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48話 修練を終えた後に

 今後の方針が決まり、アリサとの修練を終えたライルは家路につく。


「アリサさん。パンを買って帰りましょう」

「朝食にするのね?」

「はい」


 街の大通りを進み、靴屋のある角を曲がって3軒目。そこにライル行きつけのパン屋があった。扉に手を掛け入店すると、カランカランと音がする。


「いらっしゃいませ。ライルさん」

「おはようございます皆さん」


 店主達に向かって、ライルはにこやかに笑う。すると店の手伝いをしていた少女の頬が赤くなる。


「ライル君って罪作りな男ね」

「何がでしょうか? 俺は廃籍はされましたが、罪人ではないですよ?」


 真顔で答えるライルに呆れてしまい、アリサは「今の言葉は忘れて」と言って、商品を選び始める。


「どれにしようかなぁ。でもこの世界のお金って、あんまし持ってないんだよねぇ」

「アリサさんの分も払いますから、好きなものを選んでください」

「えっ? いいの?」


「魔法を教えていただいたお礼です」

「ラッキー。じゃあ――」


 アリサはトングを使ってトレーにパンを載せていく。エッグタルト、ドーナツ、オニオンブレッド、バターロール、クロワッサン、クリームパン、カントリーパン。を3個ずつだ。


「それと、締めのドーナツを3種類ね!」

「お、多いですねアリサさん」

「私が本気出したらこんなもんじゃないからね?」


「そんなに食べられるんですか?」

「そんなにって言うけど、今日は小手調べよ?」


 自信満々で胸を張るアリサに、ライルは気圧されている。そんなアリサを横目にライルも品を選び、つつがなく会計を済ませた。


「ライルさん。ティリアさんは、ウチのパンについて何か仰っていますか?」


 ドギマギしながら、ライルと歳の近い少女は訊いてくる。


「うん。ティリア様は、いつも美味しいって言いながら食べてるよ」

「そうなんですね! 嬉しいなぁ」


 しばらく少女の様子を見ていたライルは「それじゃあ」と言って退店した。


「ねぇねぇ貴女」

「はい?」


 まだ退店していないアリサは、少女に小声で耳打ちする。


「どうしてティリアちゃんの話を聞いて嬉しがってるの? ティリアちゃんは、貴女の恋のライバルでしょ?」


「そんな図々しい事思ってませんっ! 私じゃライルさんと釣り合いませんから!」

「へぇ。やる前から諦めちゃうんだ?」


「いいんです。あの2人は私の憧れですから。私だけじゃなくて、街の皆もこっそり応援してるんですよ」

「ふーん。随分と懐の深い恋なのね。私には分からないわ」


 アリサは他人の色恋に敏感な方だが、恋敵を応援するという感覚だけはよく分からなかった。


 △


「さあ、いただきましょうかティリア様。沢山ありますので遠慮しないでどうぞ」

「……」


 ティリアは唖然としている。テーブルの上に所狭しとパンが積まれているからだ。


「どうしたのティリアちゃん? 出来立てで美味しいよ?」


 アリサは「パンは飲み物だから」と言いながら、ヒョイヒョイと口に放り込んでいく。


「良い食べっぷりですねアリサさん」

「いつ何時、何が起こるか分からないからね。食べられる時に、食べられるだけ食べておくのが鉄則ってね」


 と言いながら、クリームパンに手を伸ばす。ライルは大きく頷き、ティリアへと目を向ける。


「どうですかティリア様? アリサさんもこう言ってる事ですし、いつもより少し多目に食べてみませんか?」

「え、ええ」


 ティリアはクロワッサンを手に取る。小さく千切って食べていくが、1つ完食したところで動きが止まった。


 一方アリサは、ハムハムと高速で口を動かしながら、瞬く間にパンを吸い込んで紅茶を飲んだ。


「もっと食べないと駄目よティリアちゃん。ティリアちゃんの魔力はライル君に流れてるんだからね。栄養足りなくて魔力不足になったら、ライル君が魔法を使えなくなっちゃうかもしれないわ」


 ライルはティリアを見つめる。


「ティリア様。美味しくなかったですか?」

「いいえ。とても美味しかったわ」


「パン屋の娘さんは『ティリア様が食べてくれて嬉しい』と言ってましたよ」

「あの子、すっごく喜んでたよねぇ」


 ライルは頷いた。


「ですので、あと1つだけ食べてみませんか? パン屋の娘さんも、きっと喜んでくれますよ?」


 するとティリアは、レーズンブレッドを小さくちぎって口に入れる。そうして時間は掛かったが、どうにか完食までこぎつけた。


「ティリアちゃんって小食ね」


 アリサは最後の飲み物(ドーナツ)を口に放り込んで飲み下すと、ティリアの顔を覗き込んだ。


「その……以前は、食べる時間があまり取れませんでしたから。身体が小食に慣れてしまったみたいです」


 時間に余裕がなかったのは、王太子妃教育が苛烈を極めていたからだ。


「あぁ分かる。食べたいのに食べられない時ってあるよね。私も雪山に3年放置された時は、食べる物がなくてひもじい思いしたんだぁ。食用になりそうな獲物は、逃げ足が超速で全然捕まえられなかったしねぇ。


 そうやって餓死状態にして生死の境を彷徨わせて、潜在能力を引き出すんだってさ。魔女の訓練って地獄でしょう? もうほんと、何度も死に掛けたからねマジで。あはは」


 とてつもない苦行だったはずだが、アリサには悲壮感が見られない。


「私は食べられなかった反動で凄く食べるようになったんだけど、ティリアちゃんは私と真逆の症状が出たみたいね」

「はい。そのようです」


 共感された事で、ティリアは心が軽くなったように感じた。

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