03話 大陸最強からの転落
和やかな雰囲気の中、フローレンス公爵とその娘ミリーナ・フローレンス公爵令嬢が現れた。
ライルの生家であるグローツ子爵家は、主家であるフローレンス公爵家の者を守護する使命を帯びている。
「ライル。優勝おめでとう。貴方の婚約者として嬉しく思いますわ」
「お褒めに預り光栄ですミリーナ様」
「まあ!」
と言って、ミリーナは驚いた表情で扇を広げる。
「嫌だわ。婚約者同士なのだから、もっと気楽に話してくれてよくってよ?」
「勿体ないお言葉です」
ライルは顔をしかめたくなる本心を微塵も見せず、胸に手を当てて騎士の礼をする。
ミリーナはライルを「無能者」と呼んで長年蔑んでいたが、ライルが剣技超越者の天啓を授かってからは、手のひらを返して婚約者の座に収まっていた。
「ライル。フローレンス公爵との話し合いで、お前の護衛任務がティリア様からミリーナ様へ変更になった」
「なっ!?」
父の言葉に絶句している。ライルが命を賭して守りたいのはティリアであって、婚約者のミリーナではないからだ。
目線で「一体どういう事か?」と訴えるが、グローツ子爵はどこ吹く風だった。
「父上、俺はティリア様の護衛騎士を務めております」
「しかし、お前の伴侶となるのはミリーナ様だ。であれば今後、お前はミリーナ様を護衛すべきだろう」
有無を言わさぬ父親の態度に、もはや言葉も出なかった。
貴族として生きる限りは当主の意向に逆らえない。それは分かっている。
分かっているが、到底納得出来るものではなかった。
「よろしくお願いいたしますわね。未来の旦那様」
「ミリーナ様……光栄の至りです」
ライルは全てを呑み込んで笑ってみせた。自分が頑なな態度を示せば、そのシワ寄せが「フローレンス公爵の先妻の娘」であるティリアに向かうのが容易に想像出来たからだ。
公爵家での立場が弱いティリアを、ミリーナの悪意から守る事。それが、己のやるべき事だとライルは即座に判断した。
(全てはティリア様の為)
それがライルの生きる意味であり、人生の全てだった。5歳で「天啓なし」との判断が下され「スキルを使えない無能者」と揶揄されていたライルが、尋常でない研鑽の末に天啓を授かれたのも、ティリアへの一途な想いがあればこそだ。
「お父様。せっかくですから、ライルの強さを披露してみては如何?」
計算高いミリーナは、上目遣いで訴える。祝賀会には、国内外から数多くの王侯貴族が訪れていたからだ。
この場でライルの腕前を披露し、婚約者としての優越感に浸りたいという思惑がミリーナからは見て取れる。
「ミリーナには敵わんな。どれ、陛下に進言するとしようか」
フローレンス公爵が使いを送って国王の許可を得ると、ライルの父親であるグローツ子爵は「誰ぞ我が息子に挑む者はおらぬか!」と言って挑戦者を募る。
「では僭越ながら私が」
名乗りを上げたのは、決勝戦でライルと戦った赤髪の騎士だった。
これから余興が始まると察した貴族達は、少しずつ会場中央から離れて空間を開けていく。
「今度は勝たせてもらう」
「よろしくお願いします」
刃を潰した剣が渡されると、双方が騎士の礼をして剣を構えた。茶番に長く付き合うつもりが無いライルは、迅速に終わらせるべく心を落ち着ける。だが、
(何だ? 夜会の雰囲気にでも酔ったのか?)
違和感を感じた。
「変だな……」
呟くと、審判役を買って出た騎士爵の男が、怪訝な視線を向けてくる。
(いや、身体に問題はないはずだ)
ライルは頭を振って、目の前の相手に集中した。
「始め!」
「「はぁっ!」」
裂帛の気合と同時に双方が踏み込んだ。
「パリイ! ――なっ!?」
甲高い金属音と共に1本の剣が弾き飛ばされる。
決勝戦とは真逆の結果となり、無手となったのはライルの方だった。
「ソードスキルが……発動しなかった?」
ライルは信じられないと言った顔で立ち尽くす。
まさかの敗北に、婚約者のミリーナは扇をへし折って震えている。
――パンドラの箱を開けた最強騎士の祝賀――
その開催名目に泥を塗る事態となり、終始和やかだった雰囲気は一変して剣呑なものとなった。
興が削がれた夜会は早々に閉会となる。
後日、王宮内の歴史編纂人から「パンドラの箱を開けた副作用ではないか?」との説明を受け、ライルは詳細に調べられた。
そしてライルは、ソードスキルが二度と使えない身体であると結論付けられる事となる。