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Malchut:奇跡、心の戦いと彼女の戦い

魔法に出会ったのは偶然だったんだろうか…

それとも誰かが仕組んだ必然だったんだろうか…

そんな事を考えるようになった。

でも今はそんな事はどうでもいい

強いて言うなら私はこの奇跡をくれた明さんに感謝している。

こんな助けられてばかりの私でも、誰かを助ける事が出来るようになった。

だから私は魔法をこんな事に使う。

ある人は自分の欲望のために、ある人は復讐のために

またある人は純粋な願いの為に魔法を使うんだろう。

私は、誰かを助けるために…この魔法を使います。



In_side_

深い深い闇の底、輝く柔らかい地面の上にて…少女は闇より伸びる同じく闇色の荊に拘束されていた。


「ここは…何処だろう?あれ…ジュリアは、何してたんだっけ…?」


縛られた状態のままで少女…ジュリア=F=ヘンデルは首をかしげる。

「とりあえず…」と、ジュリアはその腕から眩い魔力の光を発する。

光は集束して果物ナイフのような刃物へと変わり、ふわりと宙を舞いその身を拘束する闇の荊を切り離す。


「よいしょ、にゃ…にゃはは、これ下院様が見たらびっくりするだろうなぁ♪」


ジュリアがこの能力に目覚めたのはつい最近の事だった。

ある魔法(メトセラレーション)を求めて旅するうちに、下院の先輩であると名乗る男に誘われ

この街…青銅欄にやってきてすぐに、ジュリアはその身に魔法を授かる事に成功した。

メタトロンも、それまでにも彼女の心の中のみで繋がっていたが

実体化した彼女を抱き上げた時の感触良さは、(本人は喜んでいなかったが)早く愛する婚約者に抱きつかせてあげたいくらいだ。


「そうだ…そう言えば、エノクは…?エノクぅ?エノク~?」


ジュリアは慌てて周囲を探るが、誰も何も返さない。


「無駄だ、仮初の思考力を手に入れたとはいえ…お前にこの体の主導権などない」


「!……貴方は、グラディ?……ッア!! あ、ああぁッ!?」


ジュリアは声のした方を振り返り、その存在を確認する。

その顔を見た途端に、鋭い悪寒が全身を貫きひざまづいたジュリアは全てを思い出した。




『死の超越ねぇ…不老不死の方法なら私も丁度研究していたところだ

キミが手伝ってくれるのなら、私もキミに協力しよう』

『本当…!?ありがとですにゃっ♪魔法使いにしてくれたお礼もきっとしますにゃ…』

『アレ…グラディ、急に…眠く……っグラディ、何をするの…っああ!!?』

グラディの腕が自分の存在(そんざい)の奥深くに、深々と手を突き入れる

おぞましくも不気味な感触がリフレインする。

『なぁに、貴女には私の思い通りに動く肉人形になって欲しいのですよ…威光魔法なんて解りやすい戦闘系魔法も早々手には入りませんしね

安心して下さい、貴女の望みはかなえてあげます…この私の従順な奴隷として永遠の生を約束しましょう…!!!

く、は、は…ハァハハハハハハハハハ!!!!!!』




「あ…くっ…グラディ、貴方は…ジュリアを裏切って…っ!!」


「ヒッヒッヒ…騙されやすい魔法使いも居たものだ、おかげで現団長に復讐の機会もできたしなぁ…」


グラディの獣の笑みに戦慄しながらも、ジュリアはキッとグラディを睨みかえす。


「しかし、今起きられては邪魔なのだよ

もう少し寝ていて貰わなければな、何も心配はいらない

此処はキミの深層心理の奥深く、此処で寝ていても誰も文句は言わないさ」

グラディがそう言って手を翻すと、ジュリアに強烈な眠気が襲ってきた。


「んっ…ぅ……っ!!!

