14話 エース宅への家庭訪問
「ヴェイナーさん。わざわざウチを訪問していただかなくても結構ですよ? ギルドには明日、俺の方から伺いますから」
冒険者になりたい旨を、まずはティリアに伝えるつもりだった。ティリアの許可を得てから、ライルは冒険者の本登録をしてもらおうと思っている。
「そういう訳にはいかないっての。アンタの上役とも話つけとかないと、後から『話が違う!』なんてゴネられても面倒だし」
それ以外にも「絶対に逃がさない為には、徹底調査による情報収集が必要」との思惑が、ヴェイナーにはある。
「女性と一緒に住んでるんでしょ?」
「はい。昨日からですが」
「へぇ」
「ティリア様は市井に疎い御方ですから。どうかご注意ください」
「注意するって何を? 挨拶して仕事の話をするだけよ? 何も問題ないでしょ?」
「そうですが、例えば家のドアの開け方を間違えると、ティリア様がナイフ片手に刺突を放ってくるかもしれませんので」
「どうしてよっ!?」
「俺が『市井とはそういうものです』と教えました」
「馬鹿じゃないのアンタ!?」
ヴェイナーは「コイツをギルドに所属させるのは間違いかもしれない」と内心で思ってしまった。
しばらく歩くと、目的の家が見えてくる。
「ここです」
「なかなかお洒落ね」
「すみませんヴェイナーさん。少々お待ちください」
玄関に近寄ろうとしていたヴェイナーを呼び止める。
「騒がしくなりますが、手出し無用でお願いします」
「ん? 分かったわ」
ヴェイナーが引き下がると、ライルはコンコンとドアをノックする。
待っていると室内で足音がした。
するとライルは力強くドアを叩き始める。10秒程度続けてから一気にドアを開けると、そこにはティリアが不安気な顔で佇んでいた。
ティリアの手にはナイフが握られていたが、何をするでもなく震えている。
「申し訳ございませんティリア様。市井に潜む危険を知ってもらう為、不敬ではありましたがテストをさせていただきました。どうかお許しください」
涙目になっているティリアは、ナイフを棚の上に置いた。
「許すわ。そんな風に言われてしまったら怒れないもの」
涙を堪えてニコリと微笑む。
「可愛ぃいいいいいいいいい!」
ヴェイナーは室内に飛び込んでティリアを強く抱き締めた。
「えっ? えっ?」
突然の事にティリアは目を白黒させている。
「健気だわぁ」
「ヴェイナーさん落ち着いてください! 貴女はティリア様と知り合いですらないんですよ!」
「あたしはギルマスやってるヴェイナーよ。ティリアちゃん」
「おざなりな自己紹介ですね! とりあえず離れてください!」
ライルはヴェイナーを引き剥がそうと四苦八苦するが、なかなか上手くはいかない状況だった。
「この子ウチに連れて帰ってもいい?」
「駄目ですよ! 俺の主君なんですよ!」
「代わりにゼンじいあげるから」
「要りませんよそんなの!」
「あたしだって要らないわよ!」
割と酷い言い草だった。
不毛なやり取りを続け、ようやく落ち着いた頃にはライルもティリアもぐったりとしていた。
「どうぞ」
ティリアは3人分の紅茶をテーブルに並べた。
「ありがとう。いただくわ」
紅茶に口をつけたヴェイナーは、苦過ぎて思わず吹き出しそうになる。ティリアも一口飲んだだけで渋い顔をした。
ティリアは長らく貴族令嬢として過ごしてきたが、紅茶を淹れられる事はあっても淹れた事はない。
「ティリア様。市井では砂糖を入れて飲むのも流行っているんですよ」
「そうなの?」
「はい。すぐにお持ちしましょう」
そうして席を立って砂糖を持ってきたが、ライルだけは砂糖を入れずに何食わぬ顔で紅茶を飲み始める。
「美味しいですね」
「ええ。甘くて美味しいわ」
(ティリア様が淹れる紅茶は何だって美味しいですが)
嘘偽りのないライルの本心だ。
「さっそく本題に入るけど、ライルにはウチのギルドに所属してもらおうと思ってるの」
ヴェイナーは「これね」と言って契約書を提示する。ギルド経由で請けた仕事は、報酬の3割がギルドの取り分になるとの契約内容だった。
「良い条件だと思うのですが、どうでしょうかティリア様?」
「ライル。貴方と私の間に主従関係はないわ。だから貴方が好きに決めていいのよ?」
「……」
ライルが悲し気にしていると、ティリアは慌てて契約書に目を通す。
「で、でも私も共同生活者として、契約内容の確認をさせてもらうわね。2人で確認した方が間違いがないはずだから」
「お気遣いありがとうございます」
ヴェイナーは2人の様子をニマニマと眺めていた。やがて契約書の確認が終わると、契約の細部についての説明が始まる。
「――で、ギルド以外の仕事も自由にやってもらって構わないし、その場合はギルドに金銭を納める必要もないわ。ただし、他のギルドから仕事を請け負うのはやめて。それは業界の御法度になるからさ」
ライルはティリアと相談した上で、このギルドに所属すると決めた。
「ヴェイナーさん。これからよろしくお願いします」
「よろしくね。じゃあ契約書に手を置いて。本登録するから」
促されるままに、ライルは契約書の上に手を乗せる。
「ライルを我がギルド《鷹の眼》の一員とする!」
紫の光が契約書から発せられると、数秒後に光が収まる。
「これで契約は成されたわ。ギルドマスターとして貴方を歓迎します」
こうしてライルはギルドの一員として活動していく事となった。