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Kether:邂逅、魔術師と魔法使い(リトルボーイミーツガール)


…………………………胸が苦しい…誰か、これ、抜いて………


痛みが強すぎて麻痺しだすという感覚を、たぶん生まれて初めて私は今経験している…


熱がスゥっと引いて行くように力が入らない


きっと、胸から流れ出しているんだ………この血と一緒に………


ドシャリ、と…近くで何か大きな音が聞こえた


大人がものすごい勢いで地面にぶつけられたような音…


かすれた目を上に向ける


私を見下ろす、色のない光景


まるですぐ近くにあるような厚い白い雲、私を見下ろす…黒い黒い女のひと


よく見えないけど…………彼女はきっと…きっと……すごく辛そうな表情をしていた。



「ようこそ林檎と腐臭の少女…魔と神が織りなすキセキとマホウの世界へ…」





ぴりロぴりロリ、ぴりロぴりロリ♪

ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ♪


「ん、んんっ…んあぁぁっ」


目覚まし時計の音と、携帯のアラームが同時に鳴り響く。

瞼が上がらないので私はもぞもぞと記憶している目覚まし時計の位置に手を振りおろす。

ぴりロぴりロリ、ぴりロぴりロリ♪

ピピピピ、ピピピピ、ピブツッ。

丁度チョップする形で目覚まし時計の音が止まった、よし命中。

問題は携帯だ、何せ相手はチョップで済む相手ではない。


「うぅう~~~…はぁ、もしも~ひ」


私はあきらめて携帯電話を手にとって開き、電話の相手へと欠伸交じりの対応をする。


『おぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!

きぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!

ろおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!!!!!!!!!!!』


「ひきゃあ!」


携帯電話からサイレンのように響く怒声に私は無理やり意識を回復させられてしまった。


「美香ぁ、いきなり大声で叫ばないでよぉ電話なんだから」


『やー寝ぼけ眼でどうにか目覚まし時計は撃退したけど、どうしても携帯だけは答えなければならなくって

寝ぼけ交じりに答えてみたってかんじがしたからねぃ♪』


う”、と正確すぎる美香の推察に押されてしまった。

私、晶水摶子(あきらみずまるこ)は寝起きが弱いのだ。

多分二年前の事件(・・・・・・)以来、血圧が低いらしいからそのせいだろうか…あれ、それってデマだったっけ?


『とにかくっ!!あと10分で公園前に集合!!ハリーハリー、美香は拙速を尊ぶぅ♪』プツッ、ツー、ツー


「あちょっと美香ぁ?うぅ…眠いよぉ。」




  イ          ミ              カ          ェェ



「…まただ、疲れてるのかなぁ?」


おまけに、最近寝起きに良く聞こえる…この頭に直接響くような…『声』のような何か。

近所の誰に聞いても聞こえないらしい…きっと気のせいなんだろうけど…


「この声、いつも怖いな」


まるで、声の主がいつも近くにいるようで…






紅葉も舞うある秋の日のうす寒い朝、青銅欄、東京都の端っこにある小さな町。

海に面し、既に各地で実用化されている近未来的な浄水施設の実験的都市でもある。

綺麗な海に綺麗な住宅街と、都内でも有数の自然を持つ町。


「マルコー、早く早く」


黄金のようにきれいで、それでシルクのように流れる金色の髪を持つ友人、金奈美香(きんなみか)を追いかける。


「まってよ美香ぁ…はぁ、へぁ」


「だらしないぞー、そんなんじゃ朝の走り込み無理だねぃ♪」


にひひと笑いながら距離を開ける美香に、私はぷぅとほほを膨らましながら問う。


「もぉ、なんでこんなに急ぐ必要があるのぉ?」


「今日は転校生が来るんだから、実行委員の私たちが歓迎の準備をしないとねぃ♪」


美香から突然に与えられた大ニュースに、私はきょとんと目を丸くする。


「てんこうせぇ…?美香いつの間にそんな情報を…」


「にひひー、この金奈美香の情報網を侮ることなかれよー」


 腕を組んでドヤァと不敵な笑みを浮かべる美香。

確かに、彼女はとにかく面白いイベント、ハプニング、非日常をこよなく愛する少女なのだ。

それも、『自称、実行委員』を勝手に設立し自分からイベントを提案、計画を進めて行くほどに。

(自称というのは、実際そんな委員会があるわけでもなく、文字どうり自称であることからだ。)