もう寝たりしない、外で呼んでる人が居るから…」


そう言ってジュリアは手元に威光の光を輝かせて剣を創り出す。


「残念だ、ならば最後のキミの理性…此処で殺して

本当に私のみに従順な肉の奴隷となってもらおう かっ!!」


グラディが獣の笑みを更に明るみにすると、周囲の闇から雨のように刀剣が降り注いだ。

ジュリアは即座に威光を放ち十本以上の剣で傘を作りそれを回避する。


「にゃ!?…ッ!!っ!!…そんな、これって…威光の魔法!?」


「私は無限魔法の能力を使って君に近い者として適正書き換え済みなのだよ

そんな私に君の魔法が使えないなんて事はないだろう?…まして此処は君のナカなのだからなぁ!!!」


グラディは腕を翻すと雨の様に放った剣を再び手元に集中させる。

そして巨大な腕のように無数の剣を配置させてジュリアを押しつぶさんと腕とともに振り下ろした。

ジュリアも負けじと威光を放ちサーベルレインで押し返そうとするが…

ギギギッ…と嫌な音を立ててその場に押しと止めるのが精一杯となる。


「………………下院さまっ…!!」


精神世界とはいえ、仮初めの意味でのみ力を得ているジュリアにはこれを押し返す程の力はない

あわやジュリアが観念して目をつぶったその刹那、何処からか飛来した黄金の閃光が

グラディの凶刃腕を吹き飛ばした。


「これは…?」


ジュリアは目を見開いてその閃光の出所を見る。



その先…外では、まだ戦いは続いていた。



Out_side_

グシャリ…と、ヘレンスゲの八つ首が腐り落ちる音とともに

ジュリア…否、ジュリア=グラディは解放された。


「「あ…う、ぐ」」


しかしジュリア=グラディはジュリアともグラディともつかない混沌としたうめき声をあげてその場に立ち尽くしていた。


「やった…と思うのは早いか…」


蓮がその学ランにかけた非観測結界を解こうとするが、下院に止められる。


「待て、今のお前にはもう戦うだけの魔力は残っていないだろう?

それに、これでまだ駄目ならやはり…」


下院がそういいかけた瞬間


「「う…あああああああああああああああああああああああっ!!!!」」


ジュリア=グラディは悲鳴ともとれる雄叫びを上げて全身から闇と威光を噴出した。


「やっぱりマルコのように意味を完全再生させないと駄目かっ!!」


下院はそう言って屋上の四隅に刺した霊剣を宙に浮かせ、手元に飛来させる。


「結界、不倶戴天陀渇(ふぐたいてんだかつ)!!」


下院は即座に術式を洋式魔術から仏式に切り替えて防御結界を張る。

ゴバ!!!! という音とともに純粋な魔力竜が二人を襲うが、結界に阻まれてその内に穴が開く。


「ぐぅっ!!!これでは二人分持たないか…っ!!!」


下院は結界を絞り、戦闘も防御も不可能である蓮に対して結界を強化する。

結果、弱まった下院の眼前に張られた結界はガラスのような音を立てて破壊される。


「ぐああああぁぁあああっ!!!」


下院はジュリアの魔力流に吹き飛ばされ、屋上から放りだされる。

重力に従ってそのまま下院は地面へと落下するが…


「くっ、シルフィード!!」


下院が唱えると、その身に羽織ったハーフコートに複雑な魔法陣が浮かび輝く

すると下院のハーフコートがはじけ飛び、あわや地面にその身が激突する直前に突風が下院を押し上げた。


「くっ…!!」


下院が屋上を見上げると、ロケットのような勢いでジュリア=グラディが青銅欄上空に躍り出る。


「まずいぞ…このままだと、非観測空間を飛び出てしまう!!」


しかし蓮はジュリア=グラディの飛び去った方角を見て不敵に笑った。


「大丈夫…あとは、彼女がなんとかしてくれる!!」


蓮の視線の先には…蓮とマルコが魔法の練習に使った公園があった。





「いける?マルコ…」


「大丈夫、私とエリヤなら…」


公園の中央にたたずむマルコは、左手を掲げてドラウプニルを起動させる。

ブレスレットの姿から見事な装飾を持った腕輪へと形を変えたドラウプニルは

主の名を待つように黄金色の極光を放つ。


「…王国の魔法よ、顕現せし王の奇跡よ私はここに新たな則を唱える者、新たな理を添える者

故に私は望む…この手に奇跡(まほう)を、闇を払う魔法(きせき)を!!

