Iesod:臨戦、魔術師と魔法使い
果たしてこの因縁はいつから続くものなのだろう…
俺にとってもそれは明と出会ったその時からと自覚してはいるが
それは積み重なった観測の結果として俺が彼女を原点として置いてるにすぎない
恐らく彼女は、俺に出会う事なく魔法に出会い
然るべくして魔法を手にしていたに違いない。
そのまま破滅の道を選ぶか、それとも俺と言う憎しみの矛先を作ったことで救われるものもあったのか
俺の主観からは何も言えない。
たとえどれだけ高位の称号を得ようが、魔術を会得しようが
観測された現在の先には、ただ未来があるのみ。
ならば俺は…
「………!!この感じ、それに…この方向は!!」
「学校…いや、公園か!!」
マルコと蓮がブランクの気配を察知して立ち上がったのは同時だった。
それと同時に、壁に浮かんだ下院の自動筆記の発行色が浸食されるように黒く変わっていく。
画面に映し出されているその姿は…
「ジュリ!!」「お姉ちゃん!!」「…それと、貴方が黒幕かしら、ねぇ?」
その瞳に光を映さぬ銀の髪の少女と、敵意の視線をマルコ達に向ける黒い天使…エリヤの姉、メタトロン
そして…今にも折れてしまいそうな細い身を司祭のような霊装で身を覆い尽くした初老の男。
『これはこれは、よもや薔薇十字騎士団現団長様もお越しとは
いささか御持て成しが少なかったでしょうかなぁ…』
自動筆記の魔法陣の向こうで、男は獣のような笑みを浮かべる。
その聞き覚えのある声を聞き、下院は初老の男…魔術師を見やる。
「お前は…」
『そうです、貴方に嘗てその地位を追われ…こんな辺境の猿山で隠居する事となった哀れな先達に御座います』
魔術師は道化のように外套を翻しそう言うと、再び獣の笑みを下院に向ける。
一方で下院はその男の目的を大方悟り、敵意の視線を見せる。
「ジュリを返してもらおうかね…」
『おぉ怖い怖い、若僧とは言え流石は現団長様。そこの子娘とは殺気がまるで違う、いやはやお見事なものです
しかして私もこの様に便利な肉道具は早々手放すわけにはいきませんなぁ』
魔術師は霊装と手袋で覆い尽くした両腕でジュリアを抱き上げ、その頬を撫でまわす。
無抵抗に撫でまわされるジュリアの頬は、ぐにぐにと形を崩しては元の無表情に戻る。
「ジュリアちゃんに…ジュリアちゃんに何をしたんですか!!」
その光景を見て拳を握りしめ、我慢できずに叫んだのはマルコだった。
マルコはジュリアの元の姿を知らない、しかし、力任せに頬の形を変えられて表情さえ変わらないその姿はどう見ても異常だった。
それに、マルコの知っている分ジュリアは婚約者の事を思い出しても苦しむような程
下院の事も忘れていなかった筈だ…事態は、あの襲撃から更に酷くなっていたのだ。
『ブランクと同じですよ日本人のお譲ちゃん、『思考する意味』を奪い
何も考えられない、婚約の事さえ忘れてしまっているでしょう…
なので私が使って差し上げているのですよ…ヒッヒッヒ』
マルコは吐き気を催す魔術師の笑みに戦慄する、この男は魔術師でも…下院や蓮とは全く違う
その魔術師はあまりに残酷で、傲慢で、なにより無限ともいえる欲望にまみれていた。
『さて、ここが何処か解りますか?』
魔術師が身をひるがえすとその後ろにはマルコにとって見慣れた光景があった。
「そこは…まさか、学校!?」
『やはり貴女の学校でしたか…明日の正午、この学校に展開した非観測空間にて待ちましょう
今は休みみたいですからねぇ、しかし…もし来ていただけなかった場合は、この学校の生徒全員をブランクに変えて差し上げましょう』
魔術師の言葉に、マルコは目を見開いて嫌な汗を流す。
(この人、どうかしちゃってる…ッ!!!)
「お姉ちゃん…」
エリヤがそう言うと、メタトロンは辛そうにそっぽを向き、口を開く。
『私はジュリの守護天使だ、この男がジュリの思考も主導権も握っている以上手出しはできない』
そう告げるメタトロンの肩…羽の付け根も屈辱に震えていた。
『返答は、明日聞きましょうか…それでは皆様、良き週末を』
魔術師がそう言うと、壁に展開された黒い自動筆記の魔法陣はかき消されるように消えて行った。
「ジュリア……」
下院はカウンターに固く握った拳を押し付けて俯く…
「店壊さないでね?
