36話 祖国の訪問者(2)
気圧される一同を横目に、アリサの魔力は暴発寸前まで高まる。
「止めよ!」
国王の一喝で、アリサはどうにか気持ちを落ち着けていく。「ふぅ」と深呼吸をして、しばらくしてから話し出す。
「パンドラの箱は、瘴気の増加を感知して勝手に次元を渡るわ。そうして着いた世界で、瘴気をゆっくりと吸収してくれるのよ。
瘴気を放っておいたら、超強力な魔物が生まれて世界が滅んじゃうからね。世界を守ってくれるのがパンドラの箱ってわけ。
で、箱の守護者である私は、ゼレクの建国に力を貸してやる見返りに、箱を500年管理してもらう契約を結んだわ。
ただ、あのダメ男はサボる事にかけては天才的だったから、契約の穴を突いて色々余計な事をしてくれたみたいだけど」
憤る気持ちを抑えながら、アリサは説明を続ける。
「そしてゼレクの建国を見届けてから、私は『時渡りの魔女』として、500年前から現代にタイムリープしてきたの。
過去から未来には行けるけど、未来から過去には戻れない。一方通行ってわけね。だからゼレクの頭を張り倒しに戻る事も出来ないわ」
アリサはムスッとして腕を組む。
「でも箱は放置してるだけじゃ駄目でさ。500年経って最終段階になったら、溜まった瘴気を取り出さなきゃいけないの。そうしないと、満杯になった箱が暴発して世界が終わっちゃうから」
説明されても、誰一人として理解出来ていない。だがアリサは、口を挟もうとする者達を無視して喋る。
「箱を開けるにしろ、瘴気を取り出すにしろ、集めた瘴気を『ろ過』するにしろ、どれもライル君の力が必要になるの。
世界最強の人間は、世界から祝福されているから世界最強なのよ。その祝福された特別な力を使って、色々と作業をするわけね
そんな一番重要な役割をライル君が受け負ってたの。箱を開けるのは終わって、箱から瘴気を取り出すのも終わってる。でも集めた瘴気を『ろ過』するのは1年近く掛かるから、まだ作業途中だったのよ。
ここまではOK? ……じゃ、ないみたいね」
全く理解出来ていなさそうだったので、アリサは何度も何度も繰り返して同じ事を説明していった。
「じゃあ続けるわね。『箱の底に眠る希望の光』は、ライル君が貰える物よ。『お掃除終わらせてくれてありがとう。お礼に御褒美あげるね』って意図が込められてるの。
でもライル君は1度死んじゃってるから、集めた瘴気の『ろ過』が終わってない状態なんだよねぇ。死んじゃった時点で、瘴気は世界中に散っちゃっただろうし。最後の最後で、瘴気のお掃除に失敗したって事。
あはは。この世界、下手すると終わるよ?」
何となしに笑って言うが、その内容は世界の終末を予言させる重いものだ。アリサの目は全く笑っていない。
「眉唾物の話だな。そもそもライルのような無能者より、俺や父上の方が強い」
発言したのは、近衛騎士団の副団長であり、ライルの兄ザイル・グローツだ。
「ライル君が無能者? まあ、今はそう見えるかもね。生まれた時から力を吸い上げられてるんだから」
「何だと?」
「瘴気の融着力は半端ないからね。ライル君の特別な力を使って、箱の中で強力に融着した瘴気の剥離作業をやっているの。ライル君が生まれた時からね。あらかじめ瘴気を引っぺがしておかないと、箱を開けた時に瘴気が取り出せなくて困るでしょ?」
「困るとは何だ?」
ザイルが言った。
「瘴気を取り出せないと、いずれは箱が暴発するからよ」
アリサは「ゼレクのアホにはちゃんと教えたし、後世に伝えろって指示して血の契約まで結んでたんだけどね」と言って悔しそうな顔をした。
「そりゃあ膨大な力を取られ続けてたんだから、ライル君は弱くなるわよって話」
アリサの目は至って真剣だ。
「そもそもゼレクのアホが、変な風に解釈して後世に伝えてるからね。『最も強い者が箱を開けられる』のは間違ってないけど『最も強い者は箱に力を吸われているから弱い』のよ」
「弱いはずがあるまい。ライル・グローツは大陸覇者闘技会で優勝しておる。箱を開けた後は《剣技超越者》の天啓を失ってしまったようだがな」
国王が口を挟む。
「そんなの例外中の例外よ。ライル君……掃除屋は素質だけは世界最強だけど、箱から力を取られている間は一般人並みの力しかないんだから。だから『大陸覇者闘技会の優勝者が箱を開ける』ってやり方が、そもそも間違ってるんだって」
「では、どうするのが正解だったと?」
自分達がやってきた伝統を否定され、国王は顔をしかめる。
「誰彼構わず片っ端から箱を開けさせるのが、本来は正解だったのよ。『優勝者が箱を開ける』なんてやり方じゃ、絶対に開くはずないもの。まあ今回は、ライル君の異常な強さに救われた形ね」
そう言って一同を鋭い目で見た。
「箱を開けた時に黒い何かが出たのを見たでしょ? それがライル君の体内で『ろ過』されるはずだった瘴気よ。そのまま何事もなく1年くらい経てば、全工程終了だったんだけど」
アリサは咳払いをする。
「最も力を使う瘴気の『ろ過』をしている間だけは、如何なライル君といえども全ての力を失ったみたいだけどね」
するとザイルが、反論しようと口を開いた。