私は、そんな眩しい太陽のような美香につきあって実行委員に参加しているんだけれど…


そう、転校生がやってくる…それは、私たち自称実行委員にとってはとてつもない朗報だった。




「あら、お~い♪朝も早くに元気ねぇ二人ともねぇ?」


通りかかった喫茶店の表にて、箒を持って二人を見かけた女性が声をかける。


「あ、メイさん!」


この女性、名は(めい) 綾乃(あやの)、近所の喫茶アヴァロンの店長さん。

どんな季節でも長袖のコートを脱ごうとしなかったり、私たちをたまに変な目で見たりちょっと怪しいけれど

べつに何するでもなく帰りにかき氷やココアを奢ってくれる優しいお姉さん。

そして、尊敬する私の命の恩人。


「転校生だよ転校生!今日うちのクラスに来るんだって、だから準備に行くのさぁ!!」


「あらあら、あまりはしゃぎ過ぎて周りに迷惑かけちゃだめよー♪」


「へぇ、はぁ、待ってよぉ…」


明さんはあらあらうふふ♪とすこし興奮した感じで私を見て、労るようにこんどは私の頭をなでた。


「大丈夫?マルコちゃん…あんまり無茶しないようにねぇ?」


明さんの表情は、息切れしていた私を見るようななんか怪しい視線ではなく、本当に心配するような眼だった。

私は昔から感覚が鋭いことだけは他の人より目立っていた、だからこそか身近な人の考えることがほんの少しわかってしまうのだ。


「…あの時の夢を見たんです、明さんと初めて出会った時の……」


明さんの表情が変わる、今度は痛々しい記憶を呼び覚まされたかのような…そんな表情。

おかしいな、あの時痛い目に会ったのは私なのに…明さんは、私の事を何よりも心配してくれる。

いいや、明さんはきっと何者であっても、あの場にいた人を助けてくれたに違いない。

明さんは怪しい人だ、でも…こんな所があるから、私はこの人が悪い人にはどうしても見えない。

そんな少しの尊敬を抱く人に少しでもつらい表情を浮かべさせてしまったことを、ほんの少しだけ後悔しつつ、私は口を開いた。


「だから、大丈夫です。あの時みたいに明さんに心配をかける私でいたくないから」


そんな私のおでこを、こつんと人差指でデコピンされてしまう。


「あうっ」


「いっひっひ、言うようになったわねぇマルコちゃん♪

そんな様子じゃ、そろそろ傷が開く心配はいらなそうねぇ…いってらっしゃい、ね♪」


ニカっとわらう明さんに、私はおでこをさすりながら手を振り美香の後を追った。

そう、これは誰かに守ってもらう私から、誰かを守る私へと変わっていく物語…

そしてこれは、優しくて、強い、私の恩人が語る私の『はじまり』の物語・・・







挿絵(By みてみん)

~Magical Girl Malchut Malko~

『王国の魔法使い』と『白と黒の魔術師』









……陰陽二種の力が一方が盛んであれば他方は衰え、止まることなく運動し、 それによって世界の変化発展の過程が引き起こされる

あの子がここまで回復すれば、後しばらくは私も頑張る必要は…そろそろなさそうねぇ…あ

でもこの結界の歪み、これはどうにかしないとかしら…ねぇ?


