44話 魔女は相当の実力者
「やるわねぇ。ビックリしちゃったわ」
逃亡者は長い黒髪の女だった。
「貴女は誰ですか?」
「私は時渡りの魔女アリサ……って言われても、ライル君は知らないよねぇ」
敵意は感じられないが、ライルが警戒を解く事は無い。ライルの魔法を消した事から推察するに、アリサが相当の実力者であると分かるからだ。
「用事があって、君に会いに来たの」
「じゃあ、どうして逃げたんですか?」
「逃げたら私を追って来るでしょ? 君の力を知るには、その方が都合が良かったのよ。本気でやってもらわないと、実力なんて分かんないし」
カラカラと笑う。どうにも軽い雰囲気で、ライルは調子が狂ってしまう。
「俺の魔法を消してましたよね? あれが貴女の力なんですか?」
「んー。対消滅っていうの? それとも等価交換の方が理解しやすい?」
魔導超越者であるライルは、感覚的にだが既に理解している。
「魔法を使うと、その魔法は正のエネルギーを帯びてるんだけどね。位相をズラした別空間にも、同じだけの負のエネルギーが発生するの。私はその負のエネルギーをエイッて感じで取り出して、君の魔法にぶつけてたんだ。それでプラスマイナスゼロになって消滅してたって訳ね」
アリサはポイポイッと何かを投げる仕草で右手を動かしている。
「面倒だったから、途中で止めちゃったけどさ」
そうして「降参。私の負け」と言って、両手を上げた。
「俺の魔法が消えたのは、そういう図式だったんですね」
「ワオ! 魔導超越者は、今の説明でも分かっちゃうんだ? 君ってやっぱり凄いのね。いっそ魔女になっちゃいなよ。ああ、君は男だから無理か。でもその顔なら意外とアリかも? なんて言ってみたり?」
キャーキャー言いながら騒ぐアリサを見ながら、ライルは警戒を強める。ライルが《魔導超越者》である事実は、市井ではあまり広まっていない。
それでも知っているという事は、アリサがライルについて、調査や下調べをやってきたという現れでもある。
「俺に会いに来ただけの人が、どうして俺の天啓の事まで知っているんですか?」
「私は敵じゃないよライル君。味方だよ? 怪しい者だけど怪しくないからね? まずは話し合いをしよう? ね?」
完全に信用するわけにはいかないが、少なくとも悪人ではないとライルは判断した。
「では、これから家に向かいますので、付いて来てくれますか?」
「うん。よろぴく」
月夜の中を2人で走る。アリサも《身体能力強化》を使っているので、到着するのに時間は掛からなかった。
(魔女と言ったが、何を得意とする魔女なんだ?)
強力な魔力の持ち主なのは間違いない。真っ黒のローブを着た若い女性だが、魔法の実力や知識は、物語に出てくる普通の魔女よりも上だと思える。
(ティリア様にどう説明すればいいのか)
家の明かりは点いており、特に荒らされたような形跡はない。ティリアが大人しく家で待っていたので、ライルはホッとしたところだ。だが、
(どう説明したものか)
止めるティリアを振り切って出てきた上に、怪しい魔女も連れて来たからだ。ライルが少し思案していると、アリサが「ふーん」と言いながら、しゃがみ込んで建物に手を伸ばした。
そこは結界の核となっている場所だ。ライルとティリア以外の侵入を拒むように、結界の魔導構成式を組んでいる
「まあまあの結界ね。拙いながらも良く出来てるわ」
「拙いですか?」
結界としての強度は一級品だ。大陸の中央大神殿の神官も、大手ギルドの結界魔法士も、このレベルの結界を張れる人間は少ないだろう。
「この結界はライル君が組んだの?」
「はい」
「そうねぇ。魔導構成式をこんな感じにしたら、もっと良くなるよ」
アリサは「驚かないでね」と言って、指で印を切ってから結界に触れた。ギィンという音が鳴り、結界が眩くフラッシュする。
「あっ!」
「ね? 君なら分かるでしょ?」
アリサは悪戯が成功したような顔でライルを見た。アリサがやったのは、結界の内膜と外膜の間に一枚の薄い膜を張る事だ。これにより結界は3層構造となり、強度が劇的に増す。
「あとね、私も結界の中に入れるように式を書き換えたから」
「そんな事も可能なんですか? どうやって?」
「別位相から干渉したのよ。そういう悪さをされないように、結界には「本人以外書き換え不可」のロックも掛けとかないと駄目なんだけどね」
結界の書き換え防止についての記述など、どの魔導書にも記載されていない。結界を赤の他人が別位相から書き換えるなど、そもそも想定されていないからだ。
「ライル君は天才みたいだけど、その辺の知識はまだまだね。まあこれから頑張ればいいよ。うんうん」
励まされながら、ライルは家の扉を開けた。




