51話 魔導超越者は怒らせるべきじゃない(バトル回)
「ターゲットとなる魔物は、どこにいるのでしょうか?」
「王都郊外の西方に、今日魔物が現れる事は《未来視》で分かっている。瘴気を探ってみるがいい。其方であれば探知できるであろう?」
(探索魔法で瘴気を探れと?)
ライルは眉をひそめた。探索魔法で瘴気を見つけるのはマイナーな技術だ。しかしシーダ姫は、ライルが瘴気を探せる事を知っている。
「ああ、そんな顔をするな。わたしが其方について知っているのは、時渡りの魔女アリサから、其方について詳しく聞かせてもらったからだ」
「アリサさんを知っているんですか?」
「うむ。魔女ネットワークの同志だからな」
(魔女ネットワーク?)
聞き慣れない単語だったが、アリサとシーダ姫が知り合いだというのは理解した。
「まあ、それはどうでもいいのだ。とにかく任務を遂行してくれ」
「分かりました」
ライルは素直に瘴気を探っていった。すると、
「西方8km程先の森の中。少し大きめの魔物がいますね。サーベルタイガー系の魔物でしょうか――こちらに気付いたようですっ!」
「迎撃態勢をとれっ!」
シーダ姫が叫ぶと、兵は隊列を組んで盾とランスを構えた。
「迎え撃つぞライル!」
「はい!」
瘴気を取り込んだサーベルタイガーは、サーベルタイガー・ロードへと変貌していた。探索魔法にも反応するような高位の魔物だ。
(動きが速いな)
驚異的な速度で、こちらに向かって疾走してくる。
(猶予は、時間にして1分もなさそうだ)
ライルは素早く印を切り、迎撃用の魔法を練っていく。
《印詠省略》
《魔法混合創成》
《威力増幅》
《自動追尾》
そしてターゲットのいる方向に狙いを定め、
「《火矢》」
虚空に出現した巨大な火矢が、魔物へと向かって飛んで行く。サーベルタイガー・ロードは飛来物に気付いて左に躱したが、自動追尾の火矢は目標に命中するまで止まらない。
(当たれっ!)
ドンッという爆発音と共に、1km程先で火の手が上がる。小高い丘が視界を遮っている為詳細は確認出来ないが、ライルは命中した事を確信した。
『おおおおおお!』
そこかしこで歓声が上がる。だがシーダ姫の顔は優れない。
「あの程度の力なのか? 聞いていた話と随分違うな。腑抜けた魔法だ」
「はい?」
ライルは聞き返すが、シーダ姫は前方から目線を逸らさない。
「魔物はまだ死んでおらんぞ。油断するな」
その言葉にハッとなり、ライルは探索魔法を再度使用して瘴気を探る。魔物は健在だった。ただしライルの存在を警戒しているようで、その歩みはかなり慎重になっている。
「ライル。瘴気を得た魔物は知恵を付けるが、それは知っているか?」
「いえ」
シーダ姫は、風に靡く髪を後ろに撫でつける。
「知恵を付けた魔物は、己を傷付けた相手を決して忘れん。そして、相手に最もダメージのある報復をする」
「最もダメージのある報復ですか?」
「つまり報復のターゲットとなるのは、其方に近しい者だ」
「まさか、そんな事が?」
「わたしが嘘を吐く意味があるとでも?」
ライルは答えに窮する。
「手負いとなった魔物は、其方の魂の匂いを覚えにやって来るぞ。それを取り逃せば、誰ぞ其方と縁の深い者を殺しに行くであろうな」
(ティリア様!?)
「来たようだな。必ず仕留めろ。後悔したくなければな」
ブスブスと煙を上げながら近付いてくるのは、サーベルタイガーの3倍の体躯はあろうかという魔物だ。未だ距離が離れている為、その表情を窺い知る事は出来ないが。
だが攻撃を仕掛けてきたライルに対し、負の感情を抱いているのは間違いない。
(殺す)
サーベルタイガー・ロードを睨み付けながら、ライルはかつてない程に集中した。全身全霊を掛けて凄まじき力を生み出していく。
《魔法混合創成》
《威力増幅》
《自動追尾》
「塵一つ残さん。《火矢!》」
絶大な魔力が更に膨れ上がり、それは虚空に生まれた灼熱の矢に全て注ぎ込まれていく。
「いけっ!」
射殺すかのような視線で見据え、魔物へと向かって解き放つ。
標的を燃やし尽くす豪炎の矢が虚空を飛翔する。サーベルタイガー・ロードは回避行動を取るが。
「燃えろっ!」
ライルの怒気に呼応するかの如く、火矢は瞬時に方向を変えた。魔物の胸部へと突き刺さり、炎熱の業火となって一気に燃え上がる。
「ガァ――――――――ッ!」
遠く離れているにも関わらず、耳をつんざくような断末魔が響く。ライルはトドメとばかりに、詠唱しながら一心不乱に印を切った。《印詠省略》さえも受け付けない、古代の最上位魔法を発動させる為にだ。
「お、おい待てライル! これ以上はやり過ぎだ!」
「死ね! 《深紅の殲滅炎!》」
「もう死んでる――」
とてつもない轟音と共に、炎の柱が天を突く。昼空が赤く染まるような驚異的な光景だった。異質過ぎて誰も言葉を発せない。
誰もがこの状況に対して畏怖の念を抱き、ライルに向かって臣下の礼をとる者さえいた。
「何て奴だ……其方は」
ようやく絞り出したシーダ姫の声は、前方を睨み付けるライルの耳には届かなかった。
「心ここにあらずか。とりあえず、其方の怒りを買うべきじゃないと分かっただけでも僥倖だ」
シーダ姫は最大限の賛辞を贈るが、ライルは灰となっていく魔物から目を離さないまま佇んでいた。




