63話 ティリアはギルドで奮闘する
そびえ立つ壁のような魔物は消滅してしまった。
「倒しちまったぞ」
「本当にやりやがった……」
見ている事しか出来なかった冒険者達は息を呑む。大人数で対処してどうにもならなかった魔物を、ライルがアッサリと討伐してしまったからだ。
「な、なあライル? 闘いは終わったんだよな?」
「はい。魔物は完全に消滅しましたから、もう安全です」
冒険者達は顔を見合わせる。そして駆け出しの者もベテランも関係なく、肩を叩き合いながら大喜びを始めた。
「……規格外の強さね」
魔女のアリサは、顎に手を当てて今後の事を考える。
「お疲れ。ライル君」
労いの言葉を掛けた。ライルは息も上がっておらず、まだまだ余力を残している状態だ。
「アリサさん。助言ありがとうございました」
「魔法剣士ならではって感じだったね」
魔法を撃ち込み、インパクトの瞬間に合わせて斬撃を浴びせた。刹那の狂いも許されない厳しいタイミングのはずだったが、ライルは一度もミスする事なく、全ての攻撃を難なく成功させている。
「あんな戦い方、よくやれるわホント」
「難しくないと思いますが? 魔法を当てて斬るだけですよ?」
そう思っているのはライルだけだ。難易度的には非常に高く、簡単に成功させられるようなものではない。
「聞き捨てならねぇなぁ」
ご機嫌な冒険者が近付いてくると、ライルに手を伸ばして肩を組んだ。
「正確無比な剣捌きで延々と斬り続けるのが『難しくない』わけがねぇだろうがよぉ」
「だよなぁ?」
「魔法だってそうさ。普通の魔法使いは何十発も撃てねーよ」
「だよなぁ?」
数人からウザ絡みをされつつ、ライルはしばらくされるがままになっていた。やがて気が済んだのか、男達は満足して去って行く。
「ライル君って、人とズレてるところがあるよね」
「そうですか?」
最高レベルの領域にいるが、本人はそれに気付いていない。寸分の狂いもなく狙ったタイミングで斬るのは、ライルにとっては修練中の日課でしかなかったからだ。
だからこそ、普通の冒険者達とライルの間には、考え方に大きな隔たりがある。
「まあ、この調子で頼むわね。期待してるから」
「頑張ります」
そうこうしていると、冒険者総括協会の拡声魔法が響き渡った。
『皆さん。お疲れさまでした。これにて解散といたします』
負傷者を出す事もなく、つつがなく終了した。
△
壁の魔物を相手に冒険者達が大騒ぎをしていた頃、冒険者ギルドもまた大騒ぎとなっていた。窓ガラスに茶色い何かがヘバりついていたからだ。
しかし原因が究明された事により、ギルド内は落ち着きを取り戻していた。
「皆さん。お騒がせして申し訳ありませんでした」
ティリアの謝罪をギルドメンバー達は受け入れる。そもそも「ティリアは金輪際料理をしようとは思わないだろう」と決めつけていたのが、間違いの元だったわけだが。
「料理は禁止だって、あたし言ったはずだけど?」
「申し訳ありませんヴェイナーさん」
ティリアは深々と頭を下げた。努力家のティリアだからこそ、壊滅的な腕前の自分が許せない。ついつい料理に挑戦してしまったのだ。
「プリンが作れそうな気がしたんです」
真剣な顔でヴェイナーを見つめる。「諦めなければ、いずれは料理の腕が上がる」と未だに信じているからだ。
「ティリアちゃん。残念だけど、魚は陸を歩けないし狼は空を飛べないわ」
ヴェイナーは「達成困難だ」と暗に諭す。ショックを受けるティリアの頭を、ゆっくりと撫でた。
「まあ、あたしもギルドを預かる者としての責任があるからさ、ケジメは付けないといけないんだよ。だから許すのは今回が最後だからね?」
ティリアは神妙に頷いた。
「そうねぇ……貴女が作った料理を、他の誰かに全部食べさせる事。それが、次に料理をしてしまった時の罰よ。分かった?」
「は、はい」
ライルなら喜んで食べそうだとティリアは思った。
「口移しでやってもらうから」
「く、く……口移しですかっ!?」
「罰なんだから当然でしょ? ティリアちゃんが口移しで全部食べさせなさいな」
(口移しって、私がっ!?)
