一平くん その2
あの男には妻がいる。
実際に外に出て何かをしているのは男の方みたいだけど、どうやらあの女の方が指示を出し、男に何かをさせているようだ。
まるで悪の女王か何かのようだ。
夫婦でこんな辺鄙な村にやってきて、一体何をしようって言うんだろう。
何か企んでいることがあるにしても、もっと得られるものがたくさんある村や街もあったと思う。
あの男は、時々外に出て、ふらふらと何かしているようだけど、何をやっているのかは分からない。
もしかすると、何もやっていないのかもしれない。
僕の印象としても、何もしないやつといった感じだ。
昨日は夜遅くに寝たため、起きるのは昼頃になってしまった。
お母さんも寝かせておいてくれた。
もしかしたら、実は起こしに来てくれたのかもしれないけれど、それに気付かないほどに寝ていたのかもしれない。
外に出てみると、なんだかみんな忙しそうにしていて、えいたくんとびーこちゃんもお父さんやお母さんに言われて一緒に遊べないらしい。
外に出ている人たちは忙しそうな人が多いのに、その割には外に出ている人が少ないのも不思議だ。
みんな夜寝るのが遅かったせいでまだ寝ているのかもしれない。
そんなことを考えながら、家から持って来たボールで一人で遊び始める。
ボールをついてみたり、蹴っ飛ばしてみたり投げてみたりしてみるけど、やっぱり一人で遊ぶのは楽しくない。
そんな時だった。
「こんにちは。」
声を掛けられた。
例の男だ。
明るい声で挨拶されたため思わず挨拶を返してしまうところだった。
でも、すぐに例の男だとわかり、驚きが勝った。
「一人で遊んでるのかな?」
男は聞いてくる。
「そ、そうだけど……なんか用?」
聞き返す。
「いや、なにしてるのかな?と思ってね。」
「――べ、別にいいだろ。なにしてても……。」
男が何を聞きたいのかが分からない。
「そうだね。もしよければ……少しお話ししてもいいかな?」
「な、なんだよ……。」
一体何の話をしようというんだろう。
「まだ引っ越してきたばかりでこの村のことがよく分からないんだ。もしよければ教えてくれないかな?」
「べ、別に教えることなんかないよ……。」
「今、お父さんやお母さんは一緒にいないの?」
「父ちゃんは仕事だし、母ちゃんは家にいる。妹も一緒だよ。」
「そうなんだ……。それで一人で遊んでたんだね?」
「そうだよ。」
「お父さんは、何のお仕事してるの?」
「何でそんなこと言わなきゃいけないんだよ。」
「もしかして、お父さんのこと嫌いなの?」
「べ、別にそうじゃないよ。何してるかは知らない。でも、領主さんのところで働いてるよ。」
「そうなんだ。」
「そうだよ。」
話は淡々と進んでいく。
「実は俺はね……この村で大変な事が起きてるって聞いてやってきたんだ。」
「そうなの?でも、この村で大変な事なんてなにもないよ?」
「この村が大好きなんだね。でもそれなら、俺は君の味方だよ。だから、何か少しでもおかしいなって思うことがあったり……異常なこと、間違ってるなってことがあったら、教えてもらえないかな……?」
「僕の、味方なの?」
「ああ、君だけじゃなくてみんなの……。そうだな……実は俺は、正義の味方なんだ。」
「そうなんだ……。でも何も知らないよ?この村は平和だし、なにもおかしいことも知らない。お父さんやお母さんも平和でいい村って言ってるし、変なことは何もないと思う。」
「そうか……。わかった。ありがとう。何か困ったことがあったら俺になんでもいってよ。」
「わかった……。」
男は納得したようで去って行った。
やっぱり変なやつだ。
もっともらしことを言って、この村の人間を騙そうとしているのかもしれない。
気を付けなければ。
一人で遊んでいてもつまらないし、僕は家に帰ることにした。
「ただいまー。」
「一平!!なにしてたの!?」
家に帰るとお母さんの怒っている声が聞こえてきた。
「なにって……外で遊ぼうかと思って……。」
「勝手に出掛けちゃダメでしょ!!せめて一言言いなさい!!」
なんだかすごく怒っている。
「ごめんなさい。」
なんだか分からないけど、謝った方が良いと思った。
その後は、大人しく家の中で妹と遊んだ。
そうこうしているとお母さんが食事の支度を始めて、気が付くとお父さんが帰ってくる。
いつも通りだ。
そして食事中。
――ドンドンドン!!
なんだか昨日も似たようなことがあった気がする。
お父さんが食事を中断し、玄関のドアを開ける。
昨日と違ったのは、びーこのお父さんではなく、別の大人だったことだ。
その後は同じ。
昨日と同じようにまた夜遅くに出掛けることになった。
そして僕は昨日も一緒だったということで、今日もまたお父さんと一緒に行くことになった。
昨日と同じように例の男の庭の前にたくさんの大人たちが揃っていた。
昨日と違うところがあるとすれば、例の男の庭の様子だ。
昨日は特別目立つものはなかったけれど、今日は藁とか布とかで作られた人形が二つ置いてあった。
その人形は一本足で立っていて、まるで家に侵入してくる何かを防いでいるようにも見える。
「なんだあれは?」
大人たちの、小声でありながらもざわざわしている中から、声が聞こえてくる。
「さぁ?分からんがあの男のことだ。何か呪いの道具に違いない。」
「ああ、俺もそう思う。」
「じゃあ、どうする……?」
「焼き払ってみるか?」
「ああ、それもいい。上手くいけばやつをを村から追い出すこともできるかもしれない。」
大人たちの意見がまとまったようだ。
大人たちは、早速行動を開始する。
例の男の庭に立っていた二つの人形に火を放つ。
それで終わりだった。
昨日よりも大分早く終わり、すぐに帰ることになった。
外にあった人形はよく燃える材料で作られていたのだろう。
すぐに大きな炎を上げてメラメラと燃えていく。
その後のことは何も知らない。
でも、大人たちがそれでいいと言っているし、よく分からない男がこの村からいなくなるのなら、それはきっといいことなのだろう。
よく分からないものは追い出し、処分すればいい。
話などしようものなら何をされるか分からない。
自分の身を守るために怪しいものを排除しただけだ。
大人たちはそんなことを言っていたし、僕もそんな大人たちに囲まれているので、それでいいのだと思っている。