Tiphereth:対抗、強固な意志と魔法の深み
ジュリア=フリードリヒ=ヘンデルと言う女の子…
記憶が正しければ『彼』直属の十字教薔薇十字騎士団異端学派魔術騎士
『魔女の讃美歌』の異名を持った未覚醒の魔法使いだった筈。
日常を一瞬で非日常に変え得る力を持った魔法使いの襲撃は
マルコの『常識』に多大なダメージを与えてしまった筈。
支障を来す前に対策を立てなければ、焦らずに且つ迅速に。
気になるのは、彼女の相棒が口にした彼女の上司であるべき者の名前。
カイン…『彼』も呼び出す必要がありそう…ね。
魔法使い、ジュリア=F=ヘンデルの襲撃があった次の日の帰り…
マルコは家の前で携帯電話に耳を充て、友達に突然の消失を謝っていた。
その日はマルコも自信を無くしたように元気がなく、実行委員メンバーもうまく話しかける事が出来なかった。
帰りになってから『昨日は一体何があったの?』と、電話をかけてきたのは美香だった。
「…うん、うん…ごめんねいきなり離れちゃって」
『ん、別にいいけどねぃ~、びっくりしちゃうからこれから気をつけてね
マルコ、鋭いくせになんか色々ぽやっとしてるからさ…また襲われて入院なんて事になっちゃったら…いやだよ?
…なんて、柄にもなく縁起悪い事考えちゃうしさぁ…ハハ、ごめんね?』
美香は謝罪し空笑いする、彼女は先の戦闘で突然マルコが消えた後大慌てで捜索したらしい。
彼女は古くからマルコの親友で、2年前の事件の事も知っていた。
偶に忘れる事はあっても、あの時その場に入れなかったことを悔やんでいた事はずっと前に本人が告白していた。
今でもこんな時はとっさに思い出してしまうらしい、マルコは申し訳なさそうに携帯電話に向かってつぶやく。
「ほんとにごめんね、それじゃあ…また明日」
『PI。』と携帯のスイッチを切るマルコは軽くため息をつく。
親友にも隠しごとをしなければならない、こんな事がつらいとは思いもしなかったからだ。
しかしマルコにはブランクを放っておくわけにもいかなかった…マルコ自身がやると決めたばかりの事だったからだ。
そして昨日襲撃してきた魔法使いの少女もまた、マルコは恐怖を感じてはいたがそれ以上に…
「あの子は…泣いてた」
マルコは左腕のドラウプニルを握り、再戦の意思を見せていた。
「…ただいまぁ…!」
「おぉマルコ、お友達が来てるぞー?」
マルコを迎えたのは、父である計一郎と…蓮だった。
「やぁ、上がってるよ?」
「魔術師って皆人を驚かすのが好きなのかな…」
じっさい、あの明も魔法使い出ると同時に魔術師だと聞いた事がある。
蓮をそのまま自分の部屋に連れ込んだマルコはこのままだと心臓が持たないよと蓮にこぼした。
「済まないな、明に伝言と助言を頼まれて」
「助言?」
マルコが首をかしげると、蓮はマルコを見て言う。
「あぁ、ついに魔法使いが襲ってきたからな」
ドクン と、マルコの心臓が痛く動いた。
「晶水、あの魔法使いに対して何かおかしいと思う部分はなかったか?」
「おかしいところ?」
「あぁ、例えばブランクと同じような感覚がしたはずだ
恐らくあの魔法使いは操られていて、後ろで手を引いている奴がいる…そいつが黒幕だと
それが明と僕の出した結論だ」
蓮は淡々とマルコに言う、マルコはそれを聞いて生徒のように手をあげて蓮に問う。
「あのジュリアって子、神賀戸くんの知り合いなの?なんだか騎士とか何とか言っていたけれど」
「あぁ、彼女は僕と同じ…十字教薔薇十字騎士団所属の魔術師だったから…もっとも、彼女は最初から魔法使いになる事が解っていたから魔法使いと定義されていたけど…」
そう聞いてマルコは、蓮やジュリアみたいな小さい子ばかりの騎士団なのだろうかと想像するが
マルコの思考を直感で察知した蓮にデコピンされ「はぅっ」と額をさする。
