勲章を求めて(2/2)
「いた、そこにいた!」
二人がリビングへ入ると、カウンターキッチンの影からビーストが現われました。モヤから飛び出している牛の角を見たツグミは、思わず先ほどのナゾナゾの答えを叫びます。
「あなたには、馬の仲間がいるの!?」
途端に、モヤの中から馬の足が出現しました。予想もしていなかったことに、ツグミは驚きます。
(モヤから牛の角と馬の足が生えてる……? どういうことなの……?)
「姫、行ってください! わたしがビーストを引きつけますから!」
何が起きているのか分からないツグミでしたが、今はビーズを取ってくる方が大事だと思い直しました。
剣を片手にビーストに向かっていくテディに背を向け、ツグミはテレビ台に向かってリビングを駆け足で横切ります。
「……っ!」
写真立てに取り付けられていたビーズを、ツグミは一生懸命に引っ張ります。けれど、しっかりと接着剤でつけられているため中々外れません。
後ろからは、ビーストが「邪魔をするな、サー・テディ!」と怒鳴る声が聞こえてきます。
相手からの激しい攻撃に、テディは立っているのがやっとのようでした。
(急がないと……!)
ツグミはテーブルの上に置いてあったペン立ての中から、ハサミを取り出しました。その刃の先をビーズの裏側に入れて、ぐっと力を込めます。
すると、パリパリと音がして接着剤が剥がれ始めました。ツグミがさらに力を入れると、写真立てからポロリとビーズがこぼれ落ちます。
「取れた!」
ツグミは指先でそれをつまみ上げ、天井に向けて掲げました。
「テディ!」
ツグミの呼びかけに、テディはビーストの攻撃を宙返りで避け、こちらへ走ってきました。ツグミはポーチから接着剤を取り出し、ビーズの裏側に塗ります。
「そ、それはまさか……!」
ツグミたちが何をしようとしているのか気付いたビーストが、うろたえた声を出しました。阻止するため、テディに飛びかかります。
それを何とかかわしながら、テディはツグミの前に跪きました。ツグミは焦りつつも、できるだけ重々しく「サー・テディ。あなたに勲章を授けます」と言います。
そして、テディの軍服の上から左胸に赤いハート型のビーズをくっつけてあげました。
「何てことをっ!」
ビーストから悲鳴のような声が上がります。
「許さん、サー・テディ! 貴様は一体どこまで……!」
「ビースト、覚悟しろ!」
テディはビーストに向けて剣を片手に突っ込んでいきます。
ビーストは黒いモヤの中から何本も触手を伸ばし、テディを攻撃しました。
けれど、テディはそれを軽く受け流します。先ほどまでとはまるで違う鮮やかな動き。完全体となったテディはとても強く、ツグミは自分のナイトの勇ましさに惚れ惚れしてしまいました。
「おのれ、おのれぇ!」
ビーストは恨めしそうな声を出します。
「何故こんなことにぃ……!」
「これでどうだ!」
初めから終わりまでビーストを圧倒し続けたテディは、その黒いモヤを切り裂くように剣を振り下ろしました。
「ああ、あああ……!」
ビーストの体が段々と薄くなっていきます。
「ど……して……。ひ、め……。あなたの……は……ワタ……シ……な、のに……」
(……えっ?)
ツグミは目を見開きましたが、その頃にはビーストはすでに消えています。
「姫、やりましたよ!」
テディが誇らしそうにツグミの手を取りました。
「姫からいただいた勲章のおかげです!」
「……そうだね」
ツグミは笑ってみせましたが、その笑顔は引きつっていました。
(ビースト……私のこと、『姫』って呼んだ……?)
テディがツグミを「姫」と呼ぶのは、彼の主人がツグミだからです。けれど、ビーストはツグミにとっては敵であるはずなのに、どうしてそんな言い方をしたのでしょう。
何だかよく分からない不安におそわれます。それを誤魔化したくて、ツグミは辺りを見回しました。