フェオ・ウル・ウィン・アンスール!!」


マルコの声とともに、ドラウプニルは魔力の光を放ちマルコを黄金の光で包んだ。

もと着ていた服は大気に溶けるように消え去り、代わりに黄金の輪と強靭かつ軽い羽衣のような魔法の力がマルコの身に纏われていく。

パァン! と、やがて黄金の光が弾けるように散った時

その内から王国(マルクト)の魔法使いマルコが姿を現した。

そして丁度その時、マルコとエリヤの上空をジュリア=グラディが通り過ぎようとする。


『マルコ!!』


「力を流すよ、奇跡の世界!!」


マルコが魔法の名を唱えながら、黄金の剣に変身したエリヤを地面に向ける。

剣を深く地中に突き刺し、その周りをドラウプニルの輪と蓮の張った魔術トラップの放つ光が囲む。

マルコがエリヤとドラウプニルから流した大魔力(マナ)は、公園に張り巡らされた蓮の魔術刻印を次々と発動させていく。

そして公園の周囲を正八角形が包み、その上空のジュリア=グラディをも結界がとらえた!!



In_side_

ジュリアは闇を裂いて降り注ぐ黄金の光に照らされ、溢れる力に困惑した。

「これは…?この光、力があふれてくる…!」

「チッ、外で魔力の供給だと?…あの魔法使いの子娘か!!」

そう言ってグラディが背後を振り返ると、立体映像のように数分前からの映像が闇の中に浮かび上がる。

下院との屋上での決闘直後…仮初の意味を撃ちこまれてからの映像が…


「下院様…!!」


ジュリアは確かに、その映像の中に自らの魔力に飛ばされた下院を見て目を見開く。

そして溢れる力の限りその拳を握りしめ、その内に威光の光を押し込める。


「助けに、来てくれたんだ……ジュリアを…」


ジュリアは、孤独な少女だった。

物心ついた頃から教団で育てられ、生きた魔法具として信仰の対象となっていた自分は

人間ではない、丁度今のような肉の人形として生きてきた。

教団が崩れ落ち、燃え盛る炎の中下院に出会い…そして護ってもらうために婚約した。

しかし何時からかジュリアは下院の事を愛するようになっていた、それに下院が気付いていたかはわからない

しかし、ジュリアはここから生まれて初めて願いと言える願いを持った

いつまでも下院と共に居たい…その願いは、自分の為だけのものだというのに…。


『ぐあああああぁぁぁっ!!』「………っ!!」


突然聞こえた下院の声に、立体映像へと目を向ける。

下院は光と闇の魔力に押し出され、屋上から地面へと落下していった…。


「や…いや、下院さまぁっ!!」


ジュリアは涙を流しその立体映像へと駆け寄るが、グラディの放つ剣が足元の地面に突き刺さり足止めされる。


「あぁ、なんという事だ…こんなにあっけないものだったとは…

嘗て薔薇十字騎士団団長の任を追われた復讐は、こんなことでは澄ましたくなかった筈なのになぁァ」


そう言って立体映像を消して振り返るグラディの顔には明らかな憤怒が浮かんでいた。


「我が復讐は、こんな事では済ましたくなどなかった

お前もそうだろう、嘗てお前の…育ての親であるウェルダ=エアリアルマスターを殺し…

お前の居場所を奪った下院への恨みは、そんなものでは済む筈はないだろうが!!」


地面をダンダンと踏み付けてグラディはその理不尽な怒りをこの世界に、ジュリアにぶつける。

しかしジュリアはそんなグラディの言葉を聞き、その表情から心を消していく…



「何を勘違いしてるの…?」「…………何?」



静かに、そして確かな怒りを込めてジュリアは言った。

その次の瞬間 バチイィッ!!!! と、極大の電光がグラディを襲った。


「ぐおおぉぉっ!!!…がぁっ!!!?」


電撃…否、雷撃の衝撃にグラディは片膝をついてそのダメージに耐える。


「馬鹿な…主導権を持ったこの私に貴様の攻撃が通じるだと…???

あり得ん、ありえん!!!!!」


グラディは駄々をこねるように叫びながら、突き出した手のひらから極大の闇を生み出し

無限ともいえる数の剣をジュリアに放つ。


「ブラッディ・サンダー」


ジュリアがそう呟くと、掌に圧縮された魔力の雷雲が無限の剣を伝いグラディに襲いかかる


「があああぁっ!!!