       イ        ィィ         ヲ       セ   ェェ


……まぁ、それより寒くなってきたし可愛い実行委員会の子たちにココアの準備ねぇ♪

人数増えそうだし、買いだめしておかないと、ねぇ♪






 それから4時間後の九時、学校の教室にて力なく机に潰れ伏すマルコの姿があった。


「うぅ、眠いよう」


「くかー…」


 美香に至っては既に隣の席で爆睡している。

しかし流石というべきか、準備は完了し教室の誰にも気付かれぬまま発動の機会を待っている。

 キーンコーンカーンコーン

 そんなこんなで摶子が眠気に堪えているうちに予鈴が鳴ってしまった。


「あ…美香、美香、朝の会始まっちゃうよ?」


「んぁ…てんこーせー?」


 マルコは美香の肩を揺すり起こす。

やがてやってきた先生がドアを開けたまま教卓に手を置き、発表した。


「あー、突然だが今日は転校生を紹介する。」


 当然、一瞬にして教室内がざわつくが予想の範囲内と思っていた二人がいた。

二人は待っていたと言わんばかりに手元に設置した紐に手をかける。

 やがて教室の入口からカツカツと足音が聞こえたかと思うと、学ラン姿の少年が姿を現した。

余談だが、彼女達の通う私立青銅欄小学校は私服登校だ、故に彼が転校生だとマルコは確信する。

そして転校生がキビキビと黒板に名前を書く様を見て他の女子達は彼についての評価を話し合っている。

目を覆い隠すような大きな眼鏡はともかくとして、その顔立ちはいい印象を持たれているらしい。

 少年は名前を書き終えて、生徒席に向き直り淡々と自己紹介を始める。


神賀戸 蓮(かがとれん)です、これといって紹介するほどの事がありませんが、よろしく」


 その自己紹介は、あまりにも単調でまるでかかわる事を面倒くさいといわんばかりな印象を与えた。

ざわついていた教室も、その淡々とした物言いに驚いたのか、または呆れかえってか比較的に静かになる。


「ふむー…ああいうタイプは引越し慣れしてるね、回りに関わるのを面倒くさがるタイプだ」


 探偵が考察するように顎に手を当てつつ、マルコにしか聞こえないように美香は言う。

 しかし美香が周りの状況に合わせて静かにするような人間ではないと知っているマルコは、焚きつけるように尋ねた。


「それでもやるんでしょ?」


「やらいでか!」


 応えた美香は隠蔽用にゆるくして、転校生の自己紹介のうちに誰にも気づかれないよう

手繰り寄せていた紐を勢いよく引っ張る、マルコもそれと同時に紐を引っ張った。

 すると教室に異変が起こった。教室の四方の壁の内黒板を除いた三方に張ってあったセロテープが剥がれ

細く丸めてあった垂れ幕が勢いよく下がった。


『おいでませ転校生』『ようこそ3年3組へ』


『ウェルカムトゥ実行委員』


 などなど書かれた垂れ幕が転校生に対し歓迎の意を示す。

しかしそれと同時に強制するような文章も含まれていた、寧ろ美香の目的はそこにあったといえる。

 クラスにおいて美香の言う『実行委員』はあくまで自称であり進級した春には委員の設立を申請していたのだが

委員の設立は多数決もしくは既定数以上、たとえば4人であれば許可される筈だった

しかし美香のパワフルさは既に同学年のほとんどに知れ渡っていて

『面白ければいい』と『巻き込まれるのはごめんだ』等等賛成と反対に二分していた。

このクラスの人数は丁度40人、その上賛成派と反対派で完全に偶数で意見を二分していた上に

さらに他の人員もマルコとあと一人を除き既にどこかしらの委員に所属していたため

実行委員の設立は保留となっていたのだ。

 しかし、チャンスは保留が決まった際反対派の誰かがつい(・・)言ってしまったことにあった。


『転校生でも来れば設立できたのになぁー』


『ふぅん、じゃあ転校生が来れば意見に関わらず実行委員に入れてもいいんだね?』


『あっはっは、まさかそんな直ぐに来るわけないだろー?それだったら賛成してやるよ』


 この機転を利かせたのはマルコだった、美香が感謝したのはマルコのその感覚の鋭さだった。

そして現在、転校生は無表情だった目を驚愕に見開き唖然としている。

 しかし周囲は嘗て賛成派と反対派に別れたにもかかわらずそれを歓迎するような雰囲気となっていた。

このクラスの皆は、文化祭をあと1ヶ月に控えた今でも大したアイデアが纏まらないほどグダグダと退屈していたのだ。

 それを良しとしない考え方になったのも、実行委員設立に至らずとも

ひたすら教室のムードメーカーとそのパートナーであり続ける美香とマルコに影響されたことによるものだろう。




「ふっふっふ、これよ…このノリこそ青銅欄小学校3年3組というものよ!」


 放課後、机を集めて実行委員設立後初めてとなる会議を開始しようと言いだした美香。

委員長の美香、副委員長のマルコ、転校生の蓮、そして…


「で、実際何をするんだよ?」


 机に片肘をついて美香に問うツンツン頭の少年、葛葉 太一(くずのはたいち)

