ビーストの正体を探れ(2/2)
「姫、下がってください!」
ビーストの触手がテディの頭をかすめます。ひやりとしたツグミは、彼の言うとおりに壁際に避難しながら大声で叫びました。
「テディ、負けないで! あなたは私のナイトなんだもん! だったら、ビーストだってやっつけられるはずだよ!」
「ビー……スト……?」
しかし、ツグミの声援に反応したのはテディではありませんでした。ビーストが攻撃をやめ、上ずった声を出します。
「ビースト? ビースト? それがワタシの名前? ワタシは……ビースト?」
ビーストは目の前に敵がいることも忘れてしまったように、モヤを伸び縮みさせながら宙を跳ねます。まるでゴムボールが弾むようなその光景を、ツグミは呆気にとられて見つめました。
(喜んでる……?)
だとすれば、その理由は? 「ビースト」という名前は、あの怪物にとっては特別なものなのでしょうか?
「ああ、ビースト。ワタシはビースト……」
ビーストは歌うように囁いて、天井の近くでふと動きを止めます。
「これでもうワタシは負けない! ワタシはビースト。ビーストだ!」
高らかに宣言し、ビーストが目にも留まらぬ速さで触手の雨を降らせます。その攻撃は床板を砕き、壁に穴を開けました。
(つ、強い……)
いきなりビーストが力をつけた理由が分からず、ツグミは困惑します。その視界を白い綿が横切りました。見れば、ビーストの触手に腕を裂かれたテディが床に膝をついています。
「テディ!」
ツグミはまっ青になり、近くに転がっていた床板の破片をビーストに投げつけました。突然の反撃にビーストがひるんで一瞬攻撃がやみます。
その隙に、ツグミはテディを抱きかかえて階段を駆け下りました。後ろからビーストが追いかけてくる気配がするのに気付き、急いで近くにあった一室へと飛び込んで扉を閉めます。
「テディ、しっかりして! 今直してあげるからね!」
ビーストに聞かれないように声を落としながら、ツグミはポーチの中からソーイングセットを取り出します。青い顔でぐったりとするテディを壁にもたれかけさせて針に糸を通し、破れた腕を縫ってあげました。
「……ありがとうございます」
破れ目が見えなくなった腕を見ながらテディがお礼を言いました。
「申し訳ありません。わたしが頼りないばかりに……」
「いいの。謝らないで」
ツグミは軽く首を振ります。
「だって……ビースト、何か変だったもん。急に強くなったように見えた。気のせいかな?」
「いいえ。わたしも同じことを考えていました」
どうやらテディも敵がいきなり強力になったことに戸惑っているようです。その時、陽気な声が響きました。
「アハ、アハハハ~。テディ卿たちがいるよ~」
「かくれんぼかな~」
「ボクたちも混ぜて~」
ビーストの手下たちです。高い声を出しながら辺りを漂う彼らを見て、ツグミは唇に手を当てました。
「静かにしてよ!」
けれど、手下たちはまるで反省する様子がありません。
「怒られた~」
「かくれんぼは嫌なのかな~?」
「じゃあ、もう一回ナゾナゾだね~」
「でも、やっぱりかくれんぼもした~い」
モヤでできた手下たちの体の形が変わって、文字をかたどります。
『尺』
『敬』
『奇』
『区』
「隠れているのは、なーんだ?」
手下たちは消えていきます。ツグミは眉をひそめました。
「何でまたナゾナゾなの? もしかして……これもビーストの正体に関係してるのかな?」
「そうかもしれませんね。一度目のナゾナゾでは、ビーストの体の一部しか見えませんでしたから」
ならば、この問題にも挑戦する方がいいのでしょう。ツグミはメモしておいた「尺」「敬」「奇」「区」という漢字を見つめます。
「最初のナゾナゾでは、三つに共通しているものを見つけてくるんだったよね」
ツグミはペン先でトントンとメモ帳を叩きます。
「手下たちは『かくれんぼ』って言ってたし……。ここから何かを見つけるってことかな?」
ツグミとテディはメモの余白に色々と書き込みながら必死で答えを探します。すると、あることに気付きました。
「ねえ……分かっちゃったよ、テディ。答えは『馬』じゃない?」
「馬?」
テディはペンを動かしていた手を止めます。
「ほら、この漢字たちに『馬』ってつけるの。そうしたら『尺』は『駅』だし、『敬』は『驚』でしょ。私、国語は得意だから難しい漢字もたくさん知ってるんだよ! で、『奇』は『騎』。『騎士』の『騎』だよ! それで『区』は……」
「『駆』ですね」
テディがツグミの代わりに答えます。
「よく正解にたどり着けましたね。姫はとても頭のいい方です。それにしても、『牛』の次は『馬』ですか……」
テディは腕組みします。
「一問目とは全く違う生き物になりましたね。ビーストは一体どういう存在なのでしょう?」
「まさか……敵は一人じゃない、とか?」
ツグミは難しい顔になります。