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Hod:予感、懇願と陰謀

ここは…どこだろう………?

ふわふわして、ねむすぎて、考える事さえつらい

こんなとき、助けてくれる人が居た筈なのに

炎の中…崩れ落ちる教団の中で、確かに誓ってくれた筈なのに…

何処に居るの…?

あの人は…私は…何処に居るの………?




喫茶アヴァロンにて、明は客人にサンドイッチと紅茶の乗ったトレイを差し出した。

客人とは、果たして先週明が電話をかけた男、この男もまた魔術師である事に違いはなかった。

しかしそれにしては男の姿は普通すぎる、そう言えば蓮もまた普通といえば普通なのだが

この男は学生に見えたかと問われればそういう雰囲気も持たない、しかしてそれ以上に見えるかと問われればそうでもない

本当に平均的な年齢に整えられた外見の男なのだ、それで尚彼の外見を年齢として区別しようものなら

恐らくは17~20程のものだろうか。

唯一特徴といえばツンツン跳ねた髪型に二つ、獣の耳だか角だかのような髪の塊があるだけ

否、それこそが男を周囲より区別する唯一の記号だった。

それさえ目を閉じている今は唯一かさえわからない。

まず区別をさせないのだ、それこそこの男の魔術師としての力量を示していた。


「さて、何から話そうかしらねぇ…とりあえずはあっち(イギリス)で食べたおいしい物のことでも聞こうかしらね?

うちのメニューにするから…」


そんな魔術師に対する明の言葉はいたって日常的なものだった。

それ自体に思うところがあったのか、それとも他の話をしたいのか

魔術師は眉毛をピクリと動かして明に問い返す。


「大学は大丈夫なのか、明…」


「あら、そんなのもう辞めちゃったわよ…世の中には小学生で会社立ち上げたり、高校中退でその親会社の社長やるような

労働基準法ガン無視の奴らだっているし、ね?

