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07話 貴族令嬢と護衛騎士の別れ?

 試合の翌日。

 室内にノックの音が響く。


「ライル様。入室の許可を頂きたいのですが?」

「ん? 入っていいよ」

「失礼します」


 入ってきた侍女の後ろにはティリアがいた。


「お加減はいかが?」

「ティリア様!? どうして此処に!?」


 突如として現れたティリアに、ライルは慌てふためいている。

 ここはグローツ子爵邸で、ティリアがライルの自室に訪れたのは初めてだったからだ。


「ぐっ!」

「ほら、無理したら駄目よライル。まだ身体が痛むのでしょう?」


 身を起こそうとしていたライルの傍に寄ると、ティリアは手を伸ばして身体を支える。


「お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

「気にしないで。私がやりたくてやっている事だから」

「恐縮です」


 ライルは侍女に頼んでクッションを背中に挟んでもらい、半身を起こした。

 気を利かせた侍女は、扉を開けたままにして部屋の外に控える。


「ティリア様。本当にありがとうございました。護衛の身でありながら……いえ、もう護衛ですらない俺の命を救っていただくなど、本来はあるまじき事ですが」


 頭を下げるライルに「いいのよ」と言って微笑んだ。


「あの、ティリア様」

「何かしら?」

「供の者はどこに?」

「……」


 ティリアがフローレンス公爵邸から出る際は、侍女と護衛が付き従う手筈となっている。だが今は、どちらの姿も見当たらない。


 護衛任務を解かれるまでは、ライルも毎日ティリアに付き従っていた。都合により護衛を交代する日もあったが、ティリアの外出に護衛が付かない日など、ライルが知る限り1日たりとて存在しない。


「ライル。護衛も侍女も、私にはもういないわ」

「いない? 何故ですか?」


「私はフローレンス公爵家の娘ではなく、只のティリアとして生きる事が決まったの。廃籍されて平民になるのよ」

「えっ?」


「蘇生魔法を使って、私の魔力は無くなってしまったの。魔力が少ないだけなら貴族にも嫁げるけれど、魔力が全く無いなら貴族に嫁ぐ事は出来ないもの」


 あまりの衝撃に、ライルはしばらく言葉を発せなかった。


「政略としての価値は、私にはもうないの」


 我に返ったライルは辛そうに顔を歪める。


「俺のせいです。俺が死に掛けたから、こんな事に……。申し訳ありません。何とお詫びすればいいのか」


「違うわライル。私が勝手にやったのよ。だから貴方のせいじゃない。お願いだから謝らないで」


 ライルは拳を握り締めて唇を噛むが、ティリアの顔には一切の後悔が見られなかった。


「私、これで良かったと思ってるの。今まで公爵家の娘として生きてきて、本当に苦しかった。望まない婚約もしたし、辛い事も沢山あった」


 窓の外を見つめながら、ティリアは優しく歌い出す。それは短いフレーズではあるが、どこか楽し気な歌だった。


「泣きそうになった時、貴方と一緒によく歌ったわ」

「何やら恥ずかしいですね。俺はしょっちゅう音を外してましたから」


 二人は小さく笑い合う。


「ライルがいたからよ。貴方がいつも私に寄り添ってくれたから、私は今まで生きてこれたの」

「畏れ多い事です」


 ティリアの唇が小さく震える。


「私達の道は別れてしまうけど、貴方が立派な騎士様になれるように祈ってる」


 ライルは感動に胸を震わせたが、ゆっくりと息を吐いて心を落ち着けていった。


「ティリア様。大変申し上げ難いのですが、俺は立派な騎士にはなれません」

「えっ? どうして?」


「実はこの度、グローツ子爵家から廃籍される事となりました。ですので俺も、ティリア様と同じく平民になります」


 あっけらかんと答えるライルに、ティリアは目を丸くしている。


「俺はグローツ子爵家を出される無能者ですが、ティリア様の護衛として精一杯努めさせていただく所存です。お気に召さない点もあるかと思いますが、どうかこれからもよろしくお願いします」


「ラ、ライルはそれでいいの?」

「それでいいとは?」


 意味が分からず熟考するが、答えは出なかった。


「私に付いて来ても苦労するだけよ?」

「苦労ですか? 申し訳ありませんティリア様。意味が分かりません」


「分からないって……私では貴方のお給金を支払ってあげられないもの。ううん。それだけじゃないわ。市井に不慣れな私といると、貴方はしなくてもいい苦労をするはずよ」


「ああ、そんな事ですか。ティリア様の傍にいるのが、俺の生き甲斐であり喜びです。苦労など全く感じませんので、どうか御心配なさらず」


「そ、そう?」

「はい」


 ティリアは、どこかホッとしたように息を吐いた。


「本当はね、独りで生きていく事に不安を感じていたの」

「市井には危険が多いですからね」


「ライルが来てくれるなら安心だわ」

「光栄です」


 見つめ合う2人の間には、穏やかな空気が流れていた。

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