、耳に入れてみんか?

 


 じいちゃんの友達の息子となるから、ちょうどこー坊の父親くらいになるか。

 その息子がまだ小学生だった時分に、友達一家はこことは別の史跡近くに居を構えていたことがあったらしい。

 ここと同じような城跡、石垣の残りに加えて、周囲には水堀が残っておる。

 数キロ離れたところには二の丸広場と称される場所が、点々と存在していたらしいから、実際にはなかなか大きい城じゃったんじゃろうな。

 息子の遊び場だった、二の丸広場の一部はほぼ公園のような作り。遊具などが置かれている一角に、もと二の丸の一部だったという石垣が置かれている。

 高さにしておおよそ1メートルほど。それがうずまる土台部分のまわりを、水草漂うビオトープを思わせる池がたっぷりと囲っていたそうじゃ。

 大多数の人にとっては、公園の一角に鎮座するオブジェにすぎん。ときおり、興味本位で触ったりする年少の子供たちをのぞき、接触する者はかなり限られていたというが。


 夏休みにあった祭りの帰り際だったという。

 息子が家へ帰る途中に、この広場の近くを通る道を通らねばいかんのだが、かすかな水音を広場の敷地内から聞いた。

 ぱしゃん……ぱしゃん……。

 音は断続的かつ一定。複数の音かぶりもない。発生源はひとつ、あるいはひとり。


 普段なら、こうも怪談めいたシチュエーションには、息子も及び腰とのことだったがの。

 今日この時は、祭りの熱気と出店めぐりでたっぷり肥えた腹の張りが、気持ちまで大きくさせていた。

 息子は公園内に足を踏み入れる。水音は変わらず、とぎれとぎれに響いてきおった。

 このあたりで、水のある場所など限られている。かつての石垣、その周りに張り巡らされた池たち。あそこ以外に。


 が、息子はそことの距離を詰めるうちに気付く。

 先ほどまでは、ところどころにのぞいていた、空の星々の光。その一角が、不自然にすっかりなくなっているんじゃ。

 雲ではない。息子の目はよく、夜の空にかかる雲のかすかな形も判別できた。

 それがない。

 かの池まわり、その上空に至るまでが大きな影に隠されていたんじゃ。さらには、その下に本来なら見えるべき、家屋たちの姿も。

 その正体をより正確に見定めんと、ずんずんと近づきながらも目をこらす息子。


 池のふちに腰掛けるひとつの人影。

 それが足で水を蹴上げるようにかき混ぜているのと、本来、石垣があるべき位置から空へ向かって立つ大きな影。

 それが家屋と、星へ届くほどに背を伸ばしていたんじゃ。

 やがて息子は、池の水を蹴上げていたのが同じクラスの女子だと気づいたらしくてな。

 奇行こそあれ、見知った相手であればいくらか警戒も緩まり、ほっと息をつく。

 彼女は息子に気づいた様子こそあったが、慌てることもせず、引き続き水を蹴上げる作業を続ける。


 いざ近づいてみると、石垣のところに建っていたのは一本の大きな樹木の幹のように思われたらしい。

 彼女はただ水を蹴上げるのではなく、その幹へ水を引っかけていたそうなんじゃ。


「この木はね、夏の間だけ姿を見せるの。目には映るけれどね、実際にはそこにないの。

 私たちの身体、感覚、遺伝子……その全部がごまかされて、ここにあるように見えるんだって。もっとも、ある程度ここの近くへこないと見えないのだけど」


 試しに、息子はそばの小石を拾い、幹らしき影へ投げつけてみる。

 石はふっと影に吸い込まれるように消え、ほどなく池の向こうから地面を転がり跳ねる、石の音が聞こえてきたのじゃとか。

「ほんとだったでしょ?」と彼女は首をかしげてくるも、水をかけるのを止めない。


「こうしているとね。ご先祖様の魂が休まるんだって。

 ううん、お彼岸とかに帰ってくる人ばかりじゃないよ。ずっと昔から、私たちに受け継がれてきた血の中の、遺伝子的なやつ?

 私の家、先祖代々ここに住んでいるみたいだから、お城があったころの血も入っているみたい。そういう人が水をかけると……ほら」


 彼女の指さす、幹の影の部分。

 そのあちらこちらに、ほのかに光る緑色の粒が見えた。それは蛍の光のようにも思えたという。

 自分の中に閉じ込められている「彼ら」は、この時期にのみ開放される。息苦しい思いをさせているなら、休ませられるときに休ませてやりたいと。

 息子も真似をして、水をかけてみたそうなのだが光が増える気配はなく。やはり、自分が生まれた直後に、ここへ引っ越してきたという話は本当だったのかと、うなずくことになる。

 外様ゆえに、彼女のいう遺伝子なりは入っていないのだろう。


 それからもしばし彼女は水をかけ続け、それにつれて蛍めいた光はどんどんと数を増し、幹を取り巻くようにして、天に昇るかと思われるほどだったらしい。

 やがて別れた息子だが、夏休みの終わりに衝撃的なことを聞く。

 ちょうどあの夏祭りの日の夜に、彼女はあそこにいるはずがなかった。

 家族と一緒の旅行先で大きな事故に巻き込まれ、その日にちょうど亡くなっていたのだという。


 あのとき、彼女は身体、感覚、遺伝子さえもごまかされて幹のような影が見えると話していたが、本当にそれだけだったのだろうか。

 彼女の姿、立てた水音、あれを取り巻く蛍の光さえも、息子のすべてがだまされたために知覚できたものだったのかもしれない。

 自分がしたのは、池の向こうへ石を放り、水を一度蹴上げたことばかり。

 その間に、彼女はあそこでこの世との最後の別れをしていたのではなかろうか、とな。

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