何故だ、何が違うというのだ…私とお前、共に野望を持ち

復讐すべき敵を持つ…なのに何故、何故なのだジュリア=フリードリヒ=ヘンデル!!!!!!!」


「私は愛したから」


頬に涙を伝わせて、ジュリアは応えた。

ジュリアの背後から後光のように以降の魔力が溢れ、それが雷雲を生み出し雷光の結界がジュリアを包んだ。

後光と雷雨の陰に彩られた闇の空間はまるで聖歌の一節を想わせる

そう、彼女の魔法名は魔女の賛美歌…


「どんな理屈を並べても、どんな摂理があったとしても

ジュリアお前(グラディ)は違うものだ…

そんなお前が…お前なんかが下院様の悪口を言うなんて赦さない!!!!」


ジュリアの叫びと共に、雷光の結界が爆ぜて闇に包まれた世界を威光が包んだ。



挿絵(By みてみん)

Out_side_


「「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!」」


暴走する二人分の魔力によって肥大化した羽外套や威光の武装に包まれたジュリア=グラディは

咆哮ともとれる悲鳴を結界内に響かせる。


「ジュリアちゃん…!!」


『駄目…ジュリアって子もエノクも二人とも完全に意識を失ってる!!

暴走する二人分もの魔力の強さに、元から操ってた魔術師もコントロールできてないんだ!!』


エリヤの言う通り、ジュリアの全身は…まるで魔術師の呪縛が視覚化したかのように侵食し広がる武装によって包まれ、それそのものが異形と化していた。


「でも…これは、神賀戸くんや下院さんがくれたチャンスだから!」


マルコは暴走するジュリア=グラディの巨体に引かず…ただ真っ直ぐにジュリアを縛る魔術師の呪縛を見据え

エリヤの黄金剣とドラウプニルの環を構えた。


「だから…助けるよ、ジュリアちゃんを!!」



ジュリア=グラディの口から、幽かに少女の声が漏れる。


「助け……来てくれたんだ……ジュリアを……………」



In_side_


「はあああぁぁぁぁああっ!!!!」


ジュリアは威光を束ねた光の大鎌でグラディに切り掛かる

しかしその攻撃は先程のように何度も通るわけではなかった。

威光に雷光を纏わせてもグラディは剣を宙空に浮かせそれをいなしている。

先程のように放電する程の魔力はもうジュリアは持っていなかった。

あくまでジュリアの躯の主導権はグラディが占めてしまっているのである。「くっ…ていっ、このぉ!!」

ジュリアの猛攻に飽きたと言わんばかりにグラディは大剣を闇から成して

ジュリアを鎌ごと弾き飛ばした。


「クヒヒヒヒッ、やはりお前には何も成し得ない

生れつきの肉人形が意気がるからこうなるんだよお!!!」


グラディの言葉には、もはやプライドも、矜持も、理性も無かった。

ただ便利な道具に噛み付かれて怒り狂う子供じみた感情の闇

グラディはまさにその塊だった。


「くっ…私は、ジュリアは…人形じゃない!!」


ジュリアは起用に闇の壁に足をつき、再び雷光のような早さでグラディに接戦し、腕に雷雲を纏わせてグラディに放つ。


「「ブラッディサンダー、バジュラ!!!」」


しかし、グラディの纏う雷雲の方がジュリアの雷雲よりも強力だった。


「きゃあああぁぁぁぁっ!!?」


雷撃を受けてふらつくジュリアを、グラディは力任せに押さえ込んだ。


「何が違う!!!教団に飼われ、騎士団に拾われ名前を書かれて便利な道具として使われる!!!!!

