Cochma:魔女、魔法と魔術
魔術…それは神々の奇跡を模倣した技術
神々へと至る魔法使いの偽物にして己の知識に何処までも貪欲なものたち
それは時に人間としての箍を外し、災厄を引き起こす
魔術師は何よりも因果の存在を忌避するはずなのに
因果というものは何処までも魔術師を追いかける
その因果そのものが僕だというのなら
いいだろう、何処までも追いかけ続けてやる…
「ん…あれ、私……!?」
目を覚ましたマルコは、己の置かれている状況に混乱した。
気が付いたら何故か病院で着るような手術着を着せられ
ベルトで手足を固定されたうえで手術台の上に乗せられているのである。
部屋の全貌は暗くてよく分からず、傍らにはなぜが手術用の手袋とマスクをつけた
見知った喫茶店のおねーさん、明が佇んでいた。
「あ…あの、メイさん…?」
「ふっふっふ~、今から貴女は変身ヒロインとなるのよぉ~、ね♪」
そう言って黒い笑みを浮かべる明の手には、何故か工事現場に使うような桐貫ドリルが握られている。
明がグリップを握るとドリルはギュリイィィィと歯医者のそれよりも重く嫌な音を立てて高速回転する。
あおむけの状態にその音に嫌な連想を掻き立てられたのか、マルコの顔はどんどん青くなって思わず首を横に振る。
「あ…あの、何が何だか…ひゃ!」
「じつはおねーさんはねぇ、ショ。○ーの幹部なのよぉー、イカ女なのよぉー、ね?」
明は手術用に開けられた服の穴からマルコのおなかにひたひたとドリルの先を当てる。
当然先は鉄なので冷たい、それに充てる者がドリルである為危機感が触覚を上げているのである。
「やっ…やめ…やめてぇっ…メイさぁん…」
泪目で懇願するマルコに対し、ゾクゾクと愉悦に満ちた表情で明はマルコを見る。
「ふふふ、それじゃあ改造手術しましょうかしらねぇ~、痛かったら手を挙げて下さいねぇ~♪」
「麻酔なし!?…ぁーーーーー…!!!」
悲鳴がどこまでも暗い手術室にこだました。
「ふぁ!!」
冷や汗を大いに流しながら、マルコは鬼気迫る表情でカウンターから起き上がった。
「目が覚めたかしらぁ、ね?」
目の前にはグラスを拭く明の姿が…思わずマルコは音を立てて引きさがる。
よくよく周囲を観察すると、そこは明の営む喫茶アヴァロンだった。
「あらあらぁどうしたのかしら、ねぇ?」
「夢の中で悪戯でもしすぎたんじゃないの?」
明が困ったようにカウンターの端を見ると、鳥のようなトカゲのような幻想生物が返事をした。
「あらぁ、いくら私でも夢の中に干渉なんてでないわよぉ、ねぇ」
「ダウト、あんたほどフリーダムな魔法使い見たことねぇよ」
「あ…天使、さん?」
その幻想生物を見たその時、マルコはようやく自分の状況を思い出した。
自分は魔術師を名乗る転校生と、ブランクという怪物になってしまった人を助けるために…
まるでアニメに出てくるような魔法使いになって…そして、ブランクを倒した瞬間に安心して気絶してしまったのだ。
「神賀戸くん!!神賀戸くんは!?」
「安心して、彼はいきなり魔力や意味を出し入れされて体が吃驚してる状態なのよね
だから今は店の奥で休ませているわ、安心して…ね」
優しくそう言うと、明はマルコの頭を優しく撫でた。
「んゅ…明さん、一体…この街に何が起きているんですか?
…神賀戸くんは……明さんは何でそんな事を…」
焦って聞こうとするマルコの唇に、明は人差し指を充てて制止する。
「落ち着いて聞いて…今説明するから、ね」
「早い話、貴方は魔法少女になったのよ…いや、私が貴女を魔法少女にしたのね。」
それを聞いたとき、一瞬さっきの手術台の夢を思い出し顔を青くするマルコ。
しかし、あれはあくまで夢だと思考を切り替え
それがブランクから助けてくれた天使を呼び出した、あの優しい呪文だと確信する
あれは明の声だったのだ。
「魔法少女…いえ、私たちの業界では『魔法使い』というのは結構珍しい体質のようなものでね
かくいう私も貴女とは別種の魔法使いなのよ、だから貴女に魔法の力を与える事ができたわけね。」
そう言うと、明は手のひらを掲げて紫色の焔を出して見せる。
「わぁ・・・」
その神秘的な光にマルコは一瞬心を惹かれるが、その焔を握りつぶして明は続ける。
「といっても私はその中でも悪い魔法使いだけどね…
これは貴女に魔法を渡す前の話、魔法の力を使って『王国』の魔法を手に入れた私だけど
ここで問題が出てきたのよ…何処かで私とは別の悪い『魔術師』が暴れてるみたいなのよねぇ」
魔術師…蓮も名乗っていた魔法のような不思議な力を使う者…
ブランクを作ったのも魔術師だって蓮や天使が言っていた事をマルコは思い出す。
「『魔術』っていうのは、魔法使いの使う『魔法』を一般の人でも使えるようにしたものね
ただし、自然や神の力を借りる魔法とは違って魔術は大きな代償を伴うし、面倒くさい準備を要するけどね
たとえば意味、これは魔力…自然があらゆるものに持たせた運命のようなものね
そのものが持つあらゆる役割や運の良さや悪さ、あとはそれがどういった重さで未来でどういう状態になるのか決めるの…
そう言ったものを持っているものは無意識に魔力を放出して己の役割を果たそうとするのね
でも、魔力を目的にそれを奪おうとする魔術師もいる…
それが恐らくは悪い魔術師がブランクみたいな意味を奪われたものを利用して意味を集める目的ね」