…成程、あの子はもうあの魔術師にとって用済みと言ったところなのかしらね
でなければこんな大雑把に果たし状なんて送るわけがない…悪趣味にして蒙昧、故に助かってるようなものかしらね」
明が感想を載せると、マルコは下院のハーフコートを握る。
その表情は背の高い下院には見えなかった。
「マルコちゃん…」
「協力します、ジュリアちゃんも…メタトロンさんも、助け出します!だから…」
マルコは、怒りも含めた…それでも真っ直ぐと『助けたい』という信念のもとに
下院にその目を向けた。
「私達は何をすればいいのか、教えて下さい!」
翌日…青銅欄第三小学校にて
「あれ、今日晶水は休みか?」
太一はカバンを置いて教室を見回している。
「蓮くんもいないねぇ…これはひょっとしたら、二人で一緒にずる休みかねぃ~?」
「な、な、な、なんだってぇ!!?」
太一はバン!!と、机に手をたたきつけて美香を向く。
「冗談だよぃ、きっと今日は用事でもあったんだよ
だから、今日はゆっくりマルコの好きにさせてあげた方がいいよ♪」
「なんだよ、美香は晶水が何してんのか知ってんの?」
太一の言葉に、美香は首を横に振る。
「知らないさね、でも…この前電話で話したマルコ、なんか悲しそうだったから
何やってたかわからんけども、嘘つくの優しいマルコは苦手だから
…だからさ、今はあの子の好きにさせてあげて…またあとで事情を聴いてもいいんじゃないかねぃ♪」
美香が笑いながら言うのと、太一は黙って席に座り腕を組む。
「あのビンゾコもか…まったく、今日くらいは赦してやるか
でも、俺からマルコをとったら容赦はしねぇかんな。」
良くマルコと蓮を知る実行委員の二人は、どうやって二人のずる休みを説明するか暗黙の了解で考え始めていた。
その様子を、常人には視えない非観測空間から覗くマルコは…
「美香…太一君…ありがとう」
と言って、決戦の舞台へ足を運ぶ。
「でも、太一君のマルコって何の事だろう…?」
相変わらず天然だった。
屋上にて正午、そこに居る人間は下院だけだった。
その目の前には不吉な目の輝きをした黒い猫…やがてその形は影絵のように変わり肥大化し…やがて黒い翼になった黒猫だったものは
その内から銀髪の少女の姿を露わした。
「ジュリ…いや、憑いているかね?
お前も騎士団を行きなりぬけたかと思えば、しばらく会わないうちに悪趣味になったものだ」
「騎士団に居たのも今こうしているのも、全ては私の欲望を満たす為
その為に無限の魔法まで身に付けた、貴様ごときにはもう負けることなどない、騎士団ももう必要ないのだよ」
少女、ジュリアはたしかに口を動かして発音していた。
しかし、その声は初老の男性…先日の魔術師のものだった。
「薔薇十字騎士団元団長…グラディ=マクマートリー
まさかこの数年の間に魔法まで手に入れていたとは…まずはおめでとうと言うべきかね?」
「っ!!…メタトロン!!」「……」
ジュリア=グラディが手を翻すと、メタトロンが飛来してカーテナ型の銀の剣となり
その手に収まった。
「威光と無限、二つの魔法を前にしてその余裕、流石は対魔法使い魔術師といったところか!」
ジュリアの顔のまま、グラディは獣の笑みを浮かべ下院に切りかかる。
ギャリッ!!と、金属同士が擦れる不快な音と共に下院は一歩ジュリア=グラディに踏み込む。
下院の手には何も握られていない、斬撃を受け止めたのは中空に浮く装飾過多の剣
「っ!!ブルンツヴィークの『守護の剣』か!」
「正解だ、流石は元団長といったところか…シャルルマーニュの知識は十分かね?」
下院はそう言うと、足元に置いた鞄をけり上げてその蓋を開ける。
ジュリア=グラディは鞄を避けようと距離を取るが、それさえ下院は赦さない。
「行け」
その声とともに、鞄から二本の蛮刀が飛び、ジュリア=グラディの退路を断つように後ろに回る。
「くっ!!」と、ジュリア=グラディはその場で制止、条件をクリアしてまた一歩下院は歩み寄る。
「まぁ逃げるなよ…シュチェルビェツ、退路を断て」
次に下院は鞄から二本の剣を取り出し、空中に放り投げる。
剣はすいこまれるように屋上の四隅につきささり、二人を包む長方形の結界を作り出す。
「くっ…!一人でこの私を相手にするつもりか…!?」
「そうだ、と言ったらどうする?」
下院の言葉に、ジュリア=グラディは恐怖する。
「人の躯にこそこそ隠れて、自慢するのみ。お前が俺に負けた原因はそれだ、お前は昔から臆病が過ぎる
もう少し本気を出してみたらどうかね?」
下院は嗤った…グラディの獣の笑みと違い、怯える獲物を前にした狩人の笑みだ。
グラディの笑みが上層を前にした野心の笑みなら、下院のそれは圧倒的な強者の笑みなのである。
「異教を狩れ、ティソナ!!コッラーダ!!」
下院が雄たけびと共に二本の蛮刀が回転しながら戻ってくる。
しかし…
「舐めるな魔術師がぁ!!!!」
