Chesed:遭遇、少女と少女
気が付けば、あたりは血の海だった…
私は倒れていて動けなくって、目の前には刃物を持った男の人が立っていて
それが自分の血だと気付いたのは、胸の痛さと息ができない事実からだった
幼かった私に耐えきれる筈は無くって、そのまま意識を手放しそうになったけど
誰かが、男の人を背負い投げ飛ばして、私を担いで全力で走りだした
「大丈夫?逢う魔が刻に通り魔に合うなんて、不運な子、ねぇ?
こんなに可愛いのに気がしれないわ、ね?」
…笑ってそう言いながらも彼女は全力で私を病院に運んでくれた
それが二年前…私、晶水摶子と明綾乃の偶然にして初めての出会いだった
ピピピピ ピピピピ ピピピピ ピピピp
「んゅ…もう朝ぁ…?」
目覚まし時計が差した時間は午前5時半、些かましになったとはいえマルコ達小学生にとっては早すぎる時間だ。
そんな時間にマルコが起きることにしたのは、昨日の夜の事が原因となる。
「魔法使い…続けようと思うんだ」
「…偉い!それでこそ私に祈った者だわ!」
パジャマ姿でベッドの上でお互い正座―天使は普通に降りてるだけだが―しながら、お互いの第一声はそれだった。
「…でも、何で?」「え…?」
天使の問いにマルコは首をかしげる。
「…他でもない魔法使いを選定する私たちが言うのも難なんだけど、魔法使いを続けるってことは
あのブランクやそれを作った魔術師と戦うことを意味するのよ?
さっき自分で言ってたけれど、あのメイって魔女がわざわざ自分だけで不利な相手と戦う事なんてしないだろうから
それに…何より魔法使いになったといっても貴女は特例でメイに選ばれただけの一般人じゃない…」
「天使さんは明さんとお友達なの?」
マルコの問いに天使は両羽を持ち上げてやれやれと言ったポーズをとるが、否定も肯定もしない。
「私はメイに無理矢理召喚されたのよ。チート技で無理矢理呼び出しておいて邪魔とかいうもんだから意地でも離れなかったの
私を連れてるってことは『王国』の魔法使い権限も有してるってことだからね
…で、どうなのよ?」
「…よく、解らないよ…だけど、見ちゃったから。
あの白い化け物と戦ってる神賀戸くんも、化物にされて苦しんでる人も
だから助けなきゃ、どうしようもなくすっきりしないんだと思うんだよ」
そう言うとマルコはパジャマの胸元を少しあける。
相手が子供で同性?とはいえ、いきなりのマルコの行動に天使は顔を赤くしてそっぽを向きかけるが
マルコの胸の真ん中にある傷跡を見てそれをやめた。
それは深く、大きな傷跡で…まるで絹の上に大きなかさぶたが張られているような傷跡
大きくはないはずなのに、その深さと生々しさが小さいマルコに付いている事でより大きな傷跡に見えた。
「それは…?」
「私ね…死んじゃいそうになった事があるの
二年前奈良に家族で旅行に行ったときに、私だけはぐれて
そのあたりの記憶はあんまりないんだけど、目が覚めたら病院だった…通り魔にやられたんだって」
マルコは懐かしむように傷跡をさする。
「そんな私を助けてくれたのも…偶然奈良に来てた明さんだったっけ…通り魔をやっつけて病院に運んでくれたの
お礼を言ったら、『可愛い子を助けるのに理由なんかない、ね♪』だって
明さんも美香も、そんなわがままで人を助けちゃう人なんだよ」
「……」
自分もそうだった…魔法で契約を結ぶ規制がゆるくなっていて…暫定的な主であった明が命じていたとしても
本来厳格に魔法使いを選ぶべきであるはずの自分が彼女を魔法使いにしたのも、理由なんてなかったのかもしれない。
「だから私も、我儘で人を…ブランクにされた人たちや神賀戸くんを助けたくなったんだよ…だめ、かな?」
「ダメも何も、理由としては十分に合格点よ
いいわ、貴方が私の主人とこの大天使長補佐、片割れにして最後の剣サンダルフォンが認めてあげる」
「サンダル…フォン?あぅっ」
サンダルに電話がくっついたようなものを想わず連想し、マルコは天使に羽でぺしぺし叩かれる。
「長いならエリヤでいいわ、よろしく!!」
