真っ暗なお城の中で(3/3)
「ビースト……。私、お水が飲みたいの」
ある作戦を立てたツグミは、小さな声で言いました。
「のど、乾いちゃったから」
嘘ではありません。考えていることが見破られないかと緊張してしまい、ツグミののどはカラカラだったのです。
「お任せください、姫!」
ビーストは声を弾ませます。どうやらツグミが何かを企んでいることには気付いておらず、やっとナイトとして役に立てると喜んでいるようでした。
「すぐにお持ちします!」
ビーストの体がすうっと消えていきます。どこかへ水を取りに行ったのでしょう。
その姿が完全に見えなくなると、ツグミは急いでゴミ箱に駆け寄りました。
「テディ……」
ゴミに囲まれて動かなくなったテディを見て、ツグミは泣きそうになりました。けれど、悲しんでいる暇はありません。
ツグミはゴミ山からテディを救出し、その体の汚れを手で払ってあげました。そしてテディをゴミ箱の後ろに隠すと、彼が持っていた剣を手に取ります。
ちょうどその時、背後からビーストが帰ってくる気配がしました。
「姫、ただいま戻りました」
機嫌良くビーストが挨拶をします。ツグミは剣を構えて振り向きました。
ビュン、と刃が空を切る音がします。続いて響くボフッという音。ツグミの放った一撃で、ビーストの羽毛で覆われた胴体から牛の頭が落ちたのです。
首がなくなったビーストは、その場に崩れ落ちました。ツグミはハアハアと肩で息をしながら座り込みます。手も足も震えて仕方がありませんでした。
(よかった……。上手くいった……)
ツグミは震えを止めようと、両手をこすり合わせました。
(ビーストがいなくなれば、きっと私はここから……)
「姫……何故このようなことを?」
聞こえてきた声に、ツグミは頭が真っ白になります。
ビーストが重たい仕草で身を起こし、再び立ち上がろうとしていました。
「何で……?」
「ワタシはこのようなことではやられませんよ」
ビーストは自信満々に言います。主人であるツグミに傷付けられたというのに、少しも怒っている様子はありませんでした。
「姫のお陰です。姫がワタシに心臓を与えてくださった! それがなくならない限り、ワタシは滅びることはありません!」
「心臓? それって勲章のこと……?」
何が何だか分からず、ツグミは座り込んだ状態で、剣を抱えたまま後ずさりします。
「わ、私、そんなものをあげた覚えは……」
「ないでしょうね。あるわけがありません」
ツグミにジリジリと迫りながら、ビーストは熱っぽい声を出します。まるで、大切な想い出を語っているかのようでした。
「けれど、勲章は姫の手からワタシに与えられた。そのことは変えようのない事実なのです」
ビーストは器用に馬の足を使って、羽で覆われた胸を裂きました。その傷口を大きく左右に広げます。
そこに赤いハート型のビーズ……勲章が埋め込まれているのを見て、ツグミは息を呑みました。
「少し前、姫はクローゼットに置いてあったビーズ入れの整理をしましたね? その時に、これがワタシの上に落ちてきたのです! こんな偶然は他にありません! 愛が起こした奇跡ですよ!」
(そんなの、私があげたことにならないじゃない……!)
ツグミは心の中でそう反論しました。
けれど、声には出しません。
ここで言い訳をしたって、どうにもならないとツグミには分かっていたのです。
(どんな方法でビーストに命が吹き込まれたかは問題じゃない……)
ツグミは脱力しかけている体に無理やり力を入れました。
(ビーストには勲章が……心臓がある。あれがビーストの弱点。だったら、私がするべきことは……)
ツグミはテディの剣を強く握りしめると、ビーストの懐へ飛び込みました。
その切っ先が、ビーストの真っ赤な勲章に深々と突き刺さります。
「姫……?」
身動きもできず、ビーストは掠れた声を出しました。
「な、何故……。ワタシは……あなたの……あなただけのナイト、なのに……」
「……これが私の役目だからだよ。私には責任があるの。あなたを倒す責任が。最後まであなたの面倒を見る責任が……」
ツグミは剣を力一杯押し込みました。パキリと音がして、ビーズが二つに割れます。
ビーストは動かなくなり、霧が晴れるように辺りの闇が薄れていきました。
すっかり視界が開ける頃には、ツグミは家のリビングに戻ってきていました。黒くなっていた天井はいつもの色になり、家具ももう曲がっていません。窓の外には、太陽の光に照らされた庭が広がっていました。
ツグミの足元には四体のぬいぐるみが転がっています。胸から綿が飛び出したテディベア、胴体だけのフクロウ、首がもげた牛、大きな足が目立つ馬。ツグミはそれらを拾い上げ、胸元に抱きかかえました。
「皆、ごめんね……」
その声に答える者は誰もいませんでした。