ならお前はペットか!!家畜か!!!!」


「違う、違うっ!!!!ジュリアは…ジュリアは……」


次第に借り染めの意味も効果を失っていっているのだろう、ジュリアの瞳から徐々に光が失われていく。

グラディは勝利を確信して獣の笑みをジュリアに寄せた。


「眠れ、人形は人形らしく何も喋るな考えるな。」


「く…ぅ……」



『眠っちゃ駄目えええぇぇぇ!!!!!』



強い声と共に、闇の世界が晴れた。




Out_side_


「はぁぁああっ!!!!!」


「「ああああAあああAAAAAAあああああAAAあああああ!!!!!!」」


マルコとジュリア=グラディの剣が交差する。

二人の魔法使いは正八角形の結界の中を衝突しあう独楽のように剣劇を重ねては離れ、再び高速でぶつかり合う。


「「あああぁ!!!!!」」


ジュリア=グラディの腕に雷雲と避雷針が顕現し、マルコに向けられる。


「…………っ!!!ドラウプニル、異界送り!!!」


マルコは即座にジュリア=グラディの腕…雷撃の発生位置に向けてドラウプニルの環を放つ。

バチイイイィィィッ!!! と、雷光はマルコを貫こうとするが、環を通った瞬間にそれをもんとするように異相の魔力へと変換されていった。

マルコの持つ精一杯の対魔法使いの防衛手段、しかし環を異相世界に直結させ…一度現象として顕現した魔法を再び魔力に戻すなど

例えすべての物質の流れを制御する王国(マルクト)の魔法使いであっても絶望的な集中力を要する筈である。

それに加え…


「ねむ……れ、人形は…人形らしく…………」


ジュリア=グラディから、グラディと思しき男性の声が聞こえるとマルコは精一杯ジュリアの心に呼びかけてしまう。


「眠っちゃダメええええええ!!!!!!」


しかしその隙を読んだとでも言うのか、叫んだマルコの方にジュリア=グラディの雷撃が防御を抜けて命中する。


「くぅっ…熱…っ」


『ちょ、ちょっと!!何してんのマルコ!!!集中を切らしたら折角の新技も使えないよ!!?』


マルコは叫んだ、戦いながら叫んだ。

魔法への集中が切れて雷撃が肩を焼くが、マルコはそれでも叫ぶのをやめなかった。


「ジュリアちゃんは人形じゃない!!

私はジュリアちゃんを知らないけど…それでも誰かを想う心があるのは知ってる!!!

だから負けないで、ジュリアちゃん!!!!」「やめろこの小娘があああぁぁぁああ!!!」


マルコは叫び、新たな環を生み出してジュリア=グラディの放った雷撃を打ち消した。

魔法は、大魔力からの恩恵をこの世に呼び出す力。

ならばあらゆる『流れ』に精通した王国マルクトの魔法なら、ジュリアの威光(ケテル)魔法も再び大魔力に還元できる筈。

それは先に成功した。

次にマルコが試したのは…



In_side_


「まさか…私の魔法を大魔力に還元して、更にジュリアに与えるだと!!?

