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透過する想いと、歪曲する運命  作者: ケト
第二章 衝撃が続く運命
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16話 高校生活初日

 八時ちょうど。

 玄関のドアを開けた黒木くろきそうは、晴れ渡った空から注ぐ日差しを全身の布いっぱいに浴びた。


 高校生活初日の朝、親元を離れてからは初めて一人で迎えた朝だった。正確に言うと一人ではないのだが、『初めて二人で迎えた』と言ってしまうと語弊がありすぎる。


「行ってきます」


 そう呟くと、ドアを開け放したまま外へと出た。すぐ後に、同じドアから一人の少女が顔を出す。

 同じ天照台てんしょうだい高校に通う、雛賀ひながみことだ。


 お互いの体質やら何やかんやで、双子を装い同じアパートの同じ部屋に住むことになった二人。

 とは言え、玄関は共用なものの、居住空間は階層で別れており、物理的な距離は床あるいは天井で隔てられていた。


「ただいま」


 誰もいない部屋に向かって帰宅を告げる命に目を向けると、「想、ちゃんと家の鍵持った? あと、お弁当は?」背中でそんなことを言いながら施錠をしていた。


「ちゃんと持ったよ。それと……『ただいま』に聞こえたから、挨拶には気を付けないとな」

「そっか! じゃあわたし、朝からみんなに『おやすみ』って言わないといけないわけ? ……まぁ、挨拶する友達ができてから心配すれば良いか」

「――だな。とりあえず、俺たちは右耳でだけ肉声を聞く。俺は、視界の外の肉声が聞こえるか。命は、本当の声が聞こえるか」

「うん。それぞれ、その声が聞こえたら、その人は何かしらの体質持ちってことだもんね」



 昨晩、二人で決めたことが一つ、決められなかったことが一つあった。


 まず、決めたこと。

 父の話によれば、天照台高校には特殊体質持ちが集まりやすいのだという。類は友を呼ぶと言うか、さらにそんな特殊体質の人とは『特に友達になりやすい』らしいのだ。

 さらに加えて、自分と命のような、交わらないとは言え運命的な出会いもあるのだという。


 運命の相手であれば勝手に仲良くなりそうだが、人と仲良くなるという経験がほぼゼロの二人。念のため、各自の体質を有効利用することにしたのだった。


 想は、拡声機能付きの耳キャップを外すと、視界に入らない人の肉声を聞くことができない。

 命は、拡声機能付きの耳栓を外すと、人の目を見なければ、その人からは『ねじ曲がった声』しか聞くことができない。

 二人とも、片方の耳だけそれを外す。そして、左右の耳で同じ声を聞くことができたら、それ即ち、その声の主が何らかの体質持ちと言うわけなのだ。


 これは想の役割に加わったものなのだが、命の『ねじ曲がり語』のチェックができるという利点もある。

 物事の好き嫌いなら、逆になったところでさほど大きな問題ではない。だが、朝っぱらから就寝のあいさつをするように、耳を疑う言葉になるものは、極力避けるべきなのだ。


 さらにもう一つ、想だけに関わることを加えると、ゴーグルの虚像機能も片側だけにしている。

 肉眼では、命を除く全ての人が透明人間に見えてしまう。そのため、目の前の光景を常に録画し、内側のレンズにその映像をリアルタイムに映し出している。

 その機能を片側に限定し、両目が同じものを捉えるかどうか。体質によっては、姿だけが見えるという可能性もあるのだ。

 ――というか、片側にして気付いたこと。それは、左右の見えかたにほとんどズレが無いことだった。

 改めて科学技術の発展に助けられている事実に触れた想だった。



 そして、決まらなかったこと。

 これは、『どちらが兄、あるいは姉か』という些末なようで二人にとっては重要な問題だった。


 もしも友達ができたとして、双子で一緒に暮らしていることが知れたら、その話題が出ることは必至だろう。

 さらには、自分たちの立場、というか印象もがらりと変わるはずだ。

 その人に兄弟がいるとして、兄なのか弟なのかで、与える印象が変わるやつ。

 微々たるものだし、それはほんの第一印象レベルだろうが、兄あるいは姉だと、しっかり者の印象を与えそうではないか。


 だが、それは決まらなかった。

 話し合いではもちろん、何か勝負事で決めようとする想に、『事実を見聞きするあんたが有利じゃん!』と言われ、即却下となったのだ。

 何やかんやで、『第三者の判断に委ねる』という、無責任な決定方法に決まったのだった。




「想、その制服だけど」

「あぁ、漏れ無く重いけど?」

「だよね。中学のときよりはマシだけど、ブカブカだもんね」

「俺、これまでどおりアレルギー体質で通すから。特殊な素材ってことで、周知方よろしく!」


「しっかし……真っ黒くて地味な制服だよね」

