34話 巨大な魔石
「で、リンドル。今回の遠征は何か収穫あったの?」
「ああ。こんなもんを見付けたんだぜ」
リンドルが何かを革袋から取り出して、カウンターの上に置いた。それは黒い宝石のような物だった。
「えっ? 何これ魔石? こんな大きいのをゲットするなんて、どんな大物仕留めたのよ」
ヴェイナーだけでなく、冒険者達も興味津々だ。魔石は魔物の体内で生成される物で、瘴気の塊でもある。
「ちげぇって。大型の魔物なんて仕留めてねぇよ。森で拾ったんだよ」
「珍しいわね。誰かが魔石を落としたの?」
「いいや。近くに人の足跡なんかなかったぜ。大体、人が通る場所なんかじゃなかったしよ」
「それってどういう事?」
「瘴気が自然に集まって、勝手に魔石になったんじゃねぇの?」
「そんな話聞いた事ないわ。ねぇ、アンタがそれ拾ったのって何時? 何処の話?」
「1ヶ月くらい前に南の国で拾ったかなぁ。あんまし覚えてねぇけど」
リンドルの答えを聞いて、ヴェイナーはライルに目を向ける。
「ライル。探索魔法とか使える?」
「使えるとは思いますが。やってみます」
目を瞑って試行錯誤をし、
「《探索》」
魔石に向かって魔法を使ってみた。だが、まるで靄が掛かったように何も見えなかった。
「すみません。魔法は成功したんですけど何も分かりませんでした」
「そう。魔法でも足跡を追えないなんて、なんかヤバそうな雰囲気ね」
ヴェイナーは嫌そうな顔をした後、
「こんな面倒な物を拾ってくんじゃないわよ!」
リンドルの頭を帳簿で叩いた。パァンと派手な音がする。
「ってぇな!」
ヴェイナーは抗議には構わず、トントンと指でカウンターを叩きながら何かを考え始めた。
「ゼンじい! ちょっといい?」
「何じゃい? おおっ! 帰ってきたんかリンドル」
「ちぃーっす。ゼンじい」
「これ見てよゼンじい。リンドルのアホが拾ってきたんだけどさ」
「ん? こりゃあデカい!」
「拾ったんだってさ。こいつ、拾い食いして腹壊すタイプよ絶対」
「そんなんで腹壊した事ねぇよ!」
(拾い食いはしたのかっ!?)
無言の総ツッコミが一斉に入った。何人かが「うわぁ」といった顔でリンドルを見つめる。
「ゼンじい。貴方に最重要任務を与えるわ。暴発でもしたら危険だから、この魔石を良い感じに処分してきて」
「何故ワシなんじゃっ!?」
声を上げると、ゼンじいはジト目でヴェイナーを見た。
「ヴェイナー。お前『危険だけど、老い先短いゼンじいなら別にいいか』とか思っとるんじゃないか?」
「そ、そんなわけないじゃない」
「どもりおったな貴様!」
「『前途有望な若者よりは』って思うのは仕方ないでしょ!」
「おのれ何という鬼畜の所業か!」
「ごめんってば――って、何ニヤニヤしてんだ! 元はアンタのせいだろが!」
帳簿フルスイングでパァンという音が響くと、リンドルはうずくまった。
「仕方ないわね。『リンドルの金で』スモークサーモンおごってあげる。だから何とかしてよゼンじい」
「ワシに任さんかい! 魔石なんぞチャチャッと処分してきてやるわ!」
リンドルは「何で俺の金で」とブツブツ言っていたが、その意見を聞いてくれる者はいなかった。
「どうやって処理するんですか?」
魔石を見ながらライルは聞いた。
「結界張って、その中で浄化の魔法を定期的に掛ける。丸1週間もあれば中和可能じゃろうな」
ゼンじいの説明を聞きながら、ライルは頭の中で魔導構成式を組み立ててみた。浄化完了までの最短の道筋を考え、印を切って魔法を唱える。
「《魔法混合創成》」
そして更なる魔法を発動させていく。
「《魔力障壁》《浄化》《圧縮》」
(くっ!)
魔力の重ね掛けにより血が滾る。しかしライルは冷静に、魔力を緻密にコントロールしていった。
拳大の結界が魔石を包み込み、高密度に凝縮された浄化の力が結界内に放たれる。すると魔石の穢れは祓われていき、黒ずみが晴れて徐々に透明になっていった。
『おおっ!』
周囲から感嘆の声が上がる。だが魔力の制御に集中しているライルには、その声は届かない。
「嘘だろ。古代魔法まで使えんのかよ」
それからは言葉も無く、リンドルは黙ってしまった。
「終わりました」
「お疲れさん。やっぱアンタ凄いわ」
「ヴェイナー。ワシは超やる気だったんじゃが?」
「約束は守るわ(リンドルが)。だから好きなだけ食べなさい(リンドルの金で)」
面倒事が片付いたヴェイナーは、晴れ晴れとした顔をした。
「一切の濁りがない透明色ね。見事な浄化だわ」
ヴェイナーは透明になった魔石を手に持って弄ぶ。するとリンドルが横から手を伸ばして魔石を掴んだ。
「ギルドの総括協会に報告してくるぜ。『強い瘴気の塊が発生してる』ってな」
「ええ。頼んだわね」
リンドルが出て行くのを見送った。