ジュリア=グラディは全身か魔力の威光を放ち、そこから針千本のように剣として物質化させる。
魔力の光の色は、以前のジュリアとは違った漆黒の光…否、これは寧ろ無限の闇とも言える魔力である。
そして下院の放った蛮刀を弾いた後に、即座に魔力の闇に変換する。
そして闇は収束して新たな形を取った。
「雷雲か、ブルンツヴィーク!!」
「受けよ、創造の魔法!!ブラッディ・サンダー!!」
ジュリア=グラディの放った黒色の雷撃は、即座に下院の前方に立ちふさがった守護の剣にすいこまれていく。
しかしその衝撃は屋上に響き、非観測空間であるにも拘らずその床に深いひびを作っている。
「く…これがジュリの魔法か…」
それで尚一歩迫る下院の言葉に、ジュリア=グラディは憎しみで顔をゆがめる。
グラディの魔法と、下院は認めてなどいないのだ。
「私が持つ無限の魔力、無双の物という特性、その末にある我が魔法だ!」
ジュリア=グラディの発する闇が、触手のようにメタトロンの剣に絡まっていく。
『……っ!!う、あぁっ!?』
メタトロンは闇がその身を浸食する不快感に耐えきることができず悲鳴を上げる。
「浸食せよ我が闇、カオス・ブレイド」
それでも下院は一歩踏み込み、手に持たないまま守護の剣を正位置に構える。
ガギィィィッ!!!と、不快な音を発して二つの刃が交錯する。
「ぐっ…おぉっ!」
その衝撃に下院は膝をついて防御に専念する。
「ハハハハハッ!!バカかお前は!!
小娘の躯とはいえ近接戦闘型の魔法使いと体力勝負で敵うと思ったか!?
その上守護の剣も所詮正確な贋作、出来栄えは見事だが私に敵う筈がないだろうが!!
ホゥラホラホラ!!今にも壊れるぞ!!!!」
ジュリア=グラディは闇に浸食されたメタトロンをでたらめに下院の守護の剣に打ちつけていく。
「ぐぁ…あああ!!」
下院は魔力を守護の剣に注ぎ強化するが、その努力もむなしく…
「砕けろ、人智の存在よ!!!!!」
闇が、守護の剣を打ち砕いた。
笑みを浮かべたのは、下院だった。
「かかったな?」
「……………………!!!!!」
ジュリア=グラディが気付いた時にはもう遅かった。
下院はポケットに手を入れていた。
気付かなかったのだ、魔力を注いでいたのが…守護の剣ではなく、己のポケットだと言う事に。
「Wie für Eisen, wie für der Maßstab, Eisen, wie für die Rückenmark, Eisen, wie für der Knochen, Eisen, es ist ein Kinn
Die Phantasie legt einen Drachen des Eisens für Vermittlung in der Wirklichkeit, meine magische Macht und die Wirklichkeit hier
(鉄は鱗、鉄は背髄、鉄は骨、鉄は顎、幻想は現実、我が魔力と幻実を媒介に、ここに鉄の竜を呼ぶ)」
高速かつ正確に呪文を唱えながら、下院は大ぶりにポケットからそれを取り出す。
それは、ごく普通のキーチェーンだった。
しかしそれは下院の魔力を受けて薄く輝いていた。
キーチェーンだったそれは、いつの間にかその全貌を変化させていた。
長く、太く、そして蛇のように蠢き…魔術師が望む姿へと変貌する。
「来たれ鉄竜!!!Herensugue!!!!!!(エレンスゲ)」
下院が呪文を完成させると、それはキーチェーンではなく
鉄と鎖で構成された8つ首の龍とあらゆるものが認識した。
ケイオス魔術、己のイメージした幻想を現実へと呼びだす魔法に最も近しい魔術。
下院の得意とする召喚魔術は、己の幻想を物体に上書きしてキーチェーンを鉄の龍のイメージで上書きしたのである。
「あ……あ…………っ!?」
魔術の真髄を目の前にして、ジュリア=グラディは呆然と立ち尽くした。
鋼鉄の洗濯ばさみのような頭についた無機質な空洞の瞳に見つめられたグラディは、蛇に睨まれた蛙のように逃げる事すらできず
ただその恐怖に凝り固まった。
「懺悔は済んだろう?」
ヘレンスゲだけではない、下院もまたジュリアを見据えていた。
「さぁ、行け」
下院がそう告げると、ヘレンスゲはヂャラヂャラと音を立ててジュリア=グラディの体へと殺到し
その四肢を拘束して締め上げていく。
「ぐっ…「あああああぁぁぁあっ!!?」」
グラディはこの躯に完全に取り憑いているわけではないようだ。
しかし、その体本来の持ち主であるジュリアは耐えられず、本来の声でジュリアは悲鳴を上げる。
「すまない、ジュリ…耐えてくれ…っ」
そういいながら下院は苦悶の表情でヘレンスゲに魔力を与え続け、拘束力を高めていく。
肉体の苦痛によって、ジュリアは本能的に体内にとり憑いた異物を排除するまで…
「「や…あああああっ!!!」…ぐ、く、ははははははっ!!!
