10話 先手必勝でブスリです
到着したのは大きな商業都市だった。
祖国の王都程ではないが、道行く人も多く活気がある。
「「ありがとうございました」」
御者に礼を言って馬車を降りると、2人はライルの友人の元へと向かう。
こじんまりとした家に到着し、ドアを数回ノックした。
「久しぶりだなぁライル」
建屋から出てきたのは、中肉中背で日に焼けている赤髪の男だった。
「すまないアーバン。世話になる」
「気にすんなよ。持ちつ持たれつってやつだ」
以前祖国の王城で、召喚獣マンティコアが制御不能に陥った事がある。その時に偶々居合わせたライルが、アーバンを助けて以来の付き合いだ。
「そちらの御方は、ティリア・フローレンス様ですよね?」
「いえ、ティリアと申します。私はもうフローレンスの者ではありませんので」
アーバンは「ふむ」と言いながら、ティリアをじっと見た。
「お美しい。ライルが羨ましいなぁちくしょう」
「あの……」
異性から気安く声を掛けられた経験が少ないので、ティリアは対応に困っている。
「おいアーバン」
ライルは強めにドスッと、アーバンの脇腹に肘打ちをした。
「うげっ」
「煩いから黙れ」
アーバンは身をかがませながら「調子に乗って悪かった」と言って謝った。ちなみに気の置けない仲のアーバンは、ライルからの手紙で大体の事情を知っている。
「早速だけど案内しよう」
アーバンが向かったのは、郊外にある小さな家だった。少し古いが、手入れの
されている庭付きの家だ。
「うわぁ。素敵ですね」
ティリアは手を組んで眩しそうに目を細めた。
「いやいや。むしろ貴女様の方が素敵で――」
ドスッ。
「うげあっ! 加減しろよライル! いてぇじゃねーか!」
「煩い。黙れ」
「大丈夫ですかアーバン様?」
「近寄ってはなりませんティリア様。こいつは節操無しの隔離対象者だと思って接してください」
「酷い言われようだなっ!?」
ライルが冷めた目で見る中、家の契約について話し合う。一通り内見も済ませて話し合った結果、概ねライルが満足する内容だった。
「アーバン。今回は本当に助かった。ありがとう」
「ははは。俺もお前に助けられた事があるからな。おあいこだ」
そう言って手を差し出すと、2人は固く握手を交わす。
「何か良い話があったら真っ先に連絡するよ」
「マジで? じゃあメッチャ可愛い子がいたら紹介してくれ」
「はぁ。変わらないなお前」
苦笑しながらアーバンと別れた。
こうして、ライルとティリアの隣国での生活が始まった。
△
翌日。
必要な物はアーバンが粗方揃えていたので、生活には困らない状態となっている。
「ではティリア様。俺は今から職を探しに行きますので、家の守りをよろしくお願いします。それと何度も言いますが、絶対に家から出ないでください。俺がいない時は、ドアを開けるのも庭に出るのも厳禁ですよ?」
「ええ。さっきも聞いたわ」
「この家は手練れであろうと、簡単には侵入出来ないようになっています。ですが絶対に安全という訳ではありません。もし無断でドアを開けようとする者がいたら、そいつは敵だと判断してください」
この家の窓には鉄格子が嵌められており、玄関のドアには、朝一番で来てもらった魔法使いに施錠魔法を掛けてもらっている。登録者であるライルとティリアしか鍵を開けられない仕組みだ。
施錠魔法の依頼料はかなり高額だが、ライルが支払える範囲内の金額だった。騎士の大会で優勝したライルには、それなりの貯えがある。
「仮にですが、不届き者がドアを開けて家に押し入ってきたとします。その場合、ティリア様はどう対応されますか?」
「そうね。逃げるか説得する……かな?」
ライルは首を振った。
「残念ながら不正解です。そういった時は、相手の腕をナイフで刺してください」
「刺すのっ!?」
「遠慮は要りません。先手必勝でブスリです。一思いにやってください」
「無理ですっ!?」
しかしライルは、立派な軍用ナイフをティリアに手渡す。
「手打ちにならぬよう肩を入れ、身体全体でぶつかりながら刺突するのがコツです。そうすればナイフがより深く刺さります。刺したら後ろを振り返らずに、一目散に外へと逃げてください。
大声で助けを求めれば、事態の悪化は防げますから。もしよろしければ、一度レクチャーしましょうか?」
「人を刺すなんて無理ですっ!?」
「そうですか。それでは絶対にドアを開けてはいけません。よろしいですね?」
「え、ええ。分かったわ。市井って怖いのね」
「もちろんです」
ライルは慇懃に頷いた。
「ではティリア様。行ってまいります」
「気を付けてね」
家を出ると、ライルは職を探して色々な場所を周った。何でも屋、飯屋、薬屋、食糧品店、運送、仕分け、荷揚げ、職業案内所、建築現場にカフェまでも。
しかし望む報酬が得られる仕事は見つからない。
「難しいもんだな」
公爵令嬢の護衛任務をやってきたライルは、市井で普通に働く場合の報酬がこんなに安いとは知らなかった。
「提示されてきた額の3倍は必要だ」
(少しでも良い生活を送ってもらいたいからな)
だがライルの希望を満たす職など皆無だ。中には希望額を大きく上回る金額提示もあったが、男娼としてスカウトされているのだと分かった時点で丁重に断った。
どうしようかと、街の通りをボンヤリ眺めていた時だ。
「おおっ。スゲェなそれ」
「だろう? 2日掛かりで仕留めたんだよ」
屈強な男は、荷車に何かを載せて運んでいる。ライルが目を凝らして見ると、載っているのは大きな熊の死体だった。
「普通の熊じゃないよな?」
「ウルベアーだ。売れば200万は固い」
「しばらく遊んで暮らせるじゃねーか。羨ましいな」
「へへっ。冒険者冥利に尽きるってか?」
屈強な男は、笑いながら通り過ぎていく。
「冒険者か……話だけでも聞いてみるか」
ライルは冒険者ギルドへ向かう事にした。