私のナイトはテディベア(1/1)
「ママ、私、頭が痛いの」
ツグミは頭を押さえながら、キッチンにいたママに話しかけました。
「あら、本当?」
ママは食器を棚に戻す手を止め、リビングに置いてある救急箱から体温計を取り出します。
「うーん……熱はないわね」
ピピッと鳴った体温計の液晶画面を見ながら、ママが呟きました。
「でもね、本当に痛いの。だから、今日は学校行けないと思う……」
ママが眉をひそめるのを見て、ツグミは急いで付け足します。そんなツグミを、ママはちょっと目を細めて見つめました。
「それはいけないわね。病院へ行かないと」
「そ、そんなにひどくないよ。寝てれば治ると思うから」
「……そう。まあいいわ」
ママは学校へ電話をかけ、今日はツグミが欠席することを先生に伝えてくれました。ツグミはほっとしながら、玄関へ向かうママに手を振ります。
「行ってらっしゃい。お仕事、頑張ってね」
「明日はちゃんと学校へ行くのよ? それがあなたのするべきことなんだからね」
ドアが閉まり、ママの車のエンジン音が遠ざかっていきます。ツグミはしおしおとした表情をやめ、顔を輝かせました。
「やったぁ! 今日は自由だ!」
ツグミは足取りも軽やかに二階にある自分の部屋へと向かいます。実は、頭が痛いなんていうのは真っ赤な嘘だったのです。
(早速ぬいぐるみ作りを始めないと!)
手先が器用なツグミは、ぬいぐるみ作りに夢中になっていました。今はテディベアを作成中です。
しかも、それはただのクマのぬいぐるみではありませんでした。
(待っててね、私のナイト!)
ツグミは少し前にある本を読みました。悪者にさらわれたお姫様を颯爽と助ける騎士の物語です。
それ以来、ツグミは「ナイト」に憧れを抱くようになりました。そして、自分にも素敵な騎士がいてくれたらいいのに、と思うようになったのです。
ツグミはその願いを、ぬいぐるみ作りによって叶えようとしました。つまり、ツグミが今作っているのはクマのナイトです。その名も「サー・テディ」。「私だけのクマのナイト」という意味です。
(理想のナイトを作るために、今まですごく苦労したんだもん! 失敗作だってたくさん作ってきたし……。でも、そのお陰でやっと最高のナイトが完成するんだ! 早く最後の仕上げもしたいし、学校なんか行ってられない!)
ツグミがウキウキしながらリビングを抜けて自分の部屋に続く階段へ向かっていると、不意に辺りが暗くなります。
と言っても電気が消えたわけではなく、外が夜のように暗くなったのです。不思議に思い、ツグミは窓に近づきました。
けれど、そこには闇が広がるだけで、ガラス越しに外の景色を見ることはできません。それだけではなく、窓も開かなくなっています。しかし、カギは閉まっていないようでした。
「いっ……しょ……」
声がしてツグミは飛び上がりました。思わず後ろを振り返ります。そして、悲鳴を上げそうになりました。
そこにいたのは、黒いモヤに包まれた大きな「何か」でした。「何か」はツグミの背よりもずっと大きくて、モヤからは植物のツタのような触手が何本も伸びています。
「一緒に……来……」
触手がツグミに向かって迫ってきます。だというのに、恐怖のあまり固まっていたツグミは何もできません。
「ツグミ姫!」
そのまま黒いモヤに取り込まれかけたツグミですが、勇ましい声にハッとなります。誰かがツグミとモヤの間に割って入り、その触手をスパスパと切り裂きました。
「きゃっ……」
意外な展開に驚いたツグミは、足がふらついて尻もちをつきそうになりました。すると、フワフワの腕が伸びてきて、ツグミの体を力強く支えてくれます。
「お怪我はありませんか、姫」
「あ、なた……」
ツグミは助けてくれた相手をまじまじと見つめます。
金の糸の刺繍が入っている軍服、長い紫のマント、手にした剣、ツグミの腰にも届かないくらいの身長、柔らかな毛に包まれた抱き心地のいい体……。
そこにいたのは、ツグミが作っていたクマのナイト「サー・テディ」だったのです。
「おのれ!」
黒いモヤが怒り狂った声を出しました。触手を伸ばし、テディを攻撃します。
テディは剣を片手に、踊るような身のこなしでそれを避けます。その可憐な動きに、ツグミは見惚れました。
(すごい……。テディは本当にナイトなんだ……!)
さっき自分が狙われたばかりだというのに、ツグミの気持ちは高ぶっていきます。敵の触手を断ち切りながらテディが言いました。
「姫、一旦どこかへ身を隠しましょう」
「じゃあ私の部屋へ!」
ツグミが叫ぶなり、テディは地面を蹴って宙を舞いました。そして、黒いモヤの中心に剣を突き入れます。
「ギャアアッ!」
敵がモヤを伸び縮みさせ、のたうち回ります。テディに手を取られたツグミはその脇をすり抜け、二階へ続く階段を一目散に駆け上がりました。