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68話 グローツ子爵家の異変(3)(ざまぁ回)

 グローツ子爵家の一室。二人の男が向かい合っている。


「旦那様。本日をもちまして、私共使用人一同はお暇をいただきます」

「ああ」


(あれから何もかもが狂った)


 ライルの父であり当主でもあるアガン・グローツは、無感情に老執事を見ている。老執事は邸で働く者達の代表として恭しく礼をした。


 グローツ子爵家が没落する運命を辿ってしまったのは、家名に泥を塗ったライルを殺そうとしたからだ。


 その暴挙により、グローツ子爵家は一切の加護を失った。そして現在、家名に泥を塗るどころか、家名そのものが消滅する寸前となってしまっている。


 碌に鍛錬をしない平凡な男でも王国一の剣士となれる。それ程までに、加護の力は凄まじいものだった。


 しかしそれは、あくまでもライルを守らせる為に用意された力でしかない。守るどころかライルの害悪にしかならないのであれば、加護の力が消滅したのも当然と言える。


「栄華を誇ったグローツ子爵家も終わりか……」

「残念ですが、現状を鑑みるにそのようでございますな」


 加護の力が失われてから、事態を打開しようとアガンは奮闘した。しかし以前とは違って、全てが上手くいかなかった。


 王家の命でアガン自らが魔物の討伐に向かえば、弱体化した剣技が一切通用せず命からがら逃げ帰った。


 結局は辺境の兵士達だけでどうにか魔物を討伐したが、アガンは周囲から白い目で見られる有様だ。


 先日は馴染みの商人から怪しい投資話を持ち掛けられ、激しく目減りしていた資産をどうにか増やそうと、アガンはその話に乗った。


 そして目減りしていた蓄財は、そのほとんどが泡となって消えてしまった。騙されたと知ったのは、商人の店舗内がもぬけの殻だったと報告を受けた先週末だ。


 加護の力さえ失わなければ、辺境に現れた魔物など軽く屠っただろう。以前のような武力があれば、商人はグローツ子爵家からの苛烈な報復を恐れ、金を騙し取ろうとはしなかっただろう。


「旦那様。今までお世話になりました」

「ああ」


 先代当主が存命だった頃からグローツ子爵家に仕えてきた老執事は、一礼して退室していった。


 踵を返したその足取りには迷いがない。「お前には仕える価値も未練もない」と言われているかのようだった。


「くくっ。使用人すら躊躇なく出て行く程に没落してしまったか」


 アガンは笑った。何一つ残らなかった自分の人生が、無意味なものに思えてしまったからだ。


(それも当然かもな)


 出て行ったのは使用人だけではない。アガンの妻でありライルの母親でもある子爵夫人も、その一人だった。


 子爵夫人は、若い男について家を出たのだ。だが金を使い切ってしまえば、じきに男から捨てられて戻ってくるだろう。


 既に40歳を超えて女の盛りは過ぎている。嫁いできた当時は大層な美しさを誇っていたが、今となっては遠い過去の話でしかない。


 嫡男のザイルは、近衛騎士団をクビになってからは酒浸りの毎日。3男4男は、普段の素行の悪さや捨てた女達からの報復で散々な目に遭い、家から出られない状況に陥っている。


 他家に婿入りしていたアガンの兄弟達は、離縁されてグローツ子爵家で穀潰しとなっていた。


(終わりだな)


 今のグローツ子爵家は、掃き溜めにしか思えなかった。


「アガン兄貴!」


 執務室の扉を開けて勢いよく部屋に入って来たのは、婿入先から突き返された弟だ。


「なんだ?」

「使用人共が出て行ってるぞ!」

「そうだな。グローツ子爵家は俺の代で終わりだ。この邸もじきに住めなくなる」


 弟はゴクリと息を呑んでから、言葉を絞り出すように話す。


「い、いつまで住めるんだ?」

「今月末までだ。来月早々には人手に渡る」


 借金は返せない額にまで膨らんでおり、差し押さえられた邸には既に買い手がついている。


「生活のアテはあるのか?」

「……」


 何も答えられずに言葉に詰まった。これからの生きる術など何もなく、頼れそうな伝手もないからだ。


 誇っていた武力を無くし、領地経営の才覚も無い。日常生活すらままならず、売れる物は全て売って金に換えた。今後は爵位を返上して、平民として暮らしていくしかないだろう。


「良い手があるぜ?」

「何を笑っている?」


 薄気味悪い態度の弟を見て、アガンの顔が険しくなる。


「ライルのところに行けばいいんだよ」

「……」


 それはアガンも考えた事だ。殺し掛けて廃籍したとは言え、実の息子である事実は変わらない。ゆえに「受け入れてくれるのではないか?」という都合の良い考えが、アガンの頭の片隅にはあった。


