その名も「ビースト」(1/1)
「あなた……サー・テディなんだよね?」
部屋の中へ転がり込むと、ツグミは真っ先に尋ねました。外の様子をうかがうようにドアの前に陣取っていたテディは、「はい」と頷きます。
「主人であるツグミ姫の危機にはせ参じました。姫のことはわたしが命に替えてもお守りしますので、どうぞご安心ください」
テディはうやうやしく礼をして、ツグミの手の甲にキスしました。
「サー・テディ……。あなたはやっぱり私のナイトね」
剣で可憐に戦う姿も、自分を「姫」と呼んで仕えてくれるところも、何もかもツグミの理想通りです。ツグミは満足しながら「素敵!」と言ってテディに抱きつきました。
「それにしても、あれは一体何だったの?」
床に座ったツグミは、膝の上にテディを乗せて尋ねます。テディは「分かりません」と答えました。
「けれど、あれは姫を狙っているように見えました」
「そうだよね。『一緒に来て』とか言ってたし……」
もし捕まってしまったら、何をされるのでしょう。食べられたりするのでしょうか。
あのモヤがぱっくりと割れて大きな口が現われ、それに自分が丸呑みにされてしまう光景を想像したツグミは怖くなりました。
「姫、この部屋も完璧に安全とは言い切れません。いつまたあの怪物が来るか分かりませんから」
「どこかに逃げた方がいいってこと?」
ツグミは部屋の窓を開けようとしました。けれど、びくともしません。外も相変わらず真っ暗です。まるで、内側からは開けられない巨大な箱の中に入れられてしまったかのようでした。
「もしかして家中こんな感じなのかな?」
きちんと確かめたわけではありませんが、ツグミは自分たちがこの家の中に閉じ込められてしまったのだと直感しました。あの怪物の仕業に違いありません。
「テディ、どうしよう……」
「そうですね……」
テディはうーんと考え込みます。
「これはあくまで想像ですが……。こうなったのが怪物のせいなら、やつを倒せば何もかも元通りになるのではないでしょうか?」
「怪物を倒す……」
ツグミはしばらく黙り込みます。そして、少ししてから唇を引き結んで強く頷きました。
「分かった。やろう。私たちであいつを倒すの!」
きっと、一人だったらあんなに怖い化け物と戦おうだなんて考えもしなかったでしょう。
けれど、今のツグミにはテディがいるのです。自分だけのナイト。彼がいれば、相手が何であろうと負けるはずがないとツグミは確信していました。
「では、まず敵の情報を集めましょうか」
ツグミの決意をテディはしっかりと受け止めます。背中で手を組みながら、部屋の中をウロウロと歩き回りました。
「怪物の弱点が何か分かるかもしれません。そのためには……」
「ねえ、テディ」
ブツブツと呟くテディの話を、ツグミは遮ります。
「あいつに名前、つけようよ。だって、『怪物』とか『化け物』だなんて、すごく怖そうだし。……『ビースト』なんてどうかな?」
「ビースト、ですか。……そうですね。そうしましょう」
「よし、じゃあ改めて私たちのすることの確認ね。ビーストを倒すためにあいつのことを調べる! ……以上!」
ツグミはクローゼットから小物入れだの何だのを取り出し、それをウエストポーチの中に詰め込みます。
「準備完了だよ! いざ出発!」
「姫! 勇ましいのは結構ですが、どうかわたしから離れないで……!」
ポーチを装備して意気揚々とドアを開け放つツグミの後ろから、テディが慌ててついてきます。
ツグミは「ごめんごめん」と謝りながらも、部屋の外に広がっていた光景に目を奪われていました。
外の様子は、少し前までと大きく変わっていました。天井は雨漏りでもしているように屋外の闇と同じ色に染まり、柱時計や廊下の一部が、ぐにゃりとねじ曲がっていたのです。
それだけではなく、宙には黒いモヤがいくつか漂っています。ビーストとそっくりですが、もっと小さくてあまり怖くはありません。
そのモヤたちはツグミを見るなり、「騎士さまがご主人と一緒に来たよ~」と、のんびりした声を出しました。
「私たちのこと知ってる……。ビーストの手下かな?」
「ならばちょうどいいですね」
テディはツグミを後ろ手に庇いつつも、一歩前に出て手下たちに話しかけます。




