06話 護衛騎士の過去
「ライル! ライル! いや……嫌ぁあああああああああああああ!」
暗くなっていく意識の中で、ライルは幸せな日々の始まりを思い出す。6歳になったばかりの、忘れもしない春の日の出来事を。
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綺麗な花が咲いたフローレンス公爵邸の庭では、ガーデンパーティーが開かれていた。テーブル上には高級な茶器や色とりどりのスイーツが並べられている。
「こちらが、お前が将来仕えるべき御方だ。挨拶しろライル」
グローツ子爵がライルの背を押すと、侍女の後ろに隠れている愛らしい少女がビクリと震えた。
「僕はライル・グローツだよ。君の名前を教えてくれる?」
「ティリア・フローレンス……です」
白銀の髪でアメジストの瞳をしたティリアは、侍女の背からおずおずと顔を出す。ライルが笑い掛けると、ティリアも安心したように微笑んだ。その可憐な姿に、ライルの目は驚きに見開かれる。
「もしかして君は妖精なの?」
「えっ?」
ティリアは小首を傾げて不思議そうにしている。
「ライル!」
グローツ子爵はライルを叱責した。
「二度言わせるな。ティリア様は『お前が将来仕えるべき御方』だ。分をわきまえろ」
「は、はい父上。申し訳ありません」
ギロリと睨まれたライルは、背筋を伸ばしてティリアに向き直る。
「ティリア様。僕はライル・グローツです。よろしくお願いします」
「不肖の息子ですが、いずれはコレが貴女様の護衛騎士となります。どうぞよしなに」
「……」
ライルの雰囲気が目に見えて固くなった事で、ティリアは再度侍女の背に隠れてしまった。
それを見たグローツ子爵とライルは、ティリアに一礼してから場を離れる。
ティリアは警戒心が強く引っ込み思案だが、それも仕方のない事だ。家族からの愛情が一切与えられておらず、むしろ疎まれていたのだから。
フローレンス公爵家には、先妻の子である4歳のティリアと、異母妹で年子のミリーナがいる。
先妻がティリアを生んで儚くなった時、公爵はこれ幸いと、自身の子を身籠っていた愛人を後妻として招き入れた。
ゆえに公爵夫妻の愛情はミリーナに注がれている。望まれない子であるティリアが、今後も冷遇されていくのはグローツ子爵の目にも明らかだった。
だからこそ「天啓なし」と判定された落ちこぼれのライルが、ティリア付きの護衛騎士としてあてがわれたのだ。
「ふん。ティリア様に感謝しろ」
「父上?」
「そうでなければ天啓なしのお前なぞ、平民落ちの未来しかなかったのだからな」
心無い発言だったが、ライルは気にならなかった。ティリアの護衛騎士となれる事を、心から嬉しく思っていたからだ。
△
ライルが一命をとりとめた翌日。
フローレンス公爵邸の応接間では、侍女が机上に茶器を並べている。給仕が終わると、後ろに下がって護衛と共に退出していった。
扉が閉まったのを確認すると、2人の当主は話し出す。
「忌々しい男だ」
「ええ。腹立たしい限りです」
フローレンス公爵とグローツ子爵は、向かい合って渋い顔をしている。2人の心境は似ていた。
大陸覇者闘技会を制したライル。蘇生魔法を使ったティリア。しかし双方共にその素晴らしき力は失われ、もう二度と見る事が叶わない。
「ティリアとは縁を切る。当主の命に従わん娘など不要だ」
「ティリア様は魔力を失いましたからな。貴族に嫁ぐにしろ妾になるにしろ、多少なりとも魔力は必要ですし。魔力全喪失では縁切りが妥当でしょう」
フローレンス公爵はフッと鼻で笑う。
「ライルの処遇はどうするつもりだ?」
「捨てますよ。グローツ子爵家に無能者は要りません」
「情は沸かんのか?」
「いいえ全く。そういうフローレンス公爵はどうなんですか?」
「ふん。この程度で揺らぐなら公爵家の当主などやっとらんよ」
「綺麗事で家は継げませんからな」
「お互い苦労するな」
「全くです」
ライルとティリアの廃籍が決まった瞬間だった。
こうして、2人は隣国を目指す事となる。