「執事のジジイから聞いたぜ。ライルの奴、随分と羽振りが良いらしいじゃねぇか。兄貴が情に訴えれば、受け入れてくれんじゃねぇの?」


 伝説的な活躍により、ライルは隣国で子爵へと叙爵される。それはライルの祖国であるこの国にまで伝わってくる程だった。


「家門は『グローツ子爵家』にするらしいじゃねぇか。こっちが本家なんだから、乗っ取ってもいいよな?」


 弟へと答える代わりに、アガンは冷たい笑みを浮かべた。ライルが父親に逆らった事など一度もない。怒鳴り付ければ、どうにでも操れると思えてしまう。


(良い案だ)


「しかし旅費はどうする? 歩いて行けるような距離でもなければ、全員で行けるような金も用意できんぞ」


 人徳のないアガン達に金を貸してくれるような人間などいない。考えを巡らせるが埒が明かなかった。


 数時間後に家族を集めて話し合ってもみたが、打開策は思いつかない。そうして何をするでもなく数日が経った頃、


「父上。街の酒場で知り合った男が、旅費を出してれるそうです」

「何っ! それは本当かザイル?」


「はい。馬車も用意するとの事でした」

「うむ。素晴らしい!」


(さすがは誇り高きグローツ子爵家の嫡男だ!)


 そして安堵したアガンは邸の権利を譲渡し、爵位返納も済ませた。その翌週、目の前に現れた8人乗りの馬車数台を見て、一同は顔を見合わせた。


 長い旅を快適に過ごせるような馬車ではなかったからだ。かなりボロボロで、どう贔屓目に見ても安物の物品運搬が関の山と言った感じだった。


 すると、体格の良い男達が馬車から次々と出てきて、一同を縄で拘束していく。


「な、何をするんだっ!?」

「止めろっ!?」


 抗議しつつ暴れるが、グローツ子爵家の男達は無力だった。あっという間に地面へと転がされる。


「ようザイル」


 リーダー格で褐色の肌をした男が、先頭の小綺麗な馬車からゆっくりと降りてくる。それを見たザイルは、憎々し気に口を開いた。


「ジャン! どういうつもりだ!」

「どういうつもりとは?」

「約束が違うじゃないか!」

「ん? 約束通りだが?」


 二人の意見が食い違う。


「俺達を隣国に連れて行く約束だったはずだ!」

「何を勘違いしている? 俺はお前の話を聞いて『相応しい場所に連れて行ってやる』と言っただけだ。思い出してみろ」


 ザイルは思案するが、リーダー格の男の言う通りだった。


「お前達は、これから鉱山送りになる」

『鉱山っ!?』


 全員が驚愕している。鉱山送りは最も過酷であり死亡率も高く、奴隷や犯罪者が送られる場所だからだ。


「当然だろう? あれだけ何十日も好き勝手に飲み食いして、店の客達に奢り続けて、賭けにも負け続けて、鉱山送り以外でどうやって借金を返すつもりだ?」


 そう言って胸元から莫大な借金の証文を取り出した。


「借金? あれはお前の好意だったんじゃないのか?」

「はっはっは。そんな訳あるか。お前には殺意しか感じねーよ」


 リーダー格の男は男爵家の出身だった。グローツ子爵家の横暴が目に余ると進言しただけで潰されてしまった、しがない一男爵家だ。


「お前は俺の顏すら覚えていなかったけど、俺はお前の顔を忘れた事はねーよ。おい、連れて行け」

『はっ!』


「ま、待て! 借金はライルが払う!」

「ライル? お前の弟の英雄ライルの事か?」

「そうだ!」

「ふーん。俺も何度か話した事がある。ライルは人格者だからなぁ」


 リーダー格の男は思案した後に呟くように言った。


「あいつは必ず金を払うぞ! 俺の息子だからな!」


 父親のアガンは、ザイルの意見を後押しした。


「ははっ。じゃあ英雄様の将来の憂いを排除しておこうか。連れて行け」

『はっ!』


「止めろ!」

「鉱山なんて行きたくねーんだよ!」

「ふざけるな!」


 怒鳴るだけで抵抗らしい抵抗もできず、次々と馬車に乗せられていった。それから男達は、一生を鉱山で過ごす事となる。天寿を全うした者はいなかった。


 来る日も来る日もツルハシを持って岩を砕く。「どうして俺が?」と怨嗟の念を呟きながら「お前のせいだ!」と憎み合う。


 疲れ切った目をしながら、今日も男達の鉱山労働は続く。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最後は自業自得でしたね。
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