62話 ライルは淡々と討伐する(バトル回)
(魔物達は、あの異形の存在から逃げて来たのか?)
高さ10m程の、壁としか表現出来ないものだった。巨大な壁は、少しずつ街へと近付いてくる。
手練れの冒険者達が一早く動いて、武器を片手に打撃を加え始めた。だが攻撃が効いている様子はなく、壁の動きも止まらない。
「あの壁は何だ?」
「そうねぇ。瘴気が集まり過ぎて、あんな姿になったんじゃない?」
「アリサさん!?」
ライルの疑問に答えたのは、時渡りの魔女アリサだった。空間を渡って突然現れたのだ。
「久しぶりねライル君」
「ご無沙汰してます」
アリサは魔女であり、長い黒髪は腰の下まである。
「大量の雑魚魔物をエサにしようとして、特殊な瘴気が集まっちゃったみたいね」
「じゃあ、あの壁は瘴気の塊なんですか?」
「ええ。そうよ」
(それなら魔法で倒せそうだな)
ライルが魔法を唱えようとした時、
「あぁあああ! アリサさん!」
冒険者総括協会の女が、素っ頓狂に叫んでアリサを指差した。
「こんな事になったのって、アリサさんが作った魔力増強剤のせいじゃないんですか!」
「正解! ローザちゃん冴えてるぅ」
アリサはローザの頭を撫でた。
「やっぱり!? そんなのを私に飲ませるなんて酷いじゃないですかぁ!」
「ごめんねぇ。『魔物寄せ』の効果が強くなり過ぎちゃったのねぇ。魔女の薬と相性良過ぎる人って、極々稀にいるんだよねぇ。あはは」
と言いつつアリサが笑って誤魔化すと、ライルはどこか納得した顔をする。
「アリサさんが問題を起こしてたんですね。薄々そうじゃないかと思ってましたけど」
「ちょっライル君!? その言い方酷くない?」
アリサは「私は魔女の掟に触れない範囲で協力しただけなのに」と呟いた。
「魔力増強剤の製作過程でギリギリを攻め過ぎたんですか?」
「だって上からは『全力で魔物討伐を手伝え』って言われてるからさ。だから全力出して薬作ったらこうなったの。それに加えてローザちゃんは、魔女の薬との相性が良過ぎったし……」
ぶつぶつ言っていたアリサは「ごめんね」と言って謝るが、ライルは特に責めたりはしなかった。
「アレを倒せば終わるんですよね?」
「そうよ」
「じゃあ、俺が終わらせます」
ライルは呼吸を整えると、詠唱しながら魔法の印を切る。
「《魔法混合創成》」
魔法の融合を可能にする古代上位魔法だ。そして流れるように魔法を重ね合わせていく。
《威力増幅》
《身体能力低下》
《特殊防御解除》
ライルの魔力が膨れ上がっていく。
「《雷光の射手》」
左手に神々しい弓が、右手には光の矢が現れた。
ワイバーン討伐時とは違い、《魔法分裂》は使っていない。この光の矢が突き刺さされば、全てが破壊されるだろう。
「凄い魔力ねぇ」
呆れたようなアリサの声を聞きながら、ライルは矢をつがえて弓を弾き絞る。
「滅せよ!」
鋭い声と共に矢を放った。雷光となった矢は瞬時に壁の魔物へと到達し――消滅した。
「消えた!?」
こんな結果になるとは思わず、ライルは呆然としてしまう。
「お、おい。魔法効かねぇみてぇだぞ」
「マジかよ……」
「剣も効かなかったんだぞ。どうすんだよ」
ライルの魔法すらも通用しないと知り、冒険者達は浮足立つ。
「魔法を消せるタイプの魔物かぁ。稀にいるのよねぇ」
こともなげに言うアリサへと、ライルは目を向ける。
「魔法を使うと、位相をズラした別空間にも、同じだけの負のエネルギーが発生するって言ったでしょ? アイツはその負のエネルギーを取り出して、君の魔法にぶつけたってわけ。以前私がやったみたいにね。それで魔法が対消滅したの」
「アレを倒す方法はないんですか?」
「あるわ。魔法を対消滅させる瞬間だけは、アイツの《物理防御力向上》の魔法効果も無力化するからね。その僅かな瞬間を見極めて攻撃出来れば、物理攻撃も通るわ。でもそのタイミングを見極めるのって、信じられないくらいに難しくて――」
ライルは話を最後まで聞かずに走り出した。ティリアに迫る危険を一刻も早く排除する為だ。
「《印詠省略》」
剣を構えて走りつつ、《身体能力強化》を使って全力で跳んだ。壁の魔物が一気に迫る。
「《火球》」
魔法を唱え、火球が壁に接触するタイミングで渾身の突きを繰り出した。
ギィン!
硬過ぎて剣が弾かれる。
(効かないか。それなら)
「《火球》」
今度は刹那のタイミングだけ遅らせて斬撃を放つ。
斬ッ!
『――――――!』
頭上から甲高い悲鳴が響くと、斬った箇所から少量の瘴気が噴き出した。それと同時に壁の一部が崩れ落ちる。
(このタイミングか)
「《火球》」
斬ッ!
「《火球》」
斬ッ!
剣を振るう度、魔物はどんどん崩壊していった。長年冒険者としてやってきた者達は、もはや言葉も出ずに見ている事しか出来ない。
ライルが放つ魔法と斬撃には、刹那のズレもないからだ。淡々と魔法を放ち、同じタイミングで斬り付ける。僅かの狂いもない精密さは、まるで完成された剣舞のようでもあった。
そして5分程度が経過して、ついに終わりの時が訪れる。
「《火球》。はぁああ――――――ッ!」
間合いを詰めながら、ライルは全力で踏み込んだ。
斬ッ!
『――――――!』
山のような土砂へと変化して、断末魔と共に魔物は消滅した。




