表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/77

01話 公爵令嬢ティリアは婚約を破棄される

ライルとティリアが祖国を出てギルドを訪れるのは「11話 ライルは最弱ギルドを訪問する」になります。


※各話の下部にリンクあります。

 王城では、ウィリアム王太子の成人を祝う夜会が開催されている。しかし壇上にいるウィリアムは、婚約者の異母妹と共にいた。


「ティリア・フローレンス! 僕は貴女との婚約を破棄し、ミリーナ・フローレンスと新たな婚約を結ぶ!」


 婚約破棄を告げられたのは、白銀の髪にアメジストの瞳をしたティリア・フローレンス公爵令嬢だ。


(何故なの?)


 16歳のティリアは才女であり、未来の王太子妃に相応しいと目されている。婚約を破棄されるような貴族令嬢ではなかった。


「理由を、お聞かせ願えますか?」

「貴女の魔力は大きく弱まったそうじゃないか」


 睥睨しながらティリアへ告げる。


「はい。それが何か?」

「僕が何も知らないと思っているのか? だとしたら随分と舐められたものだな」


 剣呑な態度で咎められても、責められる理由がティリアには分からなかった。魔力の強さは、あくまでも妃を選ぶ一要素でしかないからだ。


「貴女は僕に相応しくない」

「畏れながら申し上げます。私の魔力は確かに弱まっておりますが、王太子妃になる身として、恥じない程度であるかと存じます」


 ティリアの魔力は極端に落ちてしまったが、それでも高位貴族や王族として十分過ぎるレベルを維持している。


「魔力の強弱を問題にしているのではない。神罰を受けるような貴族令嬢など、僕の婚約者に相応しくないと言っているんだ」

「神罰……ですか?」


 金髪碧眼のウィリアムは、戸惑うティリアを冷たく見据える。


「貴女の護衛騎士が神罰を受けて以降、貴女の魔力も大きく落ちている。それこそが、貴女が護衛騎士と共に神罰を受けた動かぬ証拠ではないか。僕という婚約者がありながら、護衛騎士と蜜月な関係だったのだろう? 神の怒りに触れるのも当然と言えるな」


「いえ、私はそのような――」

「言い訳は不要だ不埒者め!」


 ウィリアムは強い口調で詰ったが、ティリアは神罰など受けていない。魔力が弱まっているのは、幼馴染でもあるライルを心配して心を痛めているからだ。


 大陸最強を決める大会で優勝した騎士は「開かずの箱」を開ける試みに挑戦しなければならない。


 そして今年の優勝者はティリア付きの護衛騎士ライルだった。だがライルが慣例通りに挑戦したところ、開かないはずの箱が何故か開いてしまったのだ。


 それ以降、ライルの剣の腕は大きく衰えてしまっている。巷では「護衛騎士に神罰を与える為に、開かずの箱が開いたのだ」とも噂されていた。


「どのみち貴女はもう要らない。僕には愛するミリーナがいるからね」


 ウィリアムの横で、ミリーナが勝ち誇ったように口角を上げる。


「そう……ですか」


 ティリアは背筋を伸ばすと、無表情で臣下の礼をとる。


「婚約者として至らず、大変申し訳ございませんでした。婚約破棄を謹んでお受け致します」


 退出しろとの指示でティリアは会場を出た。促されるまま別室へと入り、婚約破棄の書類にサインをする。


 既に国王夫妻とフローレンス公爵家の間で話し合いは済んでおり、事はスムーズに運んだ。全てを終えて部屋を出たティリアは、後方に侍女と護衛が控えているにも関わらず一筋の涙を流す。


 泣いたのは婚約破棄で心が傷付いたからではない。6年間の努力が徒労に終わったやるせなさからだ。


(……あっけないものね)


 この婚約はティリアが望んだものではなく、両家の都合による政略だった。


 先妻の娘を公爵家から追い出したいフローレンス公爵と、膨大な魔力持ちの貴族令嬢を王太子妃として迎えたい王家。双方の思惑が一致した婚約だ。


 頭の足りないウィリアムに代わって、将来はティリアが実質的に政務を担うと目された。その為、苛烈を極める王太子妃教育が長年に渡って課せられている。


 決済や承認に留まらず、権謀術数めぐらす者への対処や臣下の指導法に至るまで、もはや王太子妃教育とは言えないものまで施された。


 寝る時間も満足に取れない中、ティリアは人生を費やして最大限の努力をしてきた。自身の恋心を捨てて王家へ嫁ぐ決心もしていた。しかし婚約は破棄され、全ては水の泡となって消えた。


 ティリアは不義など働いていない。むしろそれを咎められるべきは浮気性のウィリアムの方だ。ウィリアムが他の貴族令嬢達と身体を寄せ合っている姿を、ティリアは何度も見てきたのだから。


「もう……疲れてしまったわ」


 砂漠に水を撒いていたようなもので、努力は何も実を結ばなかった。


「あの、ティリア様?」

「ごめんなさいマーサ。私は王太子妃にはなれないわ」


 すると若い侍女は、何度か首を振った後に落胆してみせた。一介の侍女が取るべき態度では断じてない。だが公爵家で疎まれているティリアは、使用人達からも侮られていた。


「王太子妃の侍女として、王城に上がれる日を待ち望んでおりましたが。まあ、こんな事になるのではないかと薄々思っておりましたけど。はぁ……ミリーナ様の侍女が羨ましい」


 異母妹のミリーナは強欲だ。王太子妃になれる好機を見逃すはずがない。そして派手好きなウィリアムも「ミリーナ嬢を見倣え」と、貞淑なティリアに常日頃から苦言を呈していた。


 そんな2人が共謀してティリアを貶めたのだから、今の状況は当然の結果と言える。ティリアにとっては、もはやどうでもいい事だが。


「フローレンス公爵家には御子息様もおりますしねぇ。ティリア様の心中お察し致します」


 薄く笑う侍女の目は、ティリアを蔑むものだった。ミリーナが王太子の婚約者となり、フローレンス公爵家には程良い魔力持ちの嫡男がいる。


 婚約破棄で傷物となったティリアの婚姻は、酷いものとなるのだろう。公爵は、先妻の娘であるティリアを愛していないのだから尚更だ。


「……ライル」


 ポツリと呟いた言葉は、侍女の耳には届かない。

 優しい護衛騎士の顔を思い浮かべながら、ティリアの胸中は不安に揺れていた。

評価・ブックマークをしていただけますと幸いです。


よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