なにより、こっちのほうがあの子の情報を集めるのに都合がいい…でしょう?」


明のあっけらかんとした応えに、魔術師の眉毛はまたピクリと動く。

情報の開示を許さないこの男の前でさえ明は不動であり、この魔術師でさえ明の前では薄くとも反応せざるを得なかった。

唯でさえ、魔術師は明に聞きたいことが山ほどあるのに明は不動なのである。

それは普段の明とは明らかにかけ離れていたのか、それともただ不動なのか

何れにせよ、不動と不動の折り合う二人の関係においては先に不動を解かざるを得なくなったのは魔術師であり

明はその不動を維持し続けているのである。

そこから魔術師は、明の目論見を読んだ…読んだ、つもりだった。


「…そうか…その子が………」


明は急に不動を解いて、悶えた。


「や、ほかにもちっちゃい子がたくさんね♪

ついつい無料でおごっちゃうものだからたくさん来るのよ、あぁん小さい子バンザイ♪」


魔術師は今度こそ不動を解いてカウンターに突っ伏した。

先に不動を解いたのは明であるとはいえ、今度こそ降参である。

そう思った魔術師は再び座りなおした後、額に指を充てて唸った。


「お前は…暫く会わないうちに随分とHENTAIになったな」


ズバリと言う魔術師の言葉に、明は振り返って当たり前のように返した。


「あら、貴方も人のことは言えないんじゃない?たとえばそう…ジュリアちゃんの事とか、ね♪」


その時魔術師は確信した、これがただの嫌がらせであるという事実に。

いや、やっとのこと気が付いたのだ。

通常であるのならかかる事のない簡単かつ稚拙な嫌がらせにはめる事、それが明の目的であった。

それは、遠まわしに明がまだ自分の事を許していないという事なのだろうと魔術師は確認した。


「…………やっとその話になったか」


「あら、そのために来たのならすぐ言ってくれなきゃ

あまりにもあの時と変わらないもんだから、唯の浮気かと思っちゃったわよ?」


とぼける明に、嘗ての兄妹弟子でありながら彼女の最悪の敵である魔術師は

それでもそれまでの明をすべて知っていたかのような口調で言った。


「……違うな、明…お前が変わりすぎたんだ」


明は、心底あきれた瞳を魔術師に返した。




「あれ、明さん今日は大人のお客さんが来たの?」


こんな空気の中でアヴァロンの玄関口を開けて素っ頓狂な声をあげたのはマルコだった。

魔法の練習で付けたものだろう、土埃に汚れ…絆創膏が幾つか張られた体で

蓮と共に顔を出したマルコは、明の店に大人の客が普段立ち寄らない事を既に知っていた。


「あらあらぁ、マルコちゃん…そんな泥だらけになっちゃって、『駄目』よぉ女の子は綺麗にしてなくちゃ」


明がそう言うと、マルコの衣服に付いていた土ぼこりが何事もなかったかのように消失していた。

まるではじめからそこにある事を否定されていたかのように。


「…!……そうか、反には覚醒していたんだったな」


魔術師がそう言うと、その声を聞いて蓮は信じられないものを見るかのように目を見開いた。


「だ、団長!!!?何でこんな所に…!!!」


「おぅ、レイライン…半年振りだな?」


蓮の言葉に魔術師は軽く手を振ってかえす。


「えぇっと…神賀戸くん、この人…神賀戸君の知り合い?」


話が見えず蓮に尋ねるマルコに、蓮は物申す事さえ恐れ多そうに恐る恐る口をひたいた。


「…薔薇十字騎士団団長、獣666…(アンチ)魔法使い(ウォーロック)魔術師(メイガス)……この前言ったジュリアの婚約者で、僕の所属する組織の最高権利者だ」


蓮がそう言うと、魔術師はマルコを見やり微笑みかける。

「はじめまして、王国の魔法使い…下院=K(クロウリー)=無明だ。暫くの間は、よろしくかね」


魔術師…下院の微笑みは、蓮やジュリアとは違ったイメージをマルコに与えた。


「ジュリが世話になってしまているようだがね

今は何処にいるかは解らない彼女に代わり、お詫びしよう」


そう言って頭を垂れる下院に、マルコは慌ててかえす。

「い、いやあの…いいですそんなの!

あの子に狙われるような事をしてるのは私の方ですし、それにジュリアちゃんは…」


「魔術師に操られている…か」


マルコがいいかけた処で、下院は真剣な眼差しでマルコを見る。

マルコは下院の瞳に込められた後悔の念に押されるように黙ってしまった。


「下院、そろそろ話してくれないかしらね?

何故ここに貴方の婚約者が居るのか…魔術師に操られるのなら、それなりの望みや弱みがあったという事

それも婚約済の魔法使いがよ…ね?