「…うん!私はマルコ、晶水マルコだよ。よろしく!」
二人は選ぶ者と選ばれるもの、そして仲間として握手(翼)を交わした。
「じゃあ、メイに連絡しないとね…自動筆記の仕方わかる?」
「え?…えっと、それって私にもできるの?」
「魔法魔術の基礎中の基礎だからね。これから魔法も練習してもらうわよ」
…そんなこんなで、マルコは明への連絡を終えて集合時間をできるだけ誰も来ない午前5時に決めたのである。
「いってきまぁす!!」
「おぉいってらっしゃい…ってまるこー、まだこんな時間だぞぉ?」
のんびりした口調で話しかけてくるのは新聞紙を片手に持ったマルコの父、晶水計一郎。
水質浄化施設の警備員で、近所の野球チームのベテラン監督もやっている。
余談だがマルコの感覚の鋭さはこの父とマルコとのキャッチボール中に覚醒したとか。
「いいのー、ちょっと明さんのところ行ってくる―」
「ふむ…」
計一郎は納得したようにかえすと、再び新聞を広げないように見入った。
「へぇ、最近はこういうぬいぐるみが流行りなのか…」
新聞には最近大人気中の蜘蛛のぬいぐるみについての記事が掲載されていた。
喫茶店アヴァロンのドアを開けると、そこにはホットココアを用意した明と
昨日とまったく同じ学ラン姿の蓮がいた。
「魔法少女…続けるみたいね?」
満足そうに明が言うと、神賀戸は深くため息をついた。
「まったく、説明しなかった僕も悪いが…あんな理由で決められるとは」
「護られる側の人はおとなしくしなさぁい、君はしばらく魔術も殆ど使えないんだからね♪」
ぐ…と蓮は黙り込む、先日意味を奪われかけてからただでさえ無駄使いできない魔力を大幅に失ったのだから仕方がない事だった。
「早速だけど、ちょっと感覚を済ませてごらんなさいね?」
「え………っ!!」
言われるがままに肌の感覚を研ぎ澄ませたマルコは、ある一点に強烈な悪寒を感じた。
まるで皮膚を剥がれた他人の体に触ってしまったような悪寒、マルコは実際そんな事は経験をしたことなどないが
感覚としては非常にそれに近い怖気を感じてマルコは身を縮こませる。
「ブランクが公園に現れたわね。
今はまだいいけど、このままだと遊びに来る子供たちからルーンを奪われる可能性があるわね。」
「……ッ!」
マルコはブレスレット状のドラウプニルをぎゅっと握る。
「さぁ、魔法少女出動よ、ね♪」
明がドアを開けると、マルコは駆け足で公園へ向かおうと走りだす。
マルコの視界に追うように自動筆記が現れる。
≪子供は総ての生き物の中でも特に豊富な可能性と意味を持っているのね
特に魔法使いは存在するだけで大きな意味を持つから奴等にとっては極上の獲物
だからブランクたちは大人より優先してマルコちゃんのような子供を狙うから注意してね By明≫
「それで、その集めた意味はブランクには与えられずそれを作った魔術師へ魔力を供給し続ける…
だから新しく意味を作れる程の魔力をブランク本体に与えて魔術師とのラインを切ればいい、やり方は昨日のとおりよ!」
「…うん…!?」
道中にマルコは、反対に歩く銀髪の少女とすれ違う。
流れるような銀髪をツインテールに結い、漆黒のマントを羽織っている
すれ違いに互い見た横顔は、何処か人形のように無機質で…
急に立ち止まって振り返るが、その場にはもう誰もいなかった。
「…どうしたの?」
「…何だろう…とにかく急がないと!」
気を取りなおして公園の近くまでたどり着くと、その存在がおぼろげに見えてきた。
反射する光も、影もない、均一に白い人型の何か…ブランクだ。
数は2体、霧の漂う公園を徘徊するその姿はどこか大切な物を無くし、それを探す様を見るようで
それを見るマルコの心にずきりと憐れみを焼き付けさせる。
「…私が、助けるんだ…っ!!」
決意を言葉にして、右手に装着したドラウプニルをブレスレットから腕輪の大きさに拡大する。
「いける?」「うんっ…大丈夫!」
マルコは頷くと右手に装着したドラウプニルを掲げて表面の呪文を読み上げる。
「王の財宝よ、流れる円環の渦よ、再顕現せし『王国』の魔法を示せ。私は『王国』の魔法使い!
