61話 街に迫る危機
「まだ終わらないのか?」
冒険者総括協会の男が、額の汗を拭いつつ言った。今日は駆け出し冒険者達が雑魚魔物を討伐する日。気軽なミッションとなるはずだったのだが。
「何故だ? いつもなら既に終わっている時間だぞ?」
討伐開始となってから2時間が経過しているが、未だ魔物討伐には終わりが見えない。それどころか魔物の数が増加している有様だ。
疑問を感じている人間は多い。ライルも剣を振るって闘いながら異常に気付いていた。
(出てくる数が多過ぎる)
キリがないので、剣のみではなく魔法も適宜使用していく事にした。
「《氷矢》」
闘いが長引く事も考えて、魔力を抑えた50本の矢を放つ。次々と矢が命中し、魔物達は順次凍り付いていった。
凍った事で障害物となり、押し寄せる魔物の勢いが弱まると、冒険者総括協会の男は一息ついて言葉を告げた。
「応援を呼ぶ。済まないが、もうしばらく頑張ってくれ」
伝達魔法を使って救援を要請していく。ここまで長時間に及ぶ戦いは、想定外の事態だからだろう。
駆け出し冒険者達に至っては、ほとんど腕も上がらない状態だ。今もまともに戦えているのはライルしかいない。
「あのぉ」
冒険者総括協会の若い女が、上司である男の前におずおずと進み出る。
「ん? どうした」
「実は私、魔力増強剤をしこたま飲んできたんです」
「それがどうかしたのか?」
魔法使いが魔力増強剤を飲むのは珍しい事ではない。値段の張る飲み物だが、割とポピュラーな代物だからだ。
「今日私が使った魔物寄せの魔法ですが、もの凄く強かった気がするんです。それが原因ではないでしょうか?」
魔物寄せの魔法は、冒険者総括協会の複数人で発動させている。その内の一人が魔力増強剤を飲んでいたからと言って、大きな影響はないはずだが。
「私、今日が初任務だったから失敗が怖くて、魔法が発動しなかったらどうしようって悩んでたんです。それで、最近仲良くなった自称魔女さんに相談してたんですけど。そしたら『魔物寄せの魔法だけに特化した魔力増強剤を作ってあげる♪』って言われて、今日は、それを飲んできたんです」
話を聞き終えた男は半信半疑だった。特定の魔法効果だけを上昇させる魔力増強剤など、聞いた事がないからだ。この世界の魔力増強剤は、あくまでも魔力そのものを多少強化する効果しかない。
「『これさえ飲んどけば、魔物寄せの魔法だけは特大ブッチギリで発動するから大丈夫!』って、自称魔女さん言われたんですが」
(それが本当なら、なんて迷惑な自称魔女だ……)
魔物を葬りつつ、会話に耳を傾けていたライルは思った。だが問題が分かったからには原因を排除するだけだ。
ライルは流麗な動作で印を切って魔法を唱える。
「《効果解除》」
すると、周囲一帯に掛かっていた魔物寄せの効果が瞬時に消えた。
『おおおお!』
感嘆の声が上がる。数人掛かりで掛けられた魔法を、ライルが簡単に解除してしまったからだ。
魔法効果を解除するには、膨大な魔力が必要となる。万全な状態ならいざ知らず、疲弊している冒険者総括協会の者達では、魔物寄せの魔法効果解除は困難だっただろう。
「良かった。これで一安心ですね」
誰かが言った。しかし魔物の勢いは変わらない。まるで何かから逃げるように、街の方へと向かって来ている。
「魔物が減らないな。効果解除するのが遅過ぎたのか?」
ライルが呟くと、新たな冒険者達が駆けつけてきた。
「何だこりゃ? スゲェ数だな」
「腕慣らしには丁度いいか」
30人程の冒険者達の手によって、瞬く間に魔物が鎮圧されていく。しかし、
「おいヤベェぞ。どんどん増えてる」
「どうなってんだよ。ヤバいんじゃねぇの?」
事態を重く見た冒険者総括協会の男は、伝達魔法を再度使って各ギルドに救援を要請していく。結界が破られる可能性も想定したからだろう。
今は街の周囲に張られた結界の境界で戦っている為、攻撃する時だけ結界の外に出ればよかった。だが、押し寄せる魔物の力で結界そのものが破られてしまえば、そうは言っていられない。
そしてその危機感は、結果的には間違っていなかった。巨大な壁のような魔物が街へと迫っていたからだ。