彼は青銅欄小学校において番長を名乗っている、実際番長制がこの学校に…まして小学校にあるのかは別として

それこそ美香が今まで非公式ながらも実行委員を自称していたのと同じようなものである。

 そんな彼が何故実行委員に居るのかと言えば、斜め前に座る愛しい少女の為である。


「んん…まず、転校生の蓮君に校内を案内したほうがいいと思うんだけど」


「そっすね!」


 普段に比べれば近距離のマルコの言葉に笑顔で勢いよく答える太一。

もうお解りだろう、太一はマルコにこの上ない好意を寄せているのだ。

しかし当のマルコは太一の事を『乱暴だけど本当は親切ないい人』くらいにしか思っていないのだが


「それならいいよ、もう昼休みのうちに学校内も全部把握したし地理も転校前に把握してるから…」


 そう言って蓮は席を立ち一人で何処かへ行こうとする。


「な、おい待てよ!てめぇ、晶水がせっかく案内しようって言ってんだぞ!」


「それはいいけど、まだ会議中だよ蓮くん?」


 そう言って太一と美香は蓮を留める。


「…まったく………!?」


ィ                          カ     ェ        セ  エエェェェエエエエエエエ


 心底面倒臭そうに立ち止まりため息をついた蓮だが、直後にビクリと体を震わせる。

その顔は眼鏡の上からでもわかるほど、焦りと嫌悪を同時に持ち合わせたような表情をしていた。


「どうしたの?」


「……どけっ!」


 心配して割って入ったマルコを押しのけて、蓮は教室の外へと駈け出そうとする。


「てめっ、マルコに何しやがる!」


 そう言って太一が蓮の肩に掴みかかるが…

 ヒュン


「へ…あだっ!?」


 太一は天地が逆転したような錯覚を覚え、一瞬の後には蓮に組み伏せられていた。

その光景には美香もマルコも驚かされた、これでも太一は番長を名乗るのも頷ける程には格闘技やケンカの技術を持っていたからだ。

小学生レベルであることには変わりないが、それでも嘗ておとなしいマルコを苛めた6年生を

彼自身の腕力と家で習っている簡単な古武術ででねじ伏せた事がある程だ。

太一自身も目を白黒させて床に倒れている、その隙に蓮は全力疾走で廊下へと駈け出した。


「あ…神賀戸くん!」「こんの、待て神賀戸ぉ!」


 思わず駈け出したマルコと、怒りに燃えた太一は蓮を追いかけて教室を出る。


「むぅ、これは謎だ…よし、実行委員最初の活動は蓮くんの確保だぁ!」


 少し考えた後、美香も心底楽しそうに教室を後にした。




「はっ…はぁ…はぁ……ええと、何処行ったんだろう?」


 マルコは蓮を追いかけて学校を出た後、太一と二手に分かれて彼を探すことにした。

しかし、太一や蓮と違い体力のないマルコは息を切らして商店街で足を止めた。


「あれ…ここ…商店街、だよね?」


 マルコは見知ったはずの商店街の違和感に気付き、周囲を見回した。

肌で感じる空気が、まるで違うものだったからだ。

 それだけではない、放課後の帰り道は一番一通りの多い時間の筈なのに、商店街に誰もいない時点で違和感があったのだ。