明はできる限りかいつまんで説明したが詳しい事はマルコにはよく理解できなかった。
しかし、魔術師である事がとんでもないリスクを負う存在であり
同時に私利私欲の為に他人から大事なものを奪う人が居る…それだけは理解できた。
「で、そいつに対抗しようにも理由も手掛かりもないし私の魔法はブランクには相性が悪くてほとんど無意味
しかも『魔法』は一人につき一種類って制約があるから『王国』が妨害して元から持っていた魔法もろくに使えないし
邪魔だなーどうしたものかな―と思っていたら、丁度よく貴女達が襲われていたから
私はとっさに『王国』の魔法を貴女に譲ったわけなのよねぇ」
「じゃまだなーって…あはは…」
魔法使いである事を明かしながらも、どこかいい加減ないつも通りの明にマルコはどこか安心していた。
しかしそこで、口を挟む少年の声。
「魔術は魔法の模倣であるがゆえに魔法使いも極めれば魔術を使える…そうして自分の弱点を補う魔法使いも居る…
お前が一番怪しいんだ…『反の魔法使い』…!」
店の奥からよろよろと蓮が現れ、明を睨みつつ言う。
眼鏡を外した連のその視線は、青い宝石のような瞳からは信じられないような憎悪と侮蔑の念が込められていた。
その殺気にマルコは怖気づきながらも、蓮に反論しようと口を開く。
「そ、そんなことないよ、メイさんはちょっと怪しいしいい加減なところもあるけど
ずっと前からこの町にいる優しいお姉さんだよ?」
「そんなことは充てにならない、それも魔術の準備期間かもしれないし
そもそも明といったか?その女の魔法の性質は、通常ならまず得ることはできない
魔法でも魔術でもタブーとされている反の魔法…」
蓮が言い切ろうとしたが、明に指先でマルコと同じように制止される。
「言ったでしょう、魔法は先天的であれ後天的であれ魔術と違って体質のようなものだって
…それともきみは善悪2元論のゾロアスター学派だったかしら?」
「……ならおまえがこの件にかかわっていない証拠は何だ、絶対悪の魔法使い」
蓮が明のことをそう呼んだときに、マルコは気づいた。
明の口調が、いつもと違うアクセントの…彼女が落ち込んだ際に使う口調だということに。
「物理的な証拠はない、でも私はあなたたちの目指す『神』の域にこれっぽちも興味がない
それじゃあ不十分かしら?」
明がそういうと、魔術師は考えるように制止し・・・音をあげるように謝罪する。
「悪かった、事情の確証を得る前に確定するのもタブーだった…それに失礼だった」
それを聞いた明はわざとらしく安心するように胸をなでおろしため息をつく。
「よかったわぁ、悪の魔女が悪いことをする前に犯人扱いされたら面目も何もあったものじゃないし、ねぇ♪」
元に戻った明の様子を見てマルコも安心する、どういった事情かは相変わらずわからないが
明にとって反の魔法使いであることを非難されるのはきっと体質を非難されることに近いものなのだろう。
そして、明はそういうと唐突に蓮に抱きつき撫で回す。
「ぶぁ!?…な!!」
「それにこんなかわいい子に殺気なんて向けられたらおねーさん悲しいわぁ」
「や…やめろっ!!こら…!!」
目を白黒させて明に撫で回され、蓮は顔を真っ赤にして混乱した
マルコや美香にいろいろおごってくれる理由も冗談だろうか、そう言っていたのだが
可愛いは正義、それが明の信条らしい。
「あー…メイさん、ここに学ランの男の子こな…居た
…ふぅん、これはいったいどういう状況なのかなぁ?」
ドアを開けてアヴァロンに入ってきた美香は、その状況を見て一瞬呆然とするが
すぐ面白そうな顔をしてマルコに状況を聞きだそうとする。
「あ……えと、その…」
どう言おうかマルコがおろおろしていると、マルコの前に魔方陣と光る文字が現れる。
≪これは自動筆記、ご都合主義的に魔法魔術関係者にしか見えないから安心してね
とりあえず魔法云々については隠しておいてね、ばれたら魔法で動物に変えちゃうわよん
あなたの魔法については、また後で話すことにしましょうね By明≫
つい返事をしそうになるが、ばれたら動物に変えるという文を見て口をつむぐ。
「んー、どしたの?」
美香がいつもと違うマルコの様子に興味を持ち始める。
≪何故状況を隠す理由があるか聞かれる前に言っておくわね
お 約 束 だ か ら 、 ね ♪ By明≫
そんな明の文章とよくわからない行動理念に脱力しながらも、明の書いた状況設定に合わせながら
マルコは何とか美香に納得いくような説明を開始した。
【反】(魔法)
クリフォト、十字教におけるの生命の樹の対極たる悪徳の樹を司る魔法。
総ての悪徳と、法則の否定を表し存在そのものをを反転する禁忌の魔法。
数字は虚数(i1~i∞)を表し、善悪二元論の魔術宗派からは絶対悪とも呼ばれる。
【魔法使い】(魔法)
神、もしくは天使の与える権限によって世界の法則を操り
超常の現象を引き起こす事の出来る存在、もしくはそうなる事を運命づけられた人間。
【O∴H∴社】(魔術)
黄金の夜明け社と呼ばれ、十字教新派の大騎士団長が社長として立ち上げた組織。
本来十字教は魔術の存在を否定、もしくは隠そうと騎士団を動かすものなのだが
もしこの会社の存在を弾圧しようものなら騎士団長自らが騎士団を解散すると組織を脅しているため両組織とも成り立っている。
通常、日常世界において秘匿されるべき魔術を就職資格として扱い
魔術師のサポートを行っている。