静視
私は静視、正志さんと一緒にこの村にやって来た正志さんの妻。
私は、この村にやって来てからずっと見ていた。
愛するあの人が、大変な思いをしている人たちを、少しでも、一人でも多く救いたいと言っていたので、正志さんのその言葉を素敵だと思って付いてくることにした。
そして、その言葉が本当になればいいとも思った。
正志さんは、この村に来てからずっと頑張っていた。
それに対して、村人たちの態度は本当に酷いもので正志さんも私と同じように逃げたいと思ったこともあると思う。
食料を奪われたり、火を放たれたりしたこともあった。
最後のあの日。
最後に正志さんに抱き締められ、キスをされた日。
私は、全てを知っていた。
あのまま出掛ければ殺されることも、村人が正志さんを殺すためにそれを企てていたことも私は知っていた。
正志さんが領主の家に行っている間、私は正志さんが庭に植えた植物の世話をしていた。
その時に、偶然近くを通りかかった村人たちが、明日正志さんを広場に呼び出して、火を着けて殺してしまう計画を話していた。
村人たちは、その話に熱心になり没頭していたため、最後まで私に気が付くことはなかった。
それでも私は、あの人をいつも通りに見送った。
だって殺したのは私じゃないもの。
私は何も知らなかった。
私は、初めから最後までただ見ていただけ。
あの人の理想は、本当に素敵なものだと思ったけれど、私自身が何かをしたいとは思わなかったし、そのために自分が命を落としてしまうのは嫌だったから。
だから、ただ見ていただけ。
私が引き止めていれば、あの人は間違いなく助かっていたと思う。
私が頼めば、正志さんは二つ返事で出掛けることをやめてくれたとも思う。
あるいは、その前の夜にでも二人でこの村から逃げることもできたと思う。
それでも、私は見ているだけだったから……。
私は、正志さんを殺した村人を許せない。
私はただ見ていただけで、何も悪いことをしていないのに。
それなのに。
私から、私の大切なあの人を奪ったのは絶対に許せない。
でも、もうあの人は戻ってこない。
私は、あの人が救おうとしたこの村がもうどうなっても知らない。
あの人を奪ったこの村は滅んでしまえばいい。
そう思うだけだった。