53話 シーダ姫の事情
「まずは報酬だ。受け取ってくれ」
「ありがとうございます。でも、頂いていいんですか?」
置かれているのは100万ゴルドの金貨が5つ。かなりの大金だ。
「正当な報酬だからな。わたし個人ではなく国からの依頼に出来れば、もっと高額を支払えたのだが。しかし瘴気の宿った魔物が暴れていると広まれば、世が混乱に陥ってしまうのでな。なるべく内密に進めたいのだ。すまんな」
ライルは「それは構いませんが」と言って、声を潜める。
「王族個人の管理金から拠出されたんですよね? 俺が報酬を受け取ってしまうと、シーダ姫殿下の食事が質素になると聞いたのですが。よろしいのですか?」
「ふむ。気にするな。肉が減って野菜がメインになるだけだ。むしろ健康的になって喜ばしい」
シーダ姫は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「どうやらシーダ姫は野菜嫌いのようでな。なのでわたしは、これからは野菜好きだと城内で公言していくつもりだ」
「どうしてですか?」
「その方が面白いだろう? シーダ姫が本来の身体に戻った時、毎日のディナーには野菜料理が山と並ぶのだぞ?」
「それは……シーダ姫殿下ご本人は、涙目になるかもしれませんね」
「だろう? くくっ。とても楽しみじゃないか」
どうやら悪戯好きの魔女のようだとライルは思った。
「シーダ姫殿下は《未来視》の天啓を持たれているんですよね?」
「天啓を持っているのは、わたしではなくシーダ姫の身体になるがな」
天啓は魂ではなく身体に宿るからだ。
「失礼ですが、貴女様の事は何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「適当に呼んでもらっていい。今まで通りに『シーダ姫殿下』でも別に構わんよ。そもそも、わたし自身は既に真名を忘れてしまったのでな」
重要な事だが、何でもないとばかりに笑う。
「未来視の天啓を持つ身体は魂への負担が大きい。ゆえにシーダ姫の命は尽きようとしていたのだ。魔女のわたしであれば耐えられるが、今のシーダ姫には酷だった。少なくとも天啓負荷に耐えられる年齢になるまでは、わたしの身体で眠ってもらわねばならん」
シーダ姫は紅茶を飲むと、「さて」と言って話題を変える。
「次は其方の事を教えてもらおうか」
「俺の事と言っても、何から話せばいいのか……」
「アリサからは大雑把にしか報告を受けておらんのでな。色々と聞きたいのだが」
シーダ姫は指でクルクルと金色の髪を弄ぶと、ライルの目を見据えた。
「『縁の深い者が魔物のターゲットになる』とわたしが言った時、其方の魔力は桁違いに強くなったな?」
「ティリア様を害する存在は、必ず排除せねばなりませんから。そういった俺の意志が、魔力に現れたのかもしれませんね」
「精神が魔力に反映されるのは常識だが……それを考慮しても、あの力は常軌を逸しておったぞ。其方にとってティリアとやらは、どのような意味を持つのだ?」
「俺の存在理由そのものです。ティリア様に仕える為に、俺は生きております」
「己の命より重要だとでも言うつもりか?」
「俺はティリア様の蘇生魔法で生き返りました。ですので俺の命は、既にティリア様の物です」
「それ程までに慕っておるのか……」
「ティリア様は俺を救ってくれました。であれば俺も、命を賭して恩に報いるべきでしょう」
シーダ姫は「ううむ」と言って唸る。他人の為に命を賭けるという行為が理解出来ないからだ。
「ティリアとは、女の名だな?」
「はい」
「歳はいくつだ?」
「俺は18歳で、ティリア様は16歳です」
「ふむ。色恋は馬鹿げたものだが、時として人の限界を超えるから面白い」
シーダ姫はフッと息を吐いた。
「わたしは命を捨ててまで他人を救おうとは思わんし、魔力を失ってまで他人に蘇生魔法を使ってやろうとも思わんがな」
シーダ姫は肩を竦めると、「其方らの心は、わたしには一生理解出来んだろうな」と言って物思いにふける。
「其方は、どのような境遇で生きてきた?」
「俺は――」
ライルは自身の身の上を語っていった。
5歳で天啓なしと判断され、グローツ子爵家では落ちこぼれ扱いだった事。6歳でティリアの護衛騎士になるのが決まった事。10歳で剣技超越者の天啓を授かった事。
11歳で下級騎士の試験に合格し、ティリアの護衛騎士に任命された事。17歳で大陸覇者闘技会の王国代表に選定され、18歳で各国の筆頭騎士達を全て倒して優勝した事。
それからパンドラの箱を開けて無能力となり、絶命後にティリアの蘇生魔法で蘇った事。そしてグローツ子爵家を廃籍されて、この国のギルドに所属して現在に至る。
「起伏の多い人生だな。魔女も多かれ少なかれ荒れた人生を送っておるが、こうまで波乱万丈な箱の掃除人も珍しい」
話し終えたライルは、紅茶を飲んでいる。
「パンドラの箱に選ばれた人間が、騎士の大会で勝利しておるとはな。どうやら其方の強さは、魔女の理解を超えておるようだ。まあ、力の源泉がティリアにあるというのなら、せいぜいその娘を失わないようにする事だな」
「はい」
「今後は私とアリサでサポートをさせてもらおう。其方は瘴気の消滅をよろしく頼む」
「分かりました」
ライルは大きく頷いた。
「今日は疲れたであろう。一晩休んでから帰るがよい」
「お気持ちは有難いのですが、俺は一刻も早く帰りたいんです。申し訳ありません」
「そうか。では馬車の手配をするので待っておれ」
「ありがとうございます」
シーダ姫がベルを振って侍女を呼ぶと、10分程で準備が整った。ライルはシーダ姫に頭を下げてから、意気揚々と馬車に乗り込む。帰れるのが嬉しくて仕方ないといった感じだ。
御者がシーダ姫に一礼すると、ゆっくりと馬車は走り出す。
「あの様子では、その内ティリアの尻に敷かれそうだな」
遠ざかっていく馬車を見ながら、シーダ姫は苦笑した。