嘘だ!!!そんな事はただの机上の空論に過ぎない!!!!」


目の前で起こる()超常を前にして、グラディは後じさる。


「人間の想像し得る事は統べて、起こり得る物理事象である…

貴方の限界をあの子は越えた、それだけよね」


と、グラディの後ろにはいつの間にか明が立ち塞がり

気付いたグラディは突然に背中を押された子鼠のように明から離れる。


「……!!!ヒイィッッ!!?な、何者だ貴様!!何故、私とジュリアだけの空間に居るんだ!!!」


「そんなの些細な事じゃない、ね?」


と、明は怯えるグラディをその笑顔に限りなく近い細い目で睨みつける。

その目に、グラディは見覚えがあった…憎い憎い、憎くて堪らない…自分の立場を奪ったあの若造に…。


……………プツン


「………くっ」


グラディはその瞳に睨まれた瞬間に、何か理性の根底を否定(・・)されたかのように

ガクンと俯き…


「くっ!!くっくっく、ききかくききひひひひひぎひゃはははははあはははははははは!!!!!!!」


壊れた人形のように天を仰いで高笑いを放つ。


「ハァー…ハァー…」


「ぐ…グラディ…?」


「あらあら、こんな事で壊れちゃうなんてねぇ…?」


やがて高笑いをやめて息を切らせるグラディその様子に困惑したジュリアをメイは手で制止させる。


「ほほぅ…此処に来て、この場でその余裕…消えて無くなりたいと見える

どこのだれかは知らんが、たかが小娘一人の為に…偽善者というのも考えものだなァァ…」


冷静な口調、しかしグラディの目は怒りに血走り…その心に理性は感じられない。

グラディはその全身から闇を噴き出して、目の前の二人と…その先にいるマルコを理性なき目で見開き睨みつける


「なら…」


その瞬間


「望み通り此処で消えて無くなっチマエエエエエエエエエエェェェェェェ!!!!!!!」


闇が、暴発した。



Out_side_


『な、なにあれ!!?』


エリヤは目の前で繰り広げられる光景に驚愕する、ジュリア=グラディが威光と闇に包まれた両腕を上げると

上空を闇(00)と威光の魔力が包み、公園どころか周囲を包むほどの太極図が形成された。


「「あ、あ、あ、あああああああああっ!!!!!」」


ジュリア=グラディが腕を振り下ろすと、太極図から何か一つの巨大な物体が生成され落ちてくる。

その広さは結界を丸々包み込み、巨大な鉄槌のようにガラス細工のような結界を破壊しながらその全貌を見せてくる。

形は直方体、縦に長く、材質はおそらくコンクリートに近いもの。

窓も入り口も屋上もないが、それは…巨大な高層ビルとしか言いようがなかった。

ジュリア=グラディは、その強大な魔力で高層ビルを丸々一個作り出して振り下ろす心算なのだ。

あまりに非常識かつ、力任せな方法にエリヤはただの剣であるように絶句し、すぐに叫んだ。


『じょ、冗談じゃないわよ!!!あんなもの落とされたら結界どころかこの街もただじゃ済まないじゃない!!』


エリヤの叫びも虚しく振り下ろされたコンクリートの大槌はゆっくりと街目がけて飛来している。



In_side_


「なんて馬鹿な事を、このままだと貴方もジュリアちゃんごと押し潰されちゃうんじゃないかしらね?」


このような状態で尚あきれ返るように問う明に、グラディは外套を翻しながら答える。


「甞めるなぁ見知らん魔法使いぃ?

私は無限(00)魔法によって滅ぶことは無い、それにこの身は写し身だからなぁ

本体も多少は『死』というダメージを受けるが…背に腹は代えられないなぁぁ

まさか魔法使い一つ手に入れる事にここまでリスクを伴うとは、今後の教訓にさせてもらおうかぁぁ!!!」


ジュリアの威光が世界に満ちてグラディは尚闇を溢れさせて力を拮抗させている。


「だから、安心してくたばれ敗者共おぉぉっ!!!!!!!!」


しかしこの体の所有権を持つグラディの魔力にはまだ余裕がある。

グラディは闇から蛮刀を抜き出してジュリアへ駆け出した。


「く…」「あらあら、諦めちゃ駄目よジュリアちゃん…ね♪」


二人の力比べに参加するでもなく、明はち、ち、ちと指を振ってジュリアに言う。


「何で、こんな時に…っ?」


「私は、外にいる人たちの事を全員よく知ってるからよ

ここに来て私がやることはもう(・・)何も無い、ただ全部見守るだけ…ね♪」


明が指差したその先には、再び浮かんだ立体映像が外の・・・ある人物を移していた。


「ぁ……」


降り注ぐ絶望が、そこにあった。

魔法を掲げ、自分を助けようとしてくれている少女の姿がそこにあった。

手の中にあるものが、鼓動した。



公園へと走る、愛すべき婚約者がそこに居た。



『私の名を詠んでくれ、ジュリア=フリードリヒ=ヘンデル…さすれば私は、汝の望むすべてを与え

そして汝の剣となろう…』


頭の中で、声が聞こえたそのとき…ジュリアは魔力を拮抗させていたその手で、何かを握る。


「そうだ、ここでジュリアは…負けてられないよね…!来て、メタトロン!!」


ジュリアの手に、切っ先の無い銀の剣…メタトロンが握られる。


「ジュリアを信じてるエノクの為にも、ジュリアの愛する下院様の為にも…」



Out_side_

マルコもまた降り注ぐ絶望を前に見据え、腕輪のついた右手をジュリア=グラディへ…その先のコンクリートの鉄槌へ向ける。

そして、すぅ…と、息を吸い


「外に出たがってるジュリアちゃんの為にも、貴女を愛してる下院さんのためにも…」


ガチャガチャ…と、金属がこすれあう音を出しながらドラウプニルの環は移し身を増やし

マルコの腕を包み砲身のように長く細くなりながら二つの標的にその照準を合わせる。


挿絵(By みてみん)