「…なんだろう…怖い」


 肌寒いものを感じぶるっと身を縮こませ、マルコは一刻も早くこの場から去ろうとするが…振り返った瞬間に何かにぶつかった。


「キャ、すいませ…ん」


 その何かを見上げながらマルコは目を見開いていく

口は開いたままただそれを直視することしかできなくなってしまった。

 なぜなら、それは真っ白だったからだ。

 なぜなら、それには輪郭すらなかったからだ。

 なぜなら、それは白い机の上で写真をヒト型に切ったように…真っ白で現実味が一切なかったからだ。


イイィィィィィィイイイイイイイイミイイィヲオオオォォォオオオカァァエエエェェェセエエェェエエエエエエ


 それが自分の頭に向かって手を伸ばしている…しかし、マルコは何もできないし行動する余地などなかった。

あまりに現実離れしたそれを前にして一切の思考をそれの理解に向けていたからだ。


「…危ない!!」


 何者かが、マルコと真っ白なそれを突き離した…蓮だ。


「うぁ!…神賀戸くん!?」


 蓮はいつの間にか装着していた手袋を真っ白なそれの額らしき部分に押し当て、何かの呪文を唱える。


「魔術師レイライン エドワード ウェイトの名において、仮初の意味を『(ブランク)』に与える!」


 瞬間、鞭のような打撃音が響き蓮の手袋と真っ白なものの間から閃光が迸った。

すると、真っ白なそれが徐々に輪郭と色を帯びていき…商店街に住む一人の男性へと姿を変えた。


「お肉屋さんのおじさん…!」


 慌ててゆすり起こそうとするが、蓮に押し留められる。


「やめておいてくれないか…この事を思い出したらまたブランクに戻ってしまうから。」


「神賀戸くん…これって一体…」


 蓮は苦虫をかみつぶすような顔をして、白状するように述べる。


「他の人には秘密にしておいてほしい…僕はこの、意味を奪われたモノ(ブランク)達を助けるためだけに来た…魔術師だ」


「魔術師……ぁ……」


 そう言って眼鏡を外した蓮の眼を見て、マルコは返そうとした質問の言葉を失った。

眼鏡をとった彼の瞳が、宝石のように蒼かったからだ。

しかし、その間も長くは続かなかった。

 もう一人、蓮の真後ろに切りぬきのような白いモノが現れる。

ブランクと呼ばれたそれの存在感があまりにも希薄だったため気付かなかったのだ。

ブランクはものすごい握力で蓮の肩をつかみ、片手で持ち上げる。


「がっ…ぁ、ぐ!?」


「神賀戸くんっ!」


 右肩のみを万力のように掴みあげられ、蓮は苦悶の声を上げる。

ブランクはもう片方の手を蓮の頭に向け、無音ともとれる雄たけびを上げる。

 やがて蓮自身から英語のような文字が次々と剥がれ落ちブランクの手に吸収されていく、蓮自身の色もブランクのように希薄になっていく…。


「うわぁぁぁぁっ…!」


「神賀戸くんっ…!」


 マルコは思い切ってブランクに体当たりをしてその体をよろめかせる。

 ブォンと投げ離された蓮は地面に転げ落ちて、辛うじて輪郭と色を残している状態で苦しげに唸る。

目標を投げ捨ててしまったブランクは、代わりと言わんばかりにゆっくりとマルコに手を伸ばす。


