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12話 ライルの魔力測定。ティリアの留守番

 冒険者ギルドは登録者数に応じて徴税される。それ故に、弱くて稼げない冒険者は登録を断られるのが常だ。


「新米冒険者なんて、ギルドに入ってパーティー組まなきゃ簡単に死んじゃうしさ。だから今の『初心者お断り』って、大手ギルドのやり方は間違ってんのよ」


 女は「そう思わない?」と言ってライルに同意を求めるが、業界に詳しくないライルは答えに窮して曖昧に笑った。


「では弱くて申し訳ないですが、よければ登録させてください」

「そうこなくっちゃ。これで今期の登録ノルマ達成っと」


 女はニンマリと笑った。


「よろしくライル。あたしはヴェイナーよ」

「よろしくお願いしますヴェイナーさん」


 ヴェイナーは上機嫌で立ち上がると、ライルを屋外に連れ出した。


「打撃測定と魔力測定があるけど、どっちをやってみる? 難易度的には変わらないけど」


「打……魔力測定でお願いします」

「OK。分かったわ」


 騎士として転落してしまったライルは、打撃測定を避けて魔力測定を選択した。


「測定が終わったら本登録の説明するから」

「はい」


「あそこを見て。空に浮いてる金属の的があるでしょ?」

「はい。ありますね」


 10m程上空に、1m四方程の何かが浮遊していた。魔力測定用の共通原器らしい。


「なんでもいいから、あれに適当な魔法をブッ放してよ。どんなに微弱な魔法でも、的に当たりさえすれば最低値は超えるようになってるからさ。簡単でしょ?」


 なんでもいいと言われても、ライルはチャチな《火球(ファイヤーボール)》の魔法しか使えない。


「どうしたの? もしかして、あいつ等の目が気になる?」


 室内にいるギルドメンバー達は、興味津々でライルの様子を見ていた。


「俺が情けない魔法を使った事が広まると、ティリア様の名誉を傷付けてしまいそうで」


 するとヴェイナーは、腰に手を当ててライルを見据えた。


「アンタが仕える人は、アンタの失敗を笑うの?」

「そんな事はありません!」


 声を大にして否定する。


「じゃあ周りの目なんてどうでもいいでしょ。気にせずサクッとやりなさい」

「そう……ですね」


 ライルは吹っ切れた顔で、的の方へと向き直る。


(ティリア様の護衛として、醜態を晒すわけにはいかない!)


 ライルは詠唱を終え、全力で魔法を発動した。


「《火球(ファイヤーボール)!》」


 ライルの体内で、滾る何かが一気に爆発する。それは狂ったように行き場を求め、手のひらから勢いよく放たれた。


「くっ!」


 その反発力で、ライルは後方に弾き飛ばされる。的に向かって行ったのは、伝説の魔法使いもかくやという巨大な火球だ。そして上方でジュワッという音がすると、空中の的は跡形もなく消滅していた。


「嘘……でしょ」


 空を見上げてヴェイナーは呟いた。


 △


 ライルが魔力測定器を消滅させた頃、ティリアは家の掃除をやっていた。窓を開けてハタキでパタパタと埃を落とし、箒でササッと掃いていく。仕上げに軽く布拭きをすると、部屋の中を見回した。


「このくらいでいいかな?」


 掃除はすぐに終わってしまった。ライルの友人であるアーバンが、入居前清掃を行っていたからだ。その為、部屋はあまり汚れていなかった。


「掃除は終わったし、料理はライルが帰ってきてから作る約束だし……」


 平民になる事が決まってからは、ティリアは侍女の仕事を積極的に見学していた。身支度や掃除は勿論の事、料理についてもある程度の知見がある。


「他に何をしたらいいの?」


 時間が有り過ぎて困惑してしまう。王太子妃教育を受けていた頃は、寝る時間を削っていた。公爵家からの廃籍が決まってからは、平民として生きて行く準備に追われていた。


 しかし今は、それとは真逆で時間が余っている状態だ。


(刺繍をやってみようかしら)


 貴族令嬢の嗜みとして、ティリアも刺繍を行う事があった。経験豊富で、縫う速さはかなりのものだ。


 思い立ったティリアは自室へと向かい、トランクの中から裁縫道具とハンカチを取り出した。


 椅子に座ってから刺繍枠を手に取ると、無地のハンカチを刺繍枠へと固定する。


(ライルは喜んでくれるかしら?)


 ふと思ったが、それは杞憂だとティリアは知っている。ライルが喜ばなかった事など一度たりともないからだ。


 むしろ、ちょっとした物を贈っても「家宝にする」「俺が死んだら一緒に墓に入れてもらいます」などと言われて、ティリアが焦ってしまうのが常だった。


「何を刺繍しようかしら?」


 しばらく悩んでモチーフが決まった。


「ライルは護衛騎士だもの。騎士様に相応しい物がいいわね」


 平民となったライルは既に騎士ではないが、ティリアにとっては些末な問題だ。


「ふふっ」


 受け取る時のライルの顔を想像すると、自然と笑顔になってしまう。ティリアは「いけないわ」と言って、頬をペチペチと叩いた。


「私も頑張らないとね」


 針に糸を通すと、一針一針心を込めてハンカチに刺繍をしていく。出来上がった刺繍入りのハンカチは、ティリアが満足する会心の出来だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ライルの魔力が…上がってる…だと!? …なんかソードスキルも上がってそうな…(笑)
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