29話 ギルドの方針(別視点)
ワイバーン謝肉祭の翌日の話です。
「おはようゼンじい。昨日はとんでもない日だったわね」
「まったくじゃ。ライルの奴がBランクに認定されるとはな」
ゼンじいは悔しそうに歯噛みする。
「SSSランクに賭けとったのに!」
「だから賭けは止めなさいって言ったでしょうが。そもそもライルがいくら強くても、SSSランク認定されるなんて無理に決まってるでしょ。魔神討伐したわけでもないんだからさ」
ギャンブラーのゼンじいは大穴に賭けていた。
「でもまあ、それはどうでもいいのよ」
「どうでもいいわけあるかい! わしゃスカンピンじゃぞ!」
「そんなのいつもの事でしょうが」
ヴェイナーの正論に、ゼンじいはグウの音も出ない。
「金貸してくれんかヴェイナー?」
「お断りよ。この前貸した20万だって、ワイバーン討伐のギャンブル資金にしてたじゃない」
「50倍になったじゃろうが! それの何が不満じゃ!」
「どうしてもって言うから生活費として20万貸したはずなのに、何故かギャンブルの種銭になっていたのが不満だけど?」
ヴェイナーのただならぬ雰囲気に、ゼンじいは恐れおののいた。しかしこれは日常の風景だ。ヴェイナーは、ゼンじいの無謀な賭け狂いには慣れている。
「ゼンじい。昨日の祭りだけど、最後のアレ見た?」
「魔法乱舞か?」
「そう。あれってライルがやったんでしょ?」
「じゃろうな。あんな芸当が出来る魔法使いなんぞライル以外におらん」
ライルは様々な魔法を使い、多彩な色や形を自在に表現してみせた。そうして夜空を埋め尽くす程の魔法を、絶え間なく放っている。
それによって街の至る所から歓声が上がり、祭りはかつてない程に盛り上がったようだ。
「今更だけど、とんでもない新人が入って来たもんよね。ウチのギルドも、今後の運営について色々考えなきゃいけないかもしれないわ」
今朝から急に増えた依頼リストの山を見ながら、ヴェイナーは難しい顔をする。
「やはり今まで通りとはいかんのか?」
「私は今まで通りにやっていきたいけどさ。ライルは大陸最高峰の冒険者も倒しちゃったしね。それに昨夜の魔法乱舞も、ライルの仕業だったのがすぐに広まるだろうし。そうなったらどうなると思う?」
ヴェイナーはゲンナリとして嫌そうな顔をする。
「面倒な依頼が殺到しそうじゃな」
「でしょう? 命の危険に関わる依頼も、かなりの数が来ると思うわ」
「国がらみの依頼もあるじゃろうし、ライルも無下には断れんじゃろうな」
ヴェイナーは「そうよねぇ」と言って、何とはなしに窓の外を見る。
「ライルに危険な依頼がきたって知ったら、ティリアちゃんは泣いてライルを引き止めるかもしれないしさ」
「さすれば、ライルはギルドを抜けてティリアを選ぶじゃろうな」
「だよねぇ」
コーヒーを一気に飲んで、ヴェイナーは「うーん」と唸った。こういう時のヴェイナーは、ギルドマスターとしての顔付きをしている。
「もしライルがギルドを抜けたら、私はどうすればいいと思う?」
「どうもならんな。目の前の依頼を粛々とこなしていくしかなかろう。まあライルが抜けようと、ウチは潰れたりせん。どーんと構えとかんかい」
「それって楽観主義? いいのそれで?」
「良いも悪いもあるかい。今まで散々楽観主義でやってきたじゃろうが」
「それもそうね。ちょっと前のお気楽ギルドに戻るだけか」
「弱小のウチは依頼料の安さが売りじゃ。仕事は途絶えんから安心せい」
今はワイバーンの繁殖時期という事もあり、冒険者達がこの街に大挙して押し掛けていた。そんな冒険者過多状況にも関わらず、この《鷹の眼》ギルドには多くの仕事が舞い込んできている。
「これからどういう仕事をやってもらうのが良いと思う? ライルが最高峰の冒険者だとすると、どれを割り振るか悩むんだよねぇ。本人は『お手軽な仕事をやりたい』みたいに言ってたけど。ギルドメンバーの手前、実績上げたライルに簡単な仕事なんてさせられないからさぁ」
「いっそ魔竜討伐でもやらせるか?」
「それは初っ端から飛ばし過ぎじゃない?」
「あの男は初っ端からワイバーンの群れを殲滅しとるが?」
昨日の鮮烈な光景が、二人の脳裏で再生される。
「末恐ろしいわね。まだ18歳なのにさ」
「どれ程の冒険者になるか皆目見当がつかんな」
「どういう冒険者になるか賭けてみる?」
「乗った!」
「嘘よ。そんな賭けなんてやるわけないでしょ馬鹿ね」
「くっ! 期待させおって!」
ゼンじいは地団太を踏む。そうして呑気に過ごすヴェイナーとゼンじいだった。