「っ!…や、いやぁ!」


 胸ぐらをつかみあげられマルコは足をじたばたと暴れさせ抵抗するが、ブランクの腕力は万力のようでまるで抵抗にならない。

 そして、蓮から奪った文字の浮かぶ手をゆっくりとマルコの頭に近付けて行く。

マルコは生理的な嫌悪感と、凍るような悪寒に顔を青く染める。


「やだっ…誰か、助けて…っ!!」



「祈れ、預言の権能に記された10番の虹色球たる王権によって、奇跡(まほう)は須く信じる心と循環する力によって顕現せり

故に片割れにして最後の剣サンダルフォン、ここに降りて汝に祈る者を守護する事を誓いたまえ」



 子供をあやすような、優しい女性の声とともに霧のような光がブランクとマルコを包んだ。

 ザキュッ

と、肉を切るような音がしたかと思えば、マルコを掴み上げるブランクの腕が見る見るうちに私服を着た人間のそれに代わり

 ブランクはその場でマルコを離し苦痛の悲鳴を上げながらその腕を押さえる。


「あぅっ…けほっ、けほ…」


「早く!そこを離れるんだ!」


 突然離されてむせるマルコをせかすように、声がマルコを導く。

 マルコは言われるがままにその場から距離を置く。


「誰…?助けてくれたの…?」


「早く、そこの魔術師も助けたいんでしょ?だったら自分の力で助けないと!」


 霧のような光の中から、小さい鳥のようなものが姿を現した。

それは、純白のトカゲのような…ミニチュアの恐竜のような躯に鳥のような羽を持つ不思議な生き物だった。


「…ドラ…ゴン?」


「ちがう、私は天使だよ!ほら、この腕輪をつけて!」


 天使と名乗るその幻獣は、足に引っ掛けておいた腕輪をマルコに渡す。


「これは…?」


「それは物質界を操る『王国』の力、10番のセフィラの象徴の『円環のドラウプニル』。君はこれを持つべき魔法使いに選ばれたんだ」


 円環のドラウプニルと呼ばれたそれは、黄金の輝きを放ちながら装備者を待つようにカチャリと開いた。

 不思議な事に、ドラウプニルの表面に書いてあるものが紋章と文字である事と…その意味が触れた途端に理解できた。


「そして唱えるんだ、ブランクを生み出した魔術を超える…本物の魔法(きせき)の言葉を!」


 全く状況の呑みこめない状況の中で、マルコは蓮の姿を見る。

苦悶の表情で地面に倒れ伏し、それ以前でも孤独であり続けたであろう少年は今、希薄になった存在をこの世界に押しとどめようと腕を握りしめている。

そして肉屋のおじさん…何故あの怪物になっていたのかはわからない、だけど彼が怪物になる必要はなかったはずだと理解する事は出来た。

その為に蓮は孤独であろうとし、威嚇として太一にあんな事をしたのだ…

それを理解したとき、マルコはブランクに向き直り不完全に人間に戻り苦しむ姿を憐れに、決心する。


「…助けたい…この人たちを助ける奇跡(まほう)の力が欲しい!」


 ガチン!と、マルコは右腕にドラウプニルをはめる、そしてその表面に記された文字を読み上げる。



「王の財宝よ、流れる円環の渦よ、再顕現せし『王国(マルクト)』の魔法を示せ。私は『王国』の魔法使い!

