49話 未来視の天啓を持つ姫殿下
「魔物の討伐依頼がきたわ。アンタをご指名よライル」
ヴェイナーは1枚の依頼書をライルに提示する。
王都近郊での討伐依頼だった
「こんなに貰えるんですか?」
ライルは呆気にとられた。成功報酬は500万ゴルドだ。
「国が絡んでる依頼にしては少額よ。アンタと繋がりを持ちたくて、お偉いさんがとりあえず依頼したって感じかもね」
素っ気なく言いながらも、ヴェイナーはソワソワしている。この依頼を上手くこなせば、もっと太い依頼にも繋がるのだろう。
「王都郊外で魔法をブッ放す簡単なお仕事よ。やる?」
ライルは首を縦に振らない。王都に行くとなれば数日掛かるからだ。ティリアの事が心配だった。
(ティリア様は何も言わないな)
隣にいるティリアは無言のままだ。ライルの意志を尊重するというティリアなりの配慮だが、それはそれで寂しいとライルは感じてしまう。
「アンタが王都に行ってる間は、あたしがティリアちゃんを預かるからさ。心配しないでいいって」
「私がお世話になっても大丈夫ですか?」
「ウチは広いし、あたしも結構戦える方だから。防犯的にも安全さ」
ヴェイナーは胸を張るが、それでもライルは納得しない。
「ティリアちゃん。このお菓子美味しいから食べてみて」
「へっ? い、いただきます」
ヴェイナーはクッキーの載った皿をティリアに押しやりつつ、1枚だけ手に取ってティリアに食べさせた。
「どうライル?」
「どうとは?」
「あたしなら、こんな感じで毎日食べさせてみせるわ(小声)」
(なっ!?)
ライルの心は揺れた。食の細いティリアは、ライルがいくら勧めてもあまり食べないからだ。だがヴェイナーは同性の気軽さを活かして、それを簡単にやってのけた。
「さあ、どうよ?」
「わ、分かりました。その依頼、請けさせていただきます」
「よし。じゃあ渡り付けてくるから待ってなさい」
それから数時間後、ギルドを訪れた依頼人から詳細を聞く流れになった。
「初めまして。ギルド《鷹の眼》の皆様」
現れたのは、身なりの良い中年の男だ。政務官として働いているとの事だった。
「早速ではありますが、依頼についての説明をさせていただきます」
ここはギルドの奥の部屋。商談や密談をするスペースとなっており、部屋にはヴェイナーとライルと依頼人の3人がいる。
「まず今回の依頼ですが、姫殿下が関わっておられます」
ライルの眉がピクリと動いた。祖国と同様に、この国にも数人の姫がいる。
(面倒な事にならなければいいが)
難しい顔をするのには理由がある。爵位の上下に関わらず、ライルは貴族令嬢達に迫られる事が多かったからだ。断りを入れるにしても一筋縄ではいかない。ましてやそれが、王族の姫ともなれば尚更だろう。
「姫殿下は御年5歳なのですが、とても利発な御方です」
「ああ、そうなんですね」
返答したヴェイナーの横で、あからさまにライルはホッとしている。5歳の少女であれば、そういった心配をしなくて済むからだ。
「『強い魔法使いを招いてほしい』と姫殿下が仰ったのです」
「失礼ですが、強い魔法使いであれば宮廷魔術師の方に適任者がいるのでは?」
ヴェイナーが普段と全く違った様子で発言する。蓮っ葉な性格など微塵も感じさせない、毅然とした話し方だ。
「それが、Aランク上位の宮廷魔術師達を連れて行っても『もっと強い魔法使いを』と、姫殿下が要求されるものですから、私も困ってしまいましてね」
男はハンカチで汗をぬぐって茶を飲んだ。
「そんな時、ライルさんのワイバーン討伐の話が伝わってきたんです。そうして姫殿下と相談の上、今回依頼させていただく運びとなりました」
「要するに、姫殿下の興味本位による依頼という事でしょうか? 『派手な魔法で魔物を倒すところを見たい』と?」
すると男は「いえいえ」と言って、ヴェイナーに向かって慌てて手を振った。滅相も無いといった様子だ。
「我が国の王族は無駄な事をいたしません。資金も個人毎に厳しく管理されてますし、依頼料の500万ゴルドは姫殿下の管理金から支払われます。ですから姫殿下の食事は、しばらく質素な物となるでしょう」
「それは……興味本位で依頼したわけではなさそうですね」
「ええ。それは間違いありません」
「姫殿下の目的は何でしょうか?」
依頼人は「他言無用で願います」と言って咳払いをした。
「姫殿下は預言者なんですよ。そして預言は全て的中しております」
小声でサラッと言ってのけるが、中々に信じられない話だった。
「失礼ですが、偶然や思い込みの類ではありませんか? または侍女や侍従と示し合わせた上での、姫殿下の手の込んだ悪戯では?」
「そうであれば可愛いものでしょうが、賊の侵入を予見した事もあれば、他国との内通者を見つけ出した事もありましたからね」
男は「それに」と言って、更に小声で話す。
「姫殿下の天啓は《未来視》ですから、預言者であるのは確かなのです」
「そんなに重要な事を、ここで喋ってもいいんですか!?」
ヴェイナーの声が大きくなった。王族の天啓は重要機密に当たる。気軽に話していいものではない。
「問題ありません。『聞いてもらう為に』話しているのですから」
ヴェイナーはマズいといった顏をする。聞いてしまったからには断れない。
「『今動かねば世界は崩壊する』と、姫殿下は仰いました。その意見は、何よりも優先されるべきだと私は思っております。ですのでどうか、お引き受けいただけないでしょうか?」
男は深々と頭を下げた。