「何を慌ててるの? ふふっ」
ティリアは真っ赤になっている。その様子を見ながらニヤニヤしていた周囲の人間も、ヴェイナーに続いて軽口を叩いていった。
「誰に食べさせるつもりなの?」
「もしかしてライル君?」
「ライル君かぁ」
「あいつまた気絶しそうだな。ははは」
俯いて震えるティリアを眺めながら、ギルドメンバー達はご満悦だった。
△
「じゃあ、ここを片付けてから仕事を再開してね」
「はい」
ようやく落ち着いたティリアは、嘆きのプリンを片付けてから仕事を再開した。すると、
「あああ! 悩む!」
ヴェイナーは唐突に叫んだ。
「ヴェイナーさん?」
「ねぇ。これどうした方が良いと思う? ルート選定で迷ってんだけどさ」
差し出された書類は、高額商品の運搬依頼に関するものだった。依頼料、危険度、護衛人数、納期などを加味して、数本のルートが候補に挙がっている。
「そうですね。私なら、これらのルートではなく海路を選びます」
「海路?」
「はい。この時期の海は穏やかですし、陸路で山を越えるよりは安全です。高額商品の運搬となりますので、盗みに遭う可能性も考えられますし。ですが船上であれば逃げ場がありませんので、賊もおいそれと手を出せないかと」
「確かに。そう考えると海路もアリね。ありがとう。検討してみるわ」
「はい。あの、ヴェイナーさん。こちらの再契約書ですが」
商人と締結する予定の、回復アイテム納入契約書をティリアは提示する。
「固定価格での超長期納入契約を結ぶのはお勧めしません」
「どうして?」
ヴェイナーは疑問を口にする。超長期の契約とする事で、かなりの割安価格で納入してもらえるからだ。
「まず中級ポーションですが、増殖可能な低価格原材料を使った生産実験が、昨年成功しております。原産国となるアルギニアでは、大量輸出を見越した街道整備も間もなく完了予定ですし。そうなれば生産コストだけではなく運搬コストも大きく下がるはずです」
「そんな事になってたの?」
「はい。2年も経てば、中級ポーションは今よりもっと安くなるかと思います。ですので現時点での納入契約については、多少割高でも短期契約に留めるべきです」
ヴェイナーは、しきりに感心している。
「次に、こちらの上級ポーションの契約ですが――」
広い見識を持つティリアは、ギルドにとって最適となる答えを導いていく。今ではティリアに意見を求める者も多い。そしてそれは、ゼンじいとて例外ではなかった。
「ティリア」
「ゼン様?」
ヴェイナーが席を立ったのと入れ替わるように、ゼンじいはティリアの隣に座った
「どれに賭けるべきか予想してくれんか?」
「申し訳ありませんゼン様。賭博行為への協力は、ヴェイナーさんから固く禁じられておりますので」
するとゼンじいは顔を伏せて辛そうに話す。
「一発当てて妻に美味いもんでも食わせてやりたかったんじゃが……」
「ゼン様!? 微力ながらお手伝いさせていただきます」
ティリアはチョロかった。
『ゼンじい結婚してたっけ?』
『してるわけないじゃん。オッズがワシの嫁じゃ! とか言ってるギャンブル狂よ?』
女性達はボソボソと話す。
「では20ある生産地域の中から、今年のトップ2になりそうな地域を当ててくれ」
提示された書類には賭けの倍率と、王国各地域毎の特殊魔石年間産出量が、10年分掲載されていた。
「少々お待ちください」
ティリアは自らの知識を総動員して論理的に考えていく。やがて満足いくまで考え抜いてから、ゼンじいに結果を見せた。
「こちらで如何でしょうか?」
「何じゃこれは?」
それは産出量上位2地域を単純に予想するだけではなく、本命予想が外れた場合でも軽傷で済むという、複雑かつ高度な賭け方だった。
「リスクを抑えた投資となります」
「リスクを抑えた……か。うむ。世話になった」
ゼンじいはギルドを出ると、足早に賭場へと向かう。
「何が『リスクを抑えた』じゃ。分かっとらんなティリアは。ワシの生き様をとくと見よ!」
好き勝手に全ツッパしたゼンじいは、結果が判明してから完膚なきまでに燃え尽きた。そしてティリアの言う通りに賭けていれば、多少資金が増えていたという事実を知って愕然とするのであった。




