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64話 一致団結したギルドメンバー

 壁のような魔物を討伐し、ライルはギルドに帰還した。


「ただいま戻りました」

「お帰り」


 ヴェイナーはカウンターから顔を上げ、ヒラヒラとライルに手を振った。


「どんな状況だったの?」

「魔物の数の多さに多少手間取りましたが、講習会は特に問題なく終了しました」

「『特に問題なく終了』ってさぁ……」


 各冒険者ギルドには特A級の救援要請があり、それはギルド《鷹の眼(ホークアイ)》も例外ではなかった。


 ギルドを運営するヴェイナーが、実力者の戦士リンドルを呼び戻して派遣すべきかを検討していたレベルだ。それ程に、急を要する危険な状況だった。


「街にとっては大問題だったけど、アンタにとっては多少の問題だったわけね?」

「そうですね。比較的余裕をもって対処出来ましたし」


 平然と答えるライルを見ながら、ヴェイナーは半ば呆れるように苦笑する。


「さすが魔導超越者様。そんなに余裕があるなら、別の問題にも対処してもらおうかしら」と呟くと、ヴェイナーは意味深に口角を上げた。


「今日さぁ、ギルドでもちょっとした事件が起こったんだよね。ティリアちゃんが、やらかしちゃってさ」

「ティリア様が?」


 ライルは周囲を急いで見回すが、ギルドの1階にはティリアの姿が見えない。


「むしろアンタにとっては、魔物討伐よりも厄介な問題になるかもね」


(ティリア様!?)


 深刻な顔で告げられて、ライルは気が気ではなかった。


「何があったんですか? まさかティリア様の身に危険が及んだりはしてませんよね?」

「それはないわ」


 ライルはほっとして息を吐き出した。


「何があったのかを知りたいなら、ティリアちゃんから直接聞きなさい。今後の対応策も、本人にしっかり伝えてるからさ」

「分かりました」


(ティリア様の護衛として、俺も詳しい事情を知っておくべきだ)


「ん?」


 真剣な顔で思考していたライルは、どこか居心地の悪さを感じて周囲に目を向ける。


(一体どうしたんだ?)


 ギルドメンバー達の視線が、妙に生温かい気がした。


「あの、皆さん。何故俺を見てるんですか?」

「気のせいだって」

「そうそう」


 するとヴェイナーは「そんな事より」と言ってライルの肩を叩く。


「アンタは他にやる事があるだろ? 今日の報告書は即日提出だからね?」


 ライルはヴェイナーに促されるまま、空いたテーブルに座って報告書を書き始めた。しばらくすると、奥の部屋から書類の束を抱えたティリアが現れる。


「ライル。お疲れ様」

「あ、ティリア様」


 微笑むティリアに笑顔で応えると、ライルはさっそく気になる話題を振った。


「今日は、ギルドで何か問題が生じたようですね?」

「えっ!?」


「ヴェイナーさんに聞いたところ、詳しい内容はティリア様から直接伺うようにとの事でしたが」

「――!?」


 ティリアは声にならない小さな悲鳴を上げて、落としそうになった書類の束を抱き締めた。


「ティリア様?」

「な、な、何でもないわ!」


(この慌てようは尋常じゃないな)


 淑女たるティリアが取り乱すのは余程の事だ。


「そのように慌てて、何でもないはずがありません」

「本当に何でもないの!」


 必死に言い張るティリアを見つめながら、ライルは険しい顏をする。


「俺はティリア様の護衛です。ティリア様の精神状態が乱れていては、護衛任務にも支障をきたします」


 だからこそライルは一歩も退かない。ティリアに及ぶ危険を放置するのは、明確な裏切り行為でもあるからだ。


「ライル。この話はもう終わりよ」

「いいえ。終わっておりません」


 仮にティリアの怒りを買っても、ライルが数日落ち込んでヘコむだけだ。ゆえにライルは、白黒つけずにうやむやにしようとは思わない。


「ライル!」


 ティリアは小さく震えている。泣きそうになりながら、キッとライルを見据えた。その顔は多少の険を含んでいるが、


(お可愛らしい)


 あまり見られないティリアの泣き怒り顔を見たライルは、そんな感想を抱いた。


「俺はティリア様が話してくださるまで、ここでいつまでも待ちますよ」

「……」


 数分後。やがて観念したティリアは、目を逸らしてポツリポツリと喋り始める。


「私、プリンを作ったの」

「ギルドでプリンを作られたのですか?」

「ええ」


(なるほど。摩訶不思議物体が誕生したのか)


 合点のいったライルはニコリと笑う。


「それなら今度は、俺もプリン作りを手伝います。ギルドの皆さんに、ティリア様の美味しいスイーツを召し上がっていただきましょう」

「――!?」


 書類の束が、バサリと床に落ちて散らばった。ティリアの顔がみるみる赤くなっていく。


「ティリア様?」


 声を掛けても硬直したまま動かない。その間にギルドメンバー数人が、散らばった書類を拾い上げてライルへと手渡した。


「ライル。次はティリアちゃんと組んで料理すんのか?」

「はい。そのつもりです。俺がきっちりサポートさせていただきますので、おそらく問題は起こらないかと」

「へぇ」


 男達はニヤニヤと笑っている。


(この雰囲気は何だ?)


「楽しみにしてるからな? 直前の口臭チェックを忘れるなよ?」

『きゃぁああ!』


 女性メンバー達の嬌声が響く。ギルド内はお祭り騒ぎだ。


(何なんだ?)


 訳が分からず立ち尽くすライルに、ヴェイナーはしたり顔で話し掛ける。


「ティリアちゃんがアンタに事情説明するのは無理そうね。しゃーないから、あたしが説明してあげようか?」

「よろしくお願いします」


「驚かないでね?」

「俺は護衛として鍛えてきましたから。おいそれと心を乱したりはしません」


『どの口が言うんだよ!』


 ギルドメンバー達は内心で総ツッコミだった。ライルがティリアのミニスカート姿を見て気絶したのは、ついこの前だからだ。しかしヴェイナーは、それには触れずに淡々と話す。


「ティリアちゃんがギルドで料理したら、次は罰を与えるって話になったんだけどさぁ」

「罰ですか?」


 ライルの眉間にシワが寄る。


「作った料理を、ティリアちゃんが口移しで食べさせる事になってんの」

「はい?」


「ティリアちゃんが口移しで食べさせんのよ。十中八九その相手はアンタになるから、そこんとこよろしくね」

「はぃいいいいいいいい?」


 もの凄い勢いでティリアの唇を見たライルは「柔らかそうだ」と思った瞬間にバタンと倒れてしまった。


『乱しまくりじゃねーか!』


 おいそれと心を乱さないと言ったライルに総ツッコミが入る。


「アンタがサポートすんでしょ? 楽しみにしてるから、なるべく早くやんなさい」


 だが意識が飛んでるライルには、ヴェイナーの声は届かなかった。


 正気に戻った2人は、お互いの目が合えば急いで逸らし、言葉を交わせば口籠ってしまって会話にならない。それを周囲から散々からかわれて、その日は仕事にならなかった。

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