フェオ・ユル・ウル・アンスール!!」
ゴォッ と、腕輪を起点に眩い魔力の奔流がマルコを包む。
「ふぇあ…!?」
変身の最中に目を開けたマルコは、自分の服が破けるように大気に消えて行くのを見て慌てる
≪大丈夫よぉ、変身を解除したら戻ってくるからね♪
よっしゃ良い絵が撮れたわ…ね♪ By明≫
明はマルコを落ちつけようと自動筆記を送るが、何処かから見ていたのだろうか思考が駄々漏れしているような文が入っている。
「ぅぅ…もうお嫁にいけないかも…」
髪の色がレモン色に変化し、涙ながらにそう言うマルコを草色の服と皮によく似た素材の装甲が包む。
消えた服とは逆に大気から再生するようにマルコの身に纏われていき、マルコは最後に現れた草色のベレー帽をかぶる。
この瞬間魔法の知識がマルコの中を駆け巡り、王国の魔法使い…否、魔法少女マルコがこの世界に顕現した!
その魔力の奔流に誘われるように、ブランクたちは無音の雄叫びを上げながらマルコに殺到する。
しかしその2体がマルコに接触する前に、マルコは足元にドラウプニルの『環』を出現させそのまま一気に飛びあがる。
地面から離れる瞬間に土が盛り上がり、マルコの跳躍を助ける
それはマルコが地面の一部において生命の流れをコントロールした事によるものだ。
数メートル離れたところに着地したマルコは増幅した自分の運動神経に感動したかのような高揚を感じる
しかし一瞬の後にマルコの増幅した感覚はブランクが即座に次の行動に入った事を知覚し、思考を切り替えた。
「っ!!…エリヤ!」「オッケー!!」
エリヤはマルコの指示と同時に県の姿になりマルコの手に握られる、そして迫るブランクの拳を受け止めた。
そして拳をあてたブランクの胸の前にドラウプニルの環が現れる。
「やぁぁあああ!!」
そのままマルコはブランクに大気中の魔力を循環させる
はじめから大気を流れていたように幾筋もの光が束となり、集束した黄金の光がブランクを貫いた。
やがて光が止み、ブランクが崩れたところでマルコは剣と化したエリヤでブランク自身を…ブランクと魔術師をつなぐ魔術の繋がりを断つ。
ザン…!!
という物質的な音と共に、ブランクは人間へと戻り意識を失って倒れた。
もう一体のブランクにも環を使って魔力を循環させようとマルコは振り向いた…ところで目を見開いた。
ブランクの体の表面にたゆたうように、一文字の紋様が浮かんでいる…それは始めからそれに刻まれていたのか
それとも新しく浮かんだのか…
『魔術師Ganância―00の名において、この物に新たな意味を加える、そは羽ばたく物なりや』
録音されたような少女の声とともに、メキメキとブランクの腕の形が変わる…それは明らかに人間の腕のシルエットではなく、翼だった。
「・・・いけない!!マルコ、早く魔力を…」
エリヤが叫んだのと翼を持ったブランクが羽ばたいたのはほぼ同時だった。
「く…!!」
マルコが急いでドラウプニルの環をブランクに向けて飛ばすが、それを上回る速度でブランクは宙を飛び回る
新たな意味を得たことを噛みしめるようにブランクは空を縦横無尽に飛び回る。
その様を見て剣の状態のエリヤ歯噛みする
「く…っどうすれば!!」「大丈夫!」
マルコはエリヤにそう返すと、自分の周りにドラウプニルの環を4つ出現させる。
一つは細く大きいリングが自身を環状に覆うように、3つは自分の背中と両肩周辺を高速で回転している。
「…飛んでみるっ!!」
マルコはそう言って力いっぱい地を蹴り飛び上がった、すると周囲の環が空気の流れを操り始める
それは飛行機のジェットに似ている原理で、環と不思議な力で繋がったマルコを持ち上げた。
「そんな、こんな魔法を…思いつきで!?」
「なんとかっ…わぁぁ!!?」
少し環のコントロールを誤り公園を覆う林に突進してしまうが、自身を覆う環に当たりなんとか自身の身は守れた。
「ちょっと、大丈夫?」「うん、今度は…いけるっ!!」
マルコは体勢を立て直して環を総べて地面に向けて空気の流れを噴射し
バォウ!! という轟音と共にマルコの身は空高く飛び上がった。
あとは周囲に浮かせた環が姿勢の制御と飛行の補助をする筈だ。
「凄い…過去様々な魔法使いにこの力を与えたけど、こんな使い方初めて見たわ…」
「ちょっと前に聞いたんだ、飛行機とかヘリコプターって空気を押したりかき分けたりして飛ぶんだって」
ひょっとしたら…この子は科学の発達した現代においてとんでもない才能と発想を持って生まれた魔法使いなのかもしれない…
エリヤは素直にそう感じた。
「メイ……あんた凄いの選ばせてくれたわね…っ!!」
「…いくよ!!」
エリヤの独り言は聞こえなかったようで、マルコは空気をかき分けて空に見えるブランク追って飛行した!