ぎゃりぃぃぃぃいイッ!!!!!と、ジュリアの(メタトロン)がグラディの蛮刀を受け止め

カ……ッ…!!!!!!!と、マルコの砲身から光が放たれたのは同時。


「「私は負けない、いや!!!」」


ヒュカッ!!と、ジュリアの剣がグラディの両腕を切り離したのと


バキン!!!!!と、放たれた環が膨張しジュリア=グラディをすり抜けて降り注ぐ絶望を迎えるように構えたのは


同時。


「「負けられない!!!!!!!!!!!」」


二人の叫びと共に、奇跡が起きたのも


同時。



Out_side_


「っあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


マルコは襲い来る魔力の衝撃に耐え、その身を強張らせる。

大規模な環は高層ビルを迎え入れると黄金の光を放ち、その抗生物質を溶かすように分解し始めた。


『まさかっ…新技で早速こんなもの消すハメに、なるなんてぇ…っ!!!!』


エリヤもその身の魔力を環に与えてマルコの演算補佐をする。

物質の構成を理解し、分解する。

それにかかる莫大な魔力と、絶望的なまでの消費精神力

しかしエリヤは曲がりなりにも人知を超えた存在、天使である。

朝飯前とは言わずとも、その身には人知を超えた演算能力と魔力を持っているのである。

そして分解された物質は魔力の塊となってふわりと漂い、環を通ってジュリア=グラディに吸収されていく。


『奇跡の世界…っ!!!』


「メガロマニア…ドレイン!!!!!!」


マルコが魔法の名を冠し、残った全力の魔力を環に込めると

絶望の鉄槌は一気に環を通り、何者にぶつかるも何者を押しつぶすでもなく

二人を威光の魔力で包んだ。



In_side_


「う、うでがっ!!!私の腕がああぁぁああああぁぁっ!!!!!!」


グラディはじたばたとその場にもがき苦しむ。

グラディには『滅び』が存在しない…しかし、それなら何故移し身をジュリアに取り憑かせたのか。

それは、グラディが不死ではないという決定的な証拠だろう。

これまでの周到な自己保身もわが身かわいさによるものだ。

つまりグラディは移し身であろうとも己が身を傷つけられれば痛いし、それを忌避しようとする事になんら不思議は無かったのだ。

その時、グラディの闇に大きな揺らぎが生じ…同時にジュリアの背後から威光の光が溢れた。


「あ、あ、あ、あああああああああっ」


それを見たグラディは、絶望をその目に浮かべて言葉にもならない声を上げる。


「魔術師、グラディ=マクマートリー」


ジュリアはその威光の光を、(メタトロン)にまとわせてグラディに告げる、叫んだ。


「ジュリアから、出てけえぇぇっ!!!!!!!!」


「ぎゃあアアアアアぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!!!!」


濁流する川のように、膨大な威光の剣筋がグラディを飲み込み

グラディは断末魔をあげながらその威光の流れる先へと飲み込まれていった。

やがて…あふれ出す威光が止んで、ジュリアの世界から闇が消失したとき…


「やったよ……かいん、さま…エノク……王国の、女の子……………」


ジュリアは、意識を手放して安寧とした眠りの底へと落ちていった…。





Out_side_


「んん…んっ、あれ…ジュリアちゃんは!?」


威光の光が止み、あまりのまぶしさに目をつぶっていたマルコは周囲を確認しようと辺りを見回した。


『マルコ、あそこ!!』


エリヤがグイッとマルコの手を引き剣を向けると、その先には気を失い眠るジュリアの姿があった。

魔力に任せて膨張した外装はぼろぼろと崩れ落ちて世界に還元されており、その浮力によって浮かんでいたジュリアは

最後の闇の鎧が崩れると同時に浮力を失って落ちていく。


「ジュリアちゃん!!」


マルコはジュリアを追って受け止めようとするが、間に合わない。

公園の外から、ジュリア目掛けて走ってくる人影を見つけたマルコは…


「…風よ!!」


ジュリアの下に環を出現させ、ジュリアを上昇気流で押し上げ落下の勢いを殺した。


「ジュリ!!…っと!!!」


下院は地に足を踏みつけてジュリアを両手で受け止めた。

そして力いっぱいにジュリアを抱きしめて、俯く。


「よかった……無事で…っ」


それを見たエリヤはハァァと、安心感を吐き出すようなため息をつく。


「よかった、助けることができて…」


マルコはマルコで、二人を助けることができた事に満足そうな笑みを浮かべた。

下院はそんなマルコを見上げて言う。


「ありがとう、王国(マルクト)の魔法使い」


下院にマルコは困ったような顔をして、自分の名前を告げた。


「マルコ、晶水マルコだよ」


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