今回の事、総て貴方に責任があるんじゃぁないかしら、ね?」


「・・・っ」


明の冷ややかな視線が下院を射抜く。


「め…明……さん?」


マルコは明から何時にない感覚を感じて後じさる…明のその様子は怒りも要求も感じさせない

ただ怒りもない凍りつくような憎しみ、それが下院に突き刺さっているのを感じてしまっているのである。


「…言わないなら…」


明の言葉に、その場に居る全員がごくりと息をのんだ。


「貴方が小学生の頃、給しょ…「わああああぁぁぁぁっ!!!??だああぁぁぁぁぁあああっ!!!!!!!!」…たことバラすわねぇ!!!」


明がカミングアウトしようとした事を、下院は我を忘れて大声でかき消した。

蓮とマルコは何が起こったのかとポカンと口をあけてその様子を見ている。


「ふっふっふ…私、昔下院と同じ家で修行していてねぇ昔の下院の悪事は全て記憶しているわよん、ねぇ♪」


最後の「ねぇ♪」の時に、その笑顔を見た全員が先ほどとはまた違った悪寒を感じた。

そう、まるで母親に過去の黒歴史的な事を大人になってから思い出されるような生々しい現実味のある悪寒である。

こほん

そう咳払いしたのは下院だった。


「言うさ…恐らくこれはジュリを止められなかった俺の招いた事だ

それに、恐らく彼女を元に戻すカギを握っているのはその子だろうしな…」


「…ふぇ、私ですか!?」


下院に目を向けられたマルコは、確かに彼女を助けようという決意はしていた。

しかし、下院程の人物に鍵と言わしめるほどの要素が自分にあるとは到底思えなかったが故に

マルコはビクリと背筋をこわばらせて下院の話に聞き入った。


「そうだな…まずは、ジュリアの事情について話そうかね…」


下院は全員に見えるようにアヴァロンの壁に沿うよう巨大な自動筆記の魔法陣を映し出す。


「すごい…」


マルコがそう思ったのは、それがただの自動筆記ではなく

下院の記憶にある映像をコンピューターも使わずに映し出しているという事だった。

自動筆記は、魔術にある程度洗練されているものであれば映像や音声を送る事さえも可能なのである。

そして下院の自動筆記に映し出されたのは、まだ今の自分より幼い外見をしたジュリア…

彼女が、暗い教会のような建物の中玉座に座らされている場面だった。


「ジュリアは嘗て、讃美歌の聖人と呼ばれた魔法使い…ゲオルク=F=ヘンデルの血を引いた魔法使い候補として

まだ物心つく前から…ウェルダ教団という魔術組織で信仰の対象と祭り上げられていた…

彼女は生まれた時から、魔法と魔術という非日常の世界に生きる事を余儀なくされた少女だったんだ

ジュリアの両親がいつ、どうなってしまったのかは知らない…しかし、娘を一人偶像崇拝の対象にしようという事に、親は賛成するはずもない…

彼女は組織の崇める『聖人(まほうつかい)』であっても、それでさえ孤独だった」


映像の中…ジュリアの座らされた玉座の前には信者と思しき生気を感じさせない集団と、幹部らしき男の姿があった。


「そして俺の居た十字教薔薇十字騎士団は、非公式の魔術を弾圧し根絶するのが基本方針だった。

それも元来魔術とは神や聖人…魔法使い達の起こした軌跡をなぞり、神の定めた使命に反する事だからだ…という名目はあるが

実際のところ、薔薇十字騎士団の団員のほとんどは…この俺を含めても、魔術師をはじめとした超常を悪事に使う者への復讐のための組織だ

そんな薔薇十字騎士団と、ウェルダ教団が対立するのは必然ともいえる事だった

俺がジュリアと出会ったのはその頃…騎士団のウェルダ教団討伐の際に、行き場を失った彼女を俺が見つけてしまった」


「で、その時には婚約する程には一目惚れしちゃったみたいねぇ♪しばらく会わないうちにロリコンになったわけねぇ」


明の言葉に「お前が言うな」と少しばかり眉をひそめる下院だが、フゥと一息ついてその言葉を直ぐ肯定する。


「まぁ…ジュリアに一目惚れしてしまったというのは本当だよ、だからこそ彼女を護ろうと思ったんだ

彼女には、魔法使いの素質もあったしな…護ろうと思えば、一生をかけて護らなければならない」


「ジュリアちゃんは、その事を…?」


マルコの問いに、下院は応える。


「知っている…教祖にとどめを刺したのも彼女だ。そして、あの子は俺の事を許してくれた。親を早くに失い、育ててくれた組織も…普通の人間としての未来も全て諦めたうえで

そして、その事さえも受け入れて俺の事を愛すると誓ってくれた。俺達は永遠に愛し合う事を誓った仲となった…だからジュリアはあんなことをいつしか願うようになっていったんだ」


「あんな事…?」


下院は組んだ腕に額を乗せて言う。


「ウェルダ教団の魔術師たちが魔法使いまで手に入れて研究していた永遠の命題であり

彼女が生まれた時から、ウェルダ教団に刷り込まれた生来の願望に近い目的…

転生術(リンカネィション)蘇生術(リザレクション)さえも超える死の超越…

不老不死の秘術(メトセラレーション)

