30話 魔力が強過ぎる
ギルドの朝は早い。
早い者になると、日が昇る頃にはギルドへと入る。
『おはようございますヴェイナーさん』
ライルとティリアは、日の出の数時間後にギルドを訪れた。
「おはよう。二人とも」
ライルがティリアと共に足を運ぶようになって、1週間が経っていた。特に問題が起こる事も無く、ギルド内は平穏な日々が続いている。
「ティリア様。紅茶などいかがですか?」
「家で飲んできたでしょう?」
「そうですね。では菓子などは要りませんか?」
「朝食を摂ってから、そんなに時間経ってないよね?」
「そうでしたね。うっかりしておりました(トボケ顔)」
「アンタも過保護ねぇ(小声)」
呆れるように呟いたヴェイナーを見て、ライルは苦笑いを浮かべる。ティリアの食事量は多少増えたが、それでもまだ少ない。
どうにかしてもっと食べさせようとライルは孤軍奮闘しているが、余り上手くはいっていなかった。
「ヴェイナーさん。今日は、私のお仕事はありますか?」
「沢山あるけど、いっそギルマスやってみる? ティリアちゃんの仕事は正確で鬼のように早いから、ギルマスだってやれるわよ?」
「い、いえ。私に務まるものではありません」
タジタジとなって後退すると、すかさずライルが助け舟を出す。
「ヴェイナーさん。ティリア様にギルドマスターの職は務まらないかと思います」
「どうしてよ?」
「ティリア様では厄介者をあしらえませんから」
「ああ、それもそうね」
納得して引き下がるヴェイナーだった。ギルドマスターは海千山千の商売人を相手にする事もあれば、一癖も二癖もある冒険者と渡り合う事もある。
補佐的な役割はこなせても、ティリアにギルドマスターの仕事は荷が重いだろう。
「厄介な人間をあしらうどころか、ティリアちゃんは無害な人間もあしらえないからねぇ」
ティリアは仕事中だろうと、よく奥の部屋に強制連行されては女子トークに混ぜられている。同じく男性冒険者達からも絶大な人気があるが、ライルの視線(死線)を超えてまで近寄ろうとする男はいない。
ティリアに近寄ることが許されているのは、ティリアに恋愛感情を抱かない者だけだ。
「すまんがティリア。これもやってくれんか?」
ゼンじいが階段を降りて来る。
「はい。ゼン様」
「お待ちくださいティリア様」
ゼンじいがティリアに手渡そうとしていた書類を、ライルは横から取り上げる。
「ゼンさん。ティリア様にこういう頼み事をされると非常に困るのですが?」
ライルは笑って伝えるが、その目は全く笑っていない。
「見逃してくれライル! ティリアの予想は当たるんじゃ!」
「見逃せませんね。ティリア様をギャンブルに巻き込まないでください」
そう言って書類を無下に突き返す。ティリアはランダム要素を組み込んだ確率計算も得意だった。市中の者やゼンじいが予想するよりも、ずっと高い的中率を誇る。
「あのさぁゼンじい。ティリアちゃんにはギルドの仕事をやってもらってんだから、そっち方面に誘うの止めてくれる?」
「ちぃっ。煩い小娘めが!」
ヴェイナーの視線が鋭さを増す。
「そうだ。ちょうどゼンじいにやってもらいたい仕事がここに――」
「腹が痛い! すまんなヴェイナー。じゃあの!」
ゼンじいはどこへなりとも消えて行く。
「逃げ足だけは速いんだから」
ヴェイナーは舌打ちをして、依頼リストに目を通していく。
「ゼンさんに依頼しようとしたのは、どんな仕事なんですか?」
「ん? ライルが代わりにやる? ポーション素材に回復魔法を掛ける仕事なんだけどさ」
ヴェイナーは依頼書をヒラヒラと振る。
「依頼主から10万ゴルドが支払われるから、アンタの取り分は7万ゴルドになるけど」
「やります! 是非やらせてください!」
即答だった。ワイバーン討伐の報奨金やら素材の売却やらで大金が入ってきたが、その金はティリアと話し合った上で、ほぼ全額を孤児院へ寄付している。現状は、生活資金が少し心許なくなっていた。
「本当はもっと割の良い仕事もあるんだけどね。アンタが遠征嫌がるからしょうがないけど」
「申し訳ありません」
ティリアを残したまま街を出る事を、ライルが拒んでいるからだ。
「じゃあ、この毒薬草に回復魔法掛けてくれる?」
「はい。《回復》」
毒薬草の上に手をかざして魔法を唱えたが、毒薬草はボロボロになって崩れてしまった。
「何故だっ!?」
元は回復魔法の使い手だったティリアも「どうして?」と言って首を捻っている。何もおかしなところがなかったのに、ライルが失敗してしまったからだ。
「ゼンじい、ちょっと来て」
「何じゃい? 仕事以外なら何でもやるぞ」
ギルドの一員としてあるまじき発言だが、ヴェイナーはそれを聞き流す。
「腹が痛いのはもういいの?」
「んんっ!? いたたた! 急にまた腹が痛くなってきた!」
「仮病はいいからさ、ちょっとこれ見てよ」
カウンター上にある、ボロボロになった毒薬草を指し示す。
「ああ、こりゃあ魔法力が強過ぎじゃ。もっと抑えんといかんわ。見ておれ」
ゼンじいは束になった中から1枚の毒薬草を取り出すと、魔法を唱え始める。
「《回復》」
ライルがやった時とは違って、毒薬草は薄青く発光するようになった。
「成功じゃ」
「へぇ。やっぱり上手いわね。ライルにもコツを教えてあげてよ」
「そんなもん簡単じゃ。魔法力が強過ぎるなら手を抜けばいい。ワシとて先程の《回復》は『道具屋の飼い猫ミルフィーナは何匹の仔猫を産むのか?』との予想をしながら唱えたのだからな」
ゼンじいは胸を張って答える。ミルフィーナは出産間近の雌猫だ。
「また賭けてるの?」
「おうともよ! 借金で全ツッパが男のロマンじゃ。ミルフィーナは5匹の仔猫を産むじゃろう。間違いない」
ミルフィーナが元気な仔猫を4匹産んで、ゼンじいが燃え尽きるのはまた別の話だ。




