15話 禍々しき姿のオーガの刺繍
有望なギルドメンバーを獲得したヴェイナーは、ホクホク顔で帰って行った。
「ライルのお仕事が決まって良かったわ」
「これからは冒険者として、粉骨砕身の気持ちで臨む所存です」
「頑張って」
「はい。頑張ります」
「じゃあ次は、私がお仕事を見つける番ね」
するとライルは渋い顔をする。
「その件は一旦取り止めにして、ティリア様は家の守りに専念していただけないでしょうか?」
「家の守り? この家を私が守るの?」
「そうです」
「でも、それだと生活が苦しくなるでしょう?」
「確かに、それは否定出来ません。1人よりも2人で働く方が、豊かな生活を送れますから」
「そうよね?」
「しかし、収入が増えるだけでは不十分です。家人不在時、盗賊に家を荒らされれば、大きな痛手となります。不審火で家が燃えてしまえば、全ての努力は無に帰すでしょう。いくら収入を増やそうとも、そういった危険は常に伴うのです。ですから――」
ライルは熱弁を振るう。
「資産をマイナスにしない為にも、家を守る必要があるのです。ティリア様もそう思われますよね?」
「そ、そうね」
ティリアはライルの勢いに押されている。
「家を守るというのは、それ程に重要なのです。ですのでティリア様――」
ライルは頭を下げた。
「どうか、この家を守っていただけないでしょうか?」
「分かったわライル。私がこの家を守ってみせる。だから安心して」
「ありがとうございます」
笑顔で礼を述べたが、乗せられやすいティリアの性格に一抹の不安を感じるライルであった。
「でも働く女性は沢山いるのよ? ここに来るまでの旅で数多く目にしたもの」
「人の考えは十人十色ですからね。俺の場合は、ティリア様が家にいてくれる方が安心出来ます」
「そうなの?」
「年頃の御息女がいる家では、それが一般的な考えです」
ライルは真剣な顔を見せる。
「ティリア様が市井に働きに出られると、飢えた男が山のように群がってくるでしょう。見知らぬ者からの釣書が山のように届けられ、求婚される日々が際限なく続きます」
ティリアは首を傾げる。
「フローレンスにいた頃は、全然そんな事なかったわ」
「裏でどれだけの者が動いていたか……」
王家の影と連携して男の突撃を防ぐ事もあれば、長時間に渡って男を説得(物理含む)した事もある。ティリアに一切気付かれなかったのは、当時の努力の賜物だった。
「しかしティリア様が家にいてくださるとの事で、俺は安心しました」
「ライルがそう言うなら、きっとそれが正しいのでしょう?」
「はい。ご理解頂けて幸いです」
言いくるめに成功してライルは喜んだ。
「それでねライル。全然別の話になるんだけど」
ティリアは1枚のハンカチを手渡してきた。
「これは?」
「今日は時間があったから刺繍してみたの。今までは王太子妃教育が忙しくて、刺繍なんて出来なかったから。ちょっとやってみようかなって思って」
「俺が頂いてもよろしいのですか?」
「うん。受け取ってもらえたら嬉しい」
「一生大事にします」
ハンカチを広げると、ライルは喜色満面でそれを眺めた。
「潰れた鼻に鋭い乱杭歯。禍々しき姿のオーガですね。騎士の格言で『オーガを倒せて一人前』というのがありますが、この刺繍はそれを思い出させてくれます」
ライルは言いながら頷いた。
「『騎士としての初心を忘れぬように』とのティリア様の御心遣いが、オーガの顔から伝わってくるようです。このような素晴らしき物を頂けるとは、本当に護衛冥利に尽きます」
ライルは片膝を突いた。
「今の俺は騎士ではありませんが、これからも全身全霊を掛けて精進していく所存です。例え100体のオーガが相手であろうとも、この命尽きるまでティリア様を守り抜くと誓います」
「あのねライル。その刺繍はオーガじゃなくて獅子なの」
「はい?」
再度ハンカチに目をやるが、どう見てもオーガだった。
これを獅子だと言い張れるのはティリアだけだ。
そもそも獅子として見るには色々とアレな出来栄えである。
「独創性に富む前衛芸術なのですね。俺は芸術には疎いのですが、何となくそれっぽい獅子に見えてきました」
「前衛的ではなく、普遍的なつもりで縫ったのよ?」
「なるほど」
数秒の無言の時が流れる。
「このオー……獅子は可愛らしい目をしていますね。愛嬌があって大変気に入りました」
「雄々しくしたつもりだったんだけどね?」
褒めれば褒める程に、何故か微妙な雰囲気になっていく。
(俺は何を間違えたんだ!?)
ライルの背中を冷汗が流れる。
だがライルには、これ以上どうすれいいのか分からない。なので何も考えずに本音で話す事にした。
「手縫い物を贈られるのは男の誉れです。刺繍されたのがオーガであれ獅子であれ、そこに大した差はありません」
「本当?」
「俺の言葉に嘘偽りはありません。先に言いました通り、肌身離さず一生大事に使わせていただきます」
誠心誠意の言葉で、ライルはこの難局を乗り切った。