『……!!』
ブランクは声もなく驚いた様子を示した、空を飛ぶ意味もなく仇為す者が空を飛んで向かってきたのだから当然である。
「ドラウプニル、巡って!!」
そう言ってマルコはブランクに向かって環を発射した。
ガチン!! という音と共に環はブランクを細くして大気からかき集めた魔力をブランクを通して循環させる。
『………っ!!……っ!!』
ブランクは魔力を循環させられたショックでそのまま墜落し、マルコは最高速度でそれを追う。
「間に合えぇぇ!!」
マルコはブランクの落下地点に環を作り、大気を高密度で循環させ空気のクッションを作った。
そしてふわりとブランクの体が浮いた瞬間に、マルコがブランクと魔術を切り裂いた。
「・・・ふぅ、修正完了。」「お疲れ様、マルコ」
フォン とマルコの服と髪が元の姿に戻り、どっと疲れが襲ってくる。
「…はぅ…」
「まったく、いきなり空を飛ぶなんて無茶をするからよ
次はもうちょっと改良しないと、精神も体力も持たないわよ?」
エリヤは驚きながらもマルコの飛行魔法の方式と、その難しさを理解していた。
科学と神秘を組み合わせたまったくい新しい魔法…しかしそれの制御にはそれが単純である程負担がかかる、体にも心にも。
「うん…もうちょっと、頑張らないとね。…もうこんな時間かぁ」
マルコが腕時計を見る、体を動かすと感じる時間は早いもので
もう時間は7時を過ぎていた、場所は公園や学校から遠く離れた見知らぬ住宅街。
「頑張る前に、楽をするのも肝心よぉ、ね?」
エンジンの爆音とともに声が聞こえた先を振り返ると、そこには大型のジープに乗って手招きする明の姿があった。
「学校近くまで送るわよ、ね?」
「えぇ?…でも車での登下校は」
「悪魔で近くまでよん、ほら早く早くねぇ♪」
ニュアンスに問題があったような気がするのは、それが悪魔の甘言に似ているからだろうか
しかし背に腹は代えられず、マルコは蓮と共に明のジープで学校へと登校するのだった。
その日の夜…
摩天楼の上から街を見下ろす少女の姿がそこにあった。
髪は銀色をツインテールに縛っていて、漆黒の外套の下からは甲冑を取り付けたレオタードのような扇情的な衣装が覗いている。
そしてその瞳は何処までも暗く深く…抑揚のない声で機械的に『誰か』に告げている。
「…ブランクがまた二体、それも改造版までもが修正されてしまいました…」
『…さしたる問題ではない、が…このままでは失態を《狗》と《神の入り口》に勘付かれるか…』
それは術式を通して少女の脳に直に送られる男の声だった。
少女は不快な顔一つせず…それどころか感情も見えない表情で男の指示を待つ。
『魔術師Ganância―00の名において、ジュリア・F・ヘンデルに暫定的思考の猶予を与える。』
その言葉と共に、少女の指がピクリと動く。
『修正者を探せ、それで邪魔と判断したならば 殺せ 』
あまりに冷たく、欲望と怠慢に満ちた声で指示された少女は頷いた。
「……………はい」
続けて男は指示を送る。
『意味の採集も続行しろ、魔力量もまだ話にならんからな』
「…はい」
返事を返した少女は、街を見下ろして手をかざす
すると、町がどんどん光を失っていき…霧に包まれていく。
少女は街の中に標的たりえる人物を見つけると、両腕を広げて外套に魔力を送る。
外套は装着者の力に呼応するように形を変え、一対の巨大な翼と化した。
「行くのか?ジュリ…」
黒い天使が少女の傍らを飛ぶ…しかしその目は少女を見ていない、まるで返事を既に期待していないかのように。
「うん・・・」
しかし、返された返事に驚いたように少女を見るが、彼女の瞳は相変わらず暗く、深く…
「……まだまだ…ということか…っ」
黒い天使は憎々しげにそう言うと、切っ先のない剣…所謂カーテナと呼ばれる儀礼用長剣の形に変化し少女の手に握られる。
そして、少女は漆黒の翼で夜の闇に飛び立った。