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19話 天井に張り付く魔物

「ティリア様。ただいま戻りました」

「お帰りなさい」


 ティリアが出迎えてくれるだけで、ライルは今の生活が満ち足りたものだと実感する。


「ねえライル。街で何かあったの?」

「ティリア様。まさか外出されたのですか?」


「ううん。街の様子を2階の窓から見ていたのよ」

「そうですか。安心しました」


 ライルはほっとして息を吐く。


「実はワイバーンが襲来したんです」

「ワイバーン!? ドラゴン種の?」


「はい」

「怪我とかしなかった?」


「俺は1km程先に向かって遠距離魔法を撃っただけなので、負傷したりはしませんでした」

「そう。それなら良かった……あれ?」


 と言って小首を傾げると、ティリアは怪訝な顔を見せる。


「そんなに遠くに魔法を撃っても届かないでしょ? ライルが使える魔法って、小さい《火球(ファイヤーボール)》よね?」


「あ、いえ。ティリア様には報告しておりませんでしたが、俺は新しい天啓を授かっていたんですよ。魔導超越者(マジックマスター)というらしいのですが」


「新しい天啓って、また授かったの?」

「はい」


 10歳で授かった剣技超越者(ソードマスター)の天啓は失ってしまったが、今のライルは魔導超越者(マジックマスター)の天啓を授かっている。


「魔法を自由に使えるんです。ワイバーンの群れも簡単に倒せたんですよ」

「ワイバーンを倒せるなんて、ライルは凄いのね」


 ライルは少し誇らし気にしているが、ティリアは再度小首を傾げる。


「あれ? もしかして『ワイバーンの群れを倒せた』って言ったの? 私の聞き間違いかな?」


「間違っておりませんよ。俺は全てのワイバーンを纏めて倒しましたから。それがどうかされましたか?」

「だってワイバーンよ? 1体倒すだけでも大変でしょ?」


 祖国で王太子妃教育を受けていたティリアは、魔物がもたらす被害にも詳しい。だからこそワイバーンの討伐難易度についても知っている。


「そんなに難しくはありませんでしたよ。1回の魔法で全て仕留められたので、疲れもありませんし」


「ちょ、ちょっと待って。ワイバーンの群れなのよね? 沢山いたんでしょ? どうして魔法1回で終わっちゃうの?」


「千体程いましたので、一撃で仕留められるように魔法をアレンジしたんです。ざっくり言うと、魔法効果を重ね掛けして詰め込んだのですが」


 こともなげに言うライルを見つめながら、ティリアはしばらく絶句していた。


「す、凄いのねライルって」

「多くの方から称賛の声を頂きました。ですのでティリア様、ありがとうございました」


 ライルは深々と頭を下げる。


「褒められたのはライルでしょ? どうして私がお礼を言われるの?」

「俺が称賛されるのは、ティリア様が俺の傍にいてくれたからです」


「私が?」

「過去に剣技超越者(ソードマスター)の天啓を授かれたのは、ティリア様の護衛騎士として修練を積んだ結果ですし、魔導超越者(マジックマスター)の天啓を授かれたのは、ティリア様が俺の命を救ってくれたからです」


 ティリアはライルの言葉に耳を傾けている。


「ティリア様がいなければ、俺は天啓など何一つ授かれませんでした。それどころか生きてすらおりません。今の俺があるのは、蘇生魔法でティリア様の膨大な魔力と魔法の素養を頂戴したから……いいえ、奪い取ったからですし」

「……ライル」


「ですがティリア様が力を失う代償として、俺は魔導超越者(マジックマスター)の力を得られました。ですので俺が称賛されるのであれば、それはティリア様が称賛されているのと同じ事です。とはいえ聖女の如き心を持つティリア様は、謙遜なさるのかもしれませんが」


「そ、そういう事を真顔で言わないで。恥ずかしいでしょ」

「それは申し訳ございませんでした」


 二人は静かに笑い合った。


「ワイバーン討伐に関して褒賞金を頂けるようですが、ティリア様は何か欲しい物はございませんか?」

「特にないわ」


「ドレスや宝石等はいかがです?」

「要らないかな。お茶会も夜会もないのだし、持っていても使う機会がないもの」

「そうですか」


 ティリアに着飾ってほしいライルは内心残念だったが、表情には出さなかった。


「ライルこそ何か買いたい物はないの? もっと良い服が欲しくなったりしない?」

「不要です」


 美男のライルは、ただでさえ声を掛けられる機会が多いからだ。煩わしさを自ら増やそうなどとは、露ほども思わなかった。


「ティリア様。そろそろ昼食にしませんか?」


 いついかなる状況においても、ティリアの生活を支える事を念頭に置いてきた為、ライルの料理の腕はそこそこ高い。


「あのねライル。私、今日は料理に挑戦してみたの」

「ティリア様が料理をされたのですか?」

「……うん。ライルに食べてもらいたくて」


(俺の為の料理!)


 多忙を極める貴族令嬢だったティリアは、生まれてこの方料理をした事がない。ライルもそれは知っていた。


 初の手料理では味の期待など出来ないが、ライルにとっては些細な事でしかなかった。重要なのは、ティリアがライルの為に作ったという事実だ。


「では遠慮なく頂きます」

「それはちょっと難しいかな。食べられそうにないし」

「何故でしょうか? 俺は味など気にしませんが?」


 ライルの目は若干ギラついている。


「あれなの」


 ティリアはスッと指を天井に向ける。

 そこには天井に張り付いている黒い物体があった。


「なっ!? ティリア様お下がりください! アメーバ種の魔物です!」


 ライルは急いでティリアを背中に庇う。


「粘液を吐いてくるかもしれません。迅速に凍らせますので、しばしお待ちを」

「違うのライル! 魔物じゃないの!」


「何を言っているのですか? あの邪悪なフォルムは、どこからどう見ても魔物ではないですか」


 ライルは魔物から目線を逸らさず、ティリアとの会話を続ける。魔物はドス黒い色と禍々しき形状をした新種だった。


「パウンドケーキなの」

「はい?」

「だから、あれは私が作ったパウンドケーキなの」


 意味が分からなかった。パウンドケーキであればキツネ色になるはずで、ドス黒くなどならないはずだからだ。


 ましてやティリアがパウンドケーキと言い張るそれは、歪な形をしてアメーバのように天井に張り付き、ポタリポタリと何かを滴らせている。


(そもそもなぜ天井に張り付いているんだ!?)


 しかしそこは百戦錬磨のライルだ。素早く頭を切り替えて迅速に動く。


「では、いただきます」


 と言って天井のドス黒アメーバを食べようとしたが、ティリアに叱られて泣く泣く諦める事となった。

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― 新着の感想 ―
[一言] …ティリアはダークマター製造機だったか… ん?取り柄はなんだ?(笑)
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