「ジュリアの場合はある魔法を求めて騎士団の本体から離れ世界中を捜索していたんだが
僕がここに来る少し前に音信不通になっていたからね、彼女の婚約者から捜索依頼も受けていたんだ」
「こ、婚約者!?」
マルコが驚いたのは当然だ、自分とほとんど同じくらいの女の子に既に婚約者がいるというのだから当然である。
しかしそれがさも意外というように蓮はキョトンとした後に、気を取り直して続ける。
「まぁ婚約者兼、僕らの上司である騎士団長からその依頼があったんだ。
此処では知らないが、魔法使いというのは本当に貴重な存在なんだ…この街には何故か3人もいるようだけど…
だから彼女の場合団長が婚約という呪的名義で彼女を保護してる、珍しくない話だよ」
「そ、そうなんだ」
マルコは冷や汗を垂らしながら彼らの世界があまりに非常識である事を再確認した。
「晶水、『魔法使い』というものは何だと思う?」
「ふぇ、えぇと…大きな力を天使から貰って、それを使う人…だよね?」
「半分は正解だ、しかし…僕達の世界では『魔法使い』という言葉にはもう一つの意がある」
その言葉にマルコが首をかしげると、蓮は続けるようにその答えを述べた。
「魔法の力をいつか手に入れる、生まれた時からそうと運命的に定められている人間さ
魔法使いは、魔術師の天敵であると同時に道具ともみられているという事だ…
その力を手に入れる為に、多くの魔術師が何の罪のない人々の『意味』を改竄し、そして失敗していった…
そして今度は同僚にまで………ッ!!!」
拳を握りしめる蓮もまた、そういった魔術師の実験の被害者だったのだろうか…
そう思うと蓮がたった一人で来てまで魔術師の野望を壊そうとする強い執念、そして今の彼には何もできないという腹立たしさが
まるで自分にまで伝わってくるように、マルコは思えた。
「ごめん、少し冷静さを欠いてしまったな…ここからが本題なんだけれど…」
ハッと冷静さを取り戻して、蓮は再びマルコに向き合って提案した。
「晶水、魔法の使い方を教えてほしくはないか?」
蓮の言葉を聞いて、マルコはハッとしたように眼を見開いた。
下校時間の敗北、そして殆ど奇跡として得た生…今は迷っている時ではないと解っていたはずなのに
今なら気付ける、マルコはただ恐怖していたのだ。
寸前で避けたジュリアの凶刃、それが眼前を薙ぎ払った感覚、そして突きつけられた殺意…
しかしマルコはやめるわけにはいかない。
助けたいと思った黒い魔術師の少年と、白い魔術師の女の子が居るから…
「教えて、神賀戸くん…私に、魔法の正しい使い方を!!」
マルコの決心は、更に深く固まった。
話は、マルコが家に帰る直前に戻る。
「あぁ、それでこそマルコ…マルクトの魔法使いよ、ね?」
遠く、電柱の上から眺める姿がある事にも気付かず、マルコは家に帰る。
見届けていたのは明だ、深刻な表情でマルコの姿を見つめた彼女はおもむろにコートのポケットから携帯電話を取り出す。
「あぁもしもし、久しぶりねぇ元気してたかしら…ね?」
明は懐かしいと元再開したかのように気さくに話しかけるが、その目は決して笑っていない。
明は誰よりも電話の先の男を憎み、また誰より電話の先の男を頼りにしているからだ。
『何の用かね?…ざっと2年ぶりか…』
「ジュリア・フリードリヒ・ヘンデル…確か、貴方が保護した子よね?
そのジュリアって子が行方不明にでもなっているのなら、私の方から情報を提供してあげてもいいのだけれど…ね♪」
明がそう言うと、電話の先の男は一瞬とはいえ明らかに動揺したように『!?』と、驚愕を露わにした声をあげる。
「安心して、私が取って食ったわけじゃないからね♪
でも、相手によってはもっとひどい事になっているかもしれないわねぇ…?」
『…いるんだな、ジュリが…青銅欄、お前の 楽園 に!!!』