流石は薔薇十字騎士団団長、冷酷にして冷徹な判断だ感服するよ!!
しかしそれなら純粋に苦痛を与えるのみの魔術でも使えば良い
その僅かな甘さと、私を見くびった事が貴様の敗因だ!!!」
再びグラディの声でそう笑い飛ばしたジュリア=グラディの身体から、再び闇が染み出して行く。
「ヘレンスゲ、バスクのドラゴンだな?
ドラゴンは常に神の『敵』であり、それが故に弱点が必ず存在する。
マイナーなところを選んだようだが私には通じない、へレンスゲが嫌う物…それは……
はっはぁン、『黄身のない鶏卵』だったなぁァア!!?」
染み出した闇は形をとって白い物体へと変色する、卵だ…それも尋常な数ではない。
完全に形成するまで空中で静止していたそれは、闇が総てそれに変換されると
重力に従ってヘレンスゲに縛られたジュリア=グラディに向かって落下していった。
パキャッ と、音を立てて割れた卵には卵黄がなかった。
その白身がヘレンスゲの胴体に触れた瞬間、ジュウウウウウゥゥゥゥゥゥゥという音とともに鎖が腐食されていく。
「……くっ」
「ヒャヒャヒャ!!そらそらそらぁ!!!!
早く何とかしないと奥の手がどんどん溶けていっちゃうよぉ!!?」
ジュリア=グラディはどんどん闇を染み出させ、自身に降り注いだ白身も闇に変換し
尽きることなく卵へと変換し降り注がせる。
「あぁ、もう……十分だ」
下院の言葉に、ジュリア=グラディは完全に意表を突かれた。
そして新たに何かの存在感を察知するとそちらに振り返ろうとするが、まだ溶けていないヘレンスゲにそれさえも妨害される。
「僕達の勝ちだよ」
そしてジュリア=グラディの背中に、魔法陣の書かれた手袋が当てられた。
「魔術師、レイライン=エドワード=ウェイトの名において汝に仮初めの意味を与える!!」
手袋をつけた黒い学ラン姿の魔術師 神賀戸・蓮は、高らかに呪文を叫んだ。
下院の手によって新たに一回分だけ魔力を補充された霊装である手袋から
バチィン!!!!!と、鞭のような音が鳴り、ジュリア=グラディに仮初めの意味を打ち込んだ。
「「あ……あ……が、ぐ…」」
ジュリア=グラディは眼を限界まで見開き、弓なりになって衝撃に震える。
…そして……下院は力の限り叫んだ。
「戻ってきてくれ!!!ジュリア!!!!!!!」
深い、深い…ジュリア=グラディの闇色の瞳の底
力を奪われ意識の奥底に縛りつけられた少女の耳に、その声は……届いた。
「かいん……さ…ま………?」
少女、ジュリア=F=ヘンデルは、瞳をあけて婚約者の名を呼んだ。
威光(魔法)
第一セフィラ、王冠=威光の名を冠する魔法。
物質の創造を司り、守護天使にメタトロンを持つ。
また、魔術的に00と繋がる性質がある。
00(魔法)
魔術から辿りつける数少ない魔法の一つ。
自己の存在根底そのものを書き変えて、自らを他者と確実に違うもの=無双のモノにする事が出来る。
また、分身を作り無限の魔力を行使できるため
後方支援や潜入行動に異常な程まで特化した魔法である。
ヘレンスゲ召喚(魔術:ケイオス学派)
下院の奥の手。
自分の精神世界から幻想を取り出し現実世界の物体とイメージを重ねる事によって
一時的に現実に存在する物体を幻想上の存在に変換できる。
現存する魔術の中で最も魔法に近しい魔術とされているが、魔法と認定されないのは
あくまで起点に自身で生成した魔力を使用しているからである。
特に召喚魔術は召喚に成功すれば後は魔力をほとんど必要としない為
魔力の絶対量で差があり、魔術師の天敵に等しい魔法使いにさえ対抗できる。
故にこの系統の魔術を極めている下院は対魔法使い魔術師、獣666と呼ばれているのである