しかしそれは、逆に十字教の教義に反するものだ

だから俺はジュリアに異端騎士の称号を預けて『異端魔術の研究と排除任務』を彼女に命じ世界を廻らせたんだ」


下院の言葉に、明は呆れたように言う。


「結局偽善の果てに失敗して正体不明の敵に渡してしまったと、とんだ大バカな話ねぇ」


「っ!!明、貴様!!!」


明の言葉に逆上した蓮を、下院が押さえる。


「あぁ、また(・・)失敗したんだ…だからこそ、俺にも手伝わせてほしい

魔法使い晶水摶子、君にも俺から独自に協力を要請したい…構わないかね?」




その頃、魔術師は舌打ちをしながら隠れ家である廃墟に足を踏み入れる。

その様子を見たメタトロンは魔術師に尋ねた。


「ジュリアとの仕事に問題はない筈だが、何かあったのか?」


「…どうやら私が君達を占有していた事が、姫様と騎士にばれたらしい…そろそろ、潮時だ」


魔術師のその言葉に、メタトロンは眉を潜め…その体を発光させた。

次の瞬間には魔術師の胸ぐらは掴まれ、壁にその身をたたきつけられていた。


「ま、待て!!…がはっ!!?」


「私達を見捨てると言うのか、ここまでやっておいて!!

もしもジュリを元に戻さないというのなら、今この場で殺してやっても私は構わないんだぞ!!?

例え堕天してしまってもな!!!」


魔術師の胸ぐらを掴み上げているのは凛とした印象の女性…その背中に生えた黒い翼から、彼女がメタトロンの変化した姿だという事が解る。


「今度こそ、今度こそ仮契約などではなくジュリの『思考』を返してもらう!!

その為に手伝ってやったという事を忘れたわけじゃないだろう!!!」


「お前は勘違いをしているようだ

私は契約は守ると言った…ただその方法としてジュリアに処置を施したまでの事」


「………っ!!貴様ァっ…!!!」


魔術師の言葉に、メタトロンは怒りを露わにして睨みつける。


「私にのみそれが可能なのだという事を忘れてもらっては困る、商談にすらならないからな

もうキミは知っているだろう、私の能力…無限であり無双、決して相似はなく唯一無地のモノ

故に私にのみ可能なのだ…思考の返却も、不老不死の秘術も

魔術師から00(アインソフ)の魔法使いへ至った…この私にのみなぁ」


魔術師は痩せ細った初老の顔には似合わない、獣のような笑みをメタトロンに向ける。


「……っ!!」


「敵の魔法使い、確か小学生だったそうではないか

全く…出し抜こうとした上にそんな相手にてこずっている事さえ知れたら今度こそ私は終わりだ。

当然、私に主人の思考ルーンを握られているお前とお前の主人もな

そうだ、次の意味を集める襲撃箇所は…ここだ」


魔術師は、机に広げられた地図のある一点を指してまた獣の笑みを浮かべる。

メタトロンは、その先を見て絶句した。


「まさか、ここは…青銅欄第三小学校…」


「子供の持つ意味は多くの可能性と魔力を秘めている、最後の仕事にここは打ってつけだろう?」


魔術師の醜悪な言葉に、メタトロンは拳を握りしめる。

しかし…


「この仕事が終われば、晴れてジュリアの思考を完全開放しようというのだ…不老不死の秘術もなぁ、悪い話じゃないだろう?」


「っ!!!」


今度は魔術師が、メタトロンの顎を掴み強制的にグイッと己の顔に寄せる。


「それまではまだ貴様らは、このグラディ=マクマートリーの所有物だという事を忘れるな…


…ックッハッハ、ハァーッハッハッハッハッハッハァ!!!」


廃墟に魔術師の高笑いが響く


決戦の時は、刻一刻と近づいていた。

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