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08話 平民になろう

 全快したライルは翌週に家を出された。その6日後となる今日、ティリアも家を出される予定だ。着の身着のままで放り出されたりもせず、ライルが護衛に付く事もフローレンス公爵から認められた。


 貴族令嬢をその身一つで平民落ちさせるのは外聞が悪い。その為フローレンス公爵は、一定期間だけティリアに護衛を付けるつもりでいた。情けというよりは世間体を気にしてのものだったが。


 よってライルが護衛として名乗り出たのは、むしろフローレンス公爵の望むところだ。ティリアが何らかの事件に巻き込まれようと、それはライルという平民の落ち度として扱われる。


「ごきげんようライル」

「おはようございます。ティリア様」


 公爵邸のドアが開き、中からティリアが現れた。その表情は晴れやかだ。


「準備は御済みですか?」

「ええ。市井の習慣や話し言葉も勉強したのよ」

「それは素晴らしいですね」

「ふふっ。私が元貴族令嬢だなんて、きっと誰にも気付かれないわね」


(溢れる気品が隠せていませんが?)


 と内心思っても、ライルは口に出すような無粋な真似はしない。


「この服、とても歩きやすいのよ」


 今のティリアは水色のワンピース姿だ。ライルは騎士の鎧ではなく、茶色の革鎧を着込んで外套を羽織っている。服装だけを見れば、2人は貴族の装いではなくなっていた。


「では、こちらになります」


 ティリアの荷物を運んできた若い執事は、トランクを1つ差し出した。


「ありがとうございます。お預かりします」

「ライル。私が持つわ」

「いえ。お気になさらず」


 ライルはティリアを遮って荷物を受け取った。大きなトランクが1つだけだったが、ティリアの細腕では運ぶのに難儀するだろう。


「失礼ですが、ティリア様のお見送りは貴方だけですか?」

「そうですが、それが何か?」


 執事は「さっさと行け」と言わんばかりの態度だ。ライルは「何でもありません」と言って、軽く頭を下げた。


「行きましょうティリア様」

「ええ」


 踵を返してフローレンス公爵邸を出た。


(家族も専属侍女も見送りに来ない……か)


 ライルがグローツ子爵家を出た時は、邸の使用人達が涙を流して別れを惜しんでくれた。それだけに今のこの状況は、ティリアがいかに不遇だったのかを物語る。


(どれだけ立派な家格であろうと、ここはティリア様がいるべき場所ではない)


 そんな事を考えながら歩いていた。


「ライル」

「はい。何でしょう?」


 ティリアはクルリと回ってみせる。


「どう? 街の娘さんに見える?」


(まったく見えません)


 美人は何を着ようとも美人だ。そして所作や仕草も洗練されていて美しい。どこからどう見ても、高貴で可憐な貴族令嬢にしか見えなかった。


「申し訳ありません。所感を述べるのは控えさせていただきます」

「そんなの困るわ。これからは街に溶け込んでいかないといけないのよ?」


(完全に浮いてますから溶け込むなんて無理です)


 嘘を吐けないライルはタジタジとなるが、何度も詰め寄られて最後には「街娘として見られる可能性もあります」というよく分からない表現で、どうにかティリアを納得させたのだった。


「ティリア様。俺は力を失いました。今では下級騎士レベルです」

「知ってるわ」


 ライルは真剣な目でティリアを見る。


「ですので危険を感じたら、ティリア様はとにかく逃げてください。俺の事は捨て置いてもらって構いません」

「無理よ。見捨てるような真似は出来ないもの」


「出来ないでは済まないのです。やってもらわねば困ります」

「私を1人にしてもいいの? 市井は危険が多いと言ったのは貴方なのよ?」


「しかし俺は弱くなりましたし、万が一ティリア様を失う事にでもなれば、俺の方が耐えられません」


「あのねライル。弱くなったというなら、それは裏を返せば、強くなれる可能性もあるという事じゃない?」


 ティリアはライルの目を見つめる。


「私も魔力を失ったけど、諦めるつもりはないわ。だって未来は分からないもの」


 ティリアが「そうでしょう?」と言って柔らかい表情を見せると、ライルの表情も柔らかくなる。


「不思議ですね。ティリア様がそう仰るのなら、また強くなれるような気がしてきます」


 ライルは仕えるべき主に恵まれた事を感謝する。

 こうして、2人の進む道が決まった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 次回からも平和でありますように祈りながら読みますね。 [一言] 頑張れ!
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