フェオ・ユル・ウル・アンスール!!」



 その呪文に反応し、円環のドラウプニルが光り輝きマルコの姿を包む。

幻を映し出すようにドラウプニルからまったく同型の黄金の腕輪が生まれ、輪ゴムのように伸びて黄金の円環となってマルコの周囲を廻る。

 マルコは荒れ狂う魔力の奔流に流されるように瞳を閉じて身を任せる。

そしてマルコの身に着けていた服が総て消え、新たにオリーブ色の服と革の鎧のような装甲に身を包まれる。

そして髪の色は小豆色からレモン色へ、そして玉座に座る若い女性のような人形が入った水晶の首飾りが首にかかりその表面に『10』という数字が光る。

 やがてドラウプニルの光も、天使の発した霧の光も消え、『王国の魔法使い』へと変身したマルコがその姿を現した。

挿絵(By みてみん)


「…わぁ。」


 変身を終え、目を開けたマルコは感心したように自分の姿を見る。

髪のひと房を摘み、それがレモン色になっていることも確認する。


「…髪染めちゃった……きゃ!」


 明らかにずれた事を気にしていたマルコだが、痛みを訴えるように突進してきたブランクをとっさに避ける。

身体能力も上がっている事もわかった…しかし…


「ど、どうやって助ければいいんだろう?」


「あぁもう、流れるものをイメージするの!

ブランクは魔力の源である『意味(ルーン)』を奪われたモノ、だからその魔力を自然と循環させれば元に戻す事が出来る!」


 天使がすかさずフォローを入れる。


「あ、ありがとう…ドラウプニル…巡って!!」


 マルコがブランクに右手を掲げて念じると

ドラウプニルから再び腕輪を拡大したようなリングが生まれブランクの周囲を飛び回る。

そしてガチン!という音とともにブランクを中心として固定すると、黄金の光でブランクを包んだ。


「が…ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ブランクが苦悶の声を上げるのを合図とするように、天使の体が変化して黄金の剣と化す。


「これで最後、魔術師の術から切り離す!その為の片割れにして最後の剣サンダルフォンよ!」


言われるままに剣の塚を握り、マルコはブランクに向かって走り出す。


「ごめんね、今解放してあげるから!」


 そう言ってマルコは、輪郭を得かけているブランクに黄金の剣を振りかぶり

勢いよく切り払った!!


「やああぁっ!!」


「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 断末魔のような悲鳴を上げ、ブランクの体から無数のルーン文字が爆散する。

飛び散った文字たちは、吸いこまれるようにお肉屋さんのおじさんと蓮の体に吸い込まれていく…

 そしておじさんは顔の色に生気が、蓮は輪郭と色がはっきりとしたものになっていく。


「終わった…修正、完了。」


 マルコがそう唱えると、瞬時に服装が元に戻り、ドラウプニルは細くなって金色のブレスレットになる。


「はぁ…はぁ……はぅ…」


 緊張の糸が切れたのか、元の小豆色の髪に戻ったマルコはそのまま後ろ向きに倒れようとする。


「おっ…と、ね♪」


 それを受け止めたのは箒を持った女性、明だった。


「また派手にデビューしたものねぇ、さって…この子たちが起きたらまずは何から説明するべきか、ね」


 そう言うと明はマルコと蓮を両肩に担ぎ運んで行く。

明は愛おしそうにマルコ御寝顔を見て、祝福の言葉を贈る。


「ようこそリンゴと腐臭の少女…魔と神が織りなすキセキとマホウの世界へ…」




 こうしてマルコは、突然にも非日常の世界へと足を踏み入れてしまう。


その先にあるのは魔法の(カルマ)か、奇跡の(ワザ)か…




それを知る者は、今のところ誰もいない



私さえも・・・

魔法少女小説、始めました。

彩化しの蜘糸商会とは世界観、舞台設定を地味に共有しつつ話を進めて行きたいと思ってます。

もちろんその元になったパラレルワールドともなのですが

こっちはほぼ完全に関わりないパラレルワールドなのでファンフィクションからは除外しております。

いつかセクメトたんみたいな別の魔法少女モノとクロスオーバーしてみたい

とりあえずそこら辺を目指してゆっくり書いていくつもりです、ハイ。

これからどうぞよろしく…ね♪

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