73話 決戦に向けて
王宮医師と侍女にティリアを任せ、ライルは別室で魔女達との話し合いを行っている。
「――というのが、ティリア様の現状です」
「そっか。大変な事になったのね」
シーダ姫の転送魔法で召喚されたのは、時渡りの魔女アリサだ。腰まである長い黒髪を耳に掛け、テーブル上に置かれた紅茶を飲んでいる。
「アリサ。其方も存じておるだろうが、魔女の領分を超えての肩入れは許されんからな」
「分かってますよ先輩。私だって魔女歴長いんですから」
釘をさしているシーダ姫はアリサの上役だ。立場上、魔女達の教育を一手に任されている。
「本当に分かっておるのか? 余計な事をして事態をかき乱すのは、其方の性分だからなぁ」
「しませんってば。まぁ、ちょーっとは手助けしちゃうかもしれませんけどぉ」
「……あのなぁ」
「大丈夫ですって。グレーゾーンで勝負しますから。『黒』だと断定されるようなヘマはしませんよ」
呑気なアリサを見ながらシーダ姫は呆れている。だが気楽なアリサの態度に、ライルは多少なりとも心が救われた気がした。ライルから見る限り、アリサは今回の件に協力的だからだ。
「で、私は何を手伝えばいいんですか? まともな方法だと間に合わないのは分かりますけど」
「ふむ。やる事は至ってシンプルだ」
シーダ姫は目線をライルに向ける。
「俺が全ての瘴気を消滅させますから、シーダ姫殿下とアリサさんは、そのサポートをお願いします」
「全ての瘴気を消滅させる?」
アリサは唸る。
「間に合うの? 残り10日なんでしょ?」
「間に合わせます。たとえ俺の命に代えてでも、絶対にティリア様を救うつもりですから」
するとシーダ姫がライルを睨む。
「滅多な事を言うな。其方が死んでしまえば、ティリアは不幸な女として一生過ごす事になるぞ」
悲嘆に暮れるティリア姿が容易に想像出来てしまう。
「どのような結果になろうとも、其方は必ず生きねばならん。それを努々忘れるな」
「……はい」
シーダ姫はアリサに向き直り、前方に手をかざした。
「ではアリサ。これを見てくれ」
テーブル上に半透明の球体が現れる。立体ホログラムの世界地図だ。
「様々な条件を鑑みて話し合ったのだが、ここへ魔物共を集めて、決戦の地にしようと考えておる」
「島……ですか?」
「うむ」
立体ホログラム上の一点が点滅している。そこは大陸の北東に位置している巨大な島だった。
「不毛とも言える地で人も少ないからな。島民達をこの城に匿い、事が終われば金を握らせて帰島させればよかろう」
「この世界の人や魔物に対して強制転移魔法を使うんですか? それ、魔女の規約に触れますよね?」
「其方がそう思うのであれば、そうなのだろうな。わたしには規約に触れるようには見えんが?」
アリサは大袈裟に腕を振る。
「いやいや、かなりヤバイですって!」
「心配するな。グレーゾーンだ。それに、バレなければ良いと言ったのは其方だろう?」
シーダ姫は不敵に笑った。
「うわぁ。黒い笑みですね。そんなに肩入れしたくなる程、ティリアちゃんの事が気に入ったんですか?」
「まあな。それに、どうせなら二人には幸せになってもらった方が良いだろう? そう思わないか?」
アリサは驚いて右手を口に当てた。
「先輩がそんな事言うなんて……今日は隕石が降るかも」
「ははははは。面白い冗談だなアリサ。隕石など降るはずがなかろう」
「ですね。隕石降らせちゃったら規約に触れちゃいますもんね」
「うむ。それは流石に目立ち過ぎるからな」
「あはははは」
とんでもない会話を交わす魔女達の言葉を聞きながら、ライルは効率的な戦闘方法について考察していた。
それからしばらくしてシーダ姫が立ち上がる。
「では、やるか」
「そうですね」
「シーダ姫殿下、アリサさん。どうかよろしくお願いします」
ライルは深々と頭を下げた。
「ティリア様は、ようやく幸せになれるはずだったんです。不幸なまま終わっていいはずがない」
「え? ティリアちゃんは不幸だったの?」
ライルは痛まし気に話し出す。
「フローレンス公爵家に在籍されていた頃から、ティリア様は耐えるばかりの人生だったんです。家族や侍女達から蔑まれ、王太子は面倒事を押し付けてくるばかり。王太子妃教育も苛烈と言える程に厳しいものでした。ティリア様は相当にお辛かったと思います」
ライルは言葉に詰まりつつ呻く。
アリサは「ふーん」と言って、小首を傾げた。
「それでも私には、ティリアちゃんが不幸だったとは思えないけどね」
「そう……でしょうか?」
「こんなに心配してくれるライル君が身近にいたんだし、意外と満更でもなかったんじゃない?」
「満更でもない?」
「そうそう。そもそもこっちの国に来てから、彼女が悲しくて泣いてる姿を見た事ある?」
「……いえ。それはありませんでしたけど」
祖国では極稀にあったが、今ではそんな事はない。
「じゃあやっぱり、ティリアちゃんは幸せだったと思うわ」
アリサはニコリと笑う。そしてその日、シーダ姫とアリサの手によって、島民の一時避難が完了した。




