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18話 はじめよう家庭の魔法

 ワイバーンの群れは全滅した。


「やったなぁオイ!」

「信じらんねぇ奴だ!」


 口々に賞賛の言葉を浴びせられ、ライルはもみくちゃにされている。


「どえらい事やってくれちゃったわねぇ」


 ギルドメンバー達から称えられるライルを、ヴェイナーは少し離れた場所から眺めていた。


黄昏(たそがれ)るとは珍しいなヴェイナー。昔の事でも思い出しとったんか?」

「まあ、そんなところよ」


 ヴェイナーは肩を竦めた。何でもない風を装ってから、ギルドメンバー達に向かって大きく声を張り上げる。


「いつまでもボサッとしてないで、ワイバーンを持ってきな! 速いもの勝ちの競争なんだよ!」


「おっと。そうだったな」

「獲物を分捕りにいくぞ!」

『おおおおおお!』


 ワイバーンは素材として優秀だ。強靭な鱗は盾や鎧に加工され、爪や牙は魔法薬の材料にもなる。


「明日の肉祭りは、えらい事になりそうだぜ」

「千体とかシャレになんねー量だからな。冷凍魔法使える奴は、過労で倒れるんじゃねーの?」


 冒険者達は撃ち落とされたワイバーンを手に入れようと、次々に街の外へと繰り出して行く。


「じゃあヴェイナーさん。俺も行ってきます」

「いや。アンタは休んどきな」

「いいんですか?」


「いいに決まってる。というより、立役者にそんな事させたら、あたしが非難されそうだからね」


 ゼンじいは「うむ」と言って同意すると、ライルに笑顔を向けてきた。


「お前さんには、良い思いをさせてもろうたわ」

「俺が何かやったんですか?」


 ライルの問いにはヴェイナーが答える。


「ゼンじいは『ウチがワイバーン討伐の最優秀ギルドに選ばれる』って予想して全財産賭けてたの」


「賭けてたんですか!?」

「おうともさ!」


 ゼンじいは懐から1枚の札を取り出した。


「大金の賭け札なんでしょ? いくらになるの?」

「ざっと50倍になる。1000万ゴルドじゃな」

「ふーん。じゃあそれ、あたしが貰っとくから」


 ゼンじいからヒョイっと取り上げた。


「何をするか!?」

「宿代のツケ300万、食事代のツケ150万、飲み代のツケ50万。金貸しが『金返せ!』って押し掛けてきた事もあったわね。それの立て替え返済分が100万」


 ヴェイナーは笑っていない笑顔で金額を告げていく。


「で、この前あたしが個人的に『生活費として』20万貸したよね? その20万を賭けに使ってたんじゃないの?」


 ゼンじいは「うぐっ」と言って声に詰まる。


「ざっと620万よ。端数は丸めてあげてるし利子も取ってないから、逆に感謝されてもいいくらいね」


「だとしても380万はワシのもんじゃろが!」

「先払いとして受け取っておくわ。どうせまた金欠になるんだし」


 ヴェイナーは賭け札をヒラヒラと振った。


「全額取られたら何も賭けられんじゃろが!」

「小遣いが欲しいなら働きなさいな。宿代も飲食代も2年分は先払いしたようなもんなんだから、金なんてすぐ貯まるって」


「簡単に言うなよ小娘が! 金なんぞ貯まるかい!」

「ん? 何か文句でもあんの? ポーション素材にヒール掛ける仕事を取ってきてもいいんだけど? 差し当たって1年くらいやる? 金なんて使う暇なくなるから、ギャンブル資金なんてあっという間に貯まると思うけど?」


 ゼンじいはギリリと歯を食いしばるが、ヴェイナーには逆らえなかった。


「何たる仕打ちか! この鬼のギルドマスターが!」

「どこが? こんなに善良なギルマス、他にいないっての」


 ヴェイナーは賭け札を仕舞うと、ライルの方を振り向いた。


「それよりさ、アンタのランクがどうなるのか楽しみね」

「ランクは、どうやって決まるんですか?」


「特定のモンスターを倒して、その首持って冒険者総括協会で申請するのさ。まあアンタの場合は目撃者多数で証明の必要もないから、あたしが代わりに申請しとくわ」


 ランクの認定方法は国によって違う。国が違えば、同ランクの冒険者同士でも強さにかなりのバラつきがある。


「でも、この時期のワイバーン討伐は1ランク下の実績扱いになるからね」

「そうなんですか?」


「産卵優先のワイバーンは基本的に攻撃してこないからさ。だからアンタは、規定通りならBランクの冒険者に認定されるわね」


 ライルの冒険者ランクは、Bランク以上が確定した事になる。


「でも一度に千体倒した冒険者なんて見た事ないからさ。その辺を冒険者総括協会がどう判断するかにかかってるんだけど、今から楽しみだわ」


「ほんに楽しみじゃ」

「ゼンじい。まさかライルの認定結果を賭けの対象にするつもりじゃないでしょうね? って、その顔は図星か。引き弱なんだから一旦止めときなさい」


「邪魔するでない!」

「ああ、ハイハイ」


 言っても無駄だと悟ったヴェイナーは話を切り上げる。


「それにしても驚いたわ。やっぱり魔導超越者(マジックマスター)って凄いのね」

「そもそも魔法をどうやって覚えた? あのレベルの魔法を記載しとる魔導書なんぞ、市場には出回っとらんはずだが?」


 高度な魔法が掲載されている魔導書は、悪用を防ぐ為に禁書として秘匿されている場合が多い。そして仮に目にする機会があろうと、魔導構成式の難易度が高過ぎて理解するのも困難だ。


「魔導書ですか? これを参考にしましたが」

「「はぁっ!?」」


 ライルがカバンから取り出したのは「はじめよう家庭の魔法」という、一般普及している入門書だった。


「そんなんで、どうやったらワイバーンを撃ち落とせんのよ!?」

「この本の記述を参考にしながら、内容を掘り下げて魔法を創ってみたんです」

「「はぁっ!?」」


 ヴェイナーとゼンじいは、呆気に取られて何も言葉が出てこない。


「魔法の説明文を見ると魔導構成式が頭に浮かんできますから、応用して別の魔法の魔導構成式を組み立てるんです。それを何度も繰り返していきました」


「つまり『はじめよう家庭の魔法』に載ってない魔法を、自力で創っていったってわけ?」

「はい」


 するとゼンじいは唸る。


「ライルが使ったのは、おそらくは失われし古代魔法じゃ」

「そうなんですか?」


「うむ。しかしなぁ……高度な魔導書を長年研究していたならまだしも、こんな初級本を読んだだけで、古代魔法を再現してみせるとは。恐るべき才能じゃな」

「ほんとね」


 ヴェイナーはライルの様子を伺う。


「ライル。今日はもう帰っていいわ。ワイバーンの回収には半日以上掛かるしさ。あんな大魔法使ったんだから疲れてるでしょ?」

「いえ。疲れてませんよ。まだまだやれそうです」


 ゼンじいは「とんでもない奴がギルドに入ってきた」と言って衝撃を受けている。


「いいから、さっさと帰ってティリアちゃんを安心させてやりなさい」


 ライルはヴェイナーの言葉に甘えて、帰宅の途につく。

 ティリアは、ライルの顔を見るなり満面の笑顔となって出迎えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ。なるほど。 ヴェイナーが正しいわ。 ゼンじいはすぐ使っちゃいそうだもんね(笑) そもそもツケがあんなにもあったんだな…(笑)
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