「確かに。学ランと変わらないもんな。本来は、『タイトなシルエットが高級感、重厚感を演出する!』らしいけど……」

「ブカブカに着たら意味無いもんね。これ、わたし、からだのラインがくっきり出て落ち着かないの。やっぱり、太ったかな……」


 胸部とウエストを撫でながら歩く命と、その姿から目を反らし歩く想。

 昨晩と今朝、命との第一回、第二回目の食事を体験したのだが。その細いからだのどこに入るのかと思うくらいに、命はよく食べる女の子だったのだ。



 ――「お前、大便の量すごかったりする?」


 昨日の夕食のあと、我ながらデリカシーの無い質問をすると、


「わかる? 特大のお花を摘むのが得意なの。あんたはその肉体の維持のために大量摂取しないとだけど……わたし、体重計にも嘘つかれてるのかな? 去年から、四十六キロでずっと変わらないんだけど。バストとウエストもね、去年から八十……」


 体重とスリーサイズを惜し気もなく披露し、返答してきた命。


 ……神よ、この完璧な国宝級美少女をつくりだすために、一体何万人から美の才能を奪ったのですか?

 筆頭犠牲者である想は、その素晴らしいプロポーションに鼻血を堪えつつ、ある重大な事実に気が付いた。


 そうか……中身がうちの父に似ているということは、デリカシーが欠落しているのだ。

 こちらもできるだけ注意して見守る必要があるらしい。




 ――「しかし、良い天気だな」


 想は、空を見る振りをすると、全力でその意識を命の完璧なからだからそらした。

 しかし、


「そんなことより、ねぇ。お腹のぜい肉ってこれくらいが普通なのかな? ちょっと、触ってみてよ」


 デリカシーの無い無自覚ほど怖いものは無い。


 いや、たしかに、こんなラブコメみたいな展開は妄想したよ? でもこれ、恋愛には発展しないやつだから……鼻から血を出して終わるだけのやつじゃん! しかも油断してたら絶対に鼻から出血それ致死量……


 なぜ自分にだけ本当の命が見えてしまうのか。そしてなぜ、恋愛感情は抱かないのに、鼻血だけは出てしまうのか。

 想の我慢の三年間が始まったのだった。




 八時三十分。

 二人が乗車したバスは、天照台てんしょうだい高校の第一ホール前に到着した。


「二階建ての大型バスで、たった十二人しか乗れないなんて贅沢だよな」

「千鳥配置で、前後左右の席が二メートルは離れてたね。やっぱりアレかな、生徒の体質を考慮してるのかな?」

「そういえば命って、父さんの体質は教えられてないんだっけ?」

「想の? うん。特殊体質って、基本は家族以外に教えないんでしょ? 想だって、うちのお母さんの体質知らないだろうし」

「国宝級に美しい、っていう体質じゃ無ければな……ところでさ、バスから降りた人、誰も第一ホールに向かわなかったな」

「だね。ってことはみんな、一年生じゃなかったんだね」

「入学式だから、今朝はみんな車で来るのかな? 今日だけ送ってもらって、今日から寮とかアパートに入るって人が多いのかもな」

「それか、そもそもバス通いの生徒が少ないか、だね」


 どちらの考えが正解なのか。続々と黒塗りの高級車がやって来ては、高級感と重厚感溢れる制服を纏った生徒が、第一ホールへと向かっていた。



 ――第一ホール前のモニターからデータを受信し、九時までにホール内、所定の席に着席してください――


 学校から事前に伝えられていたのは、この情報だけだった。

 ホールの正面玄関に向かって歩きながら、二人はカバンから、事前に配布されていたタブレット端末を取り出す。

 

 正面玄関、出入り口の横には四台のモニターが設置されていた。

 モニターから約十五メートルの距離に近づくと、『ピーン』という高い音が、データを受信したことを知らせてくれた。


「この情報ってさ、大型モニターで確認してもいいんだよね?」

「だよな。受信した情報と同じのが映されてるだろうから。でかい画面の方が見やすいよな」


 二人とも端末をカバンに仕舞うと、モニターに目をやった。

 モニターの前で足を止めるのは二人だけで、同級生と思われる生徒とその保護者は皆、個人端末を手に中へと入って行った。


「入学式の次第が一画面と、クラス分け……というか座席表が三画面か」

「三クラスしか無いってことだね。しかも、一クラスに二十人しかいないみたいだよ?」

「一学年に六十人か。思ったより全然少ないな。しかも、俺らみたいに変な人が多いんだろ?」

「あんたが一番変だろうけどね。よっ、筆頭変質者!」

「あ、『警察に通報しないでください』ってプラカード忘れてきた。……って、そんなことより、クラス名も変じゃね?」


「だよね。『壱』『S』『天』の三クラスだってさ」

「何らかの分野で優秀な成績を収めた人が集まる。入学後は生徒間で優劣をつけないとか、そんな教育方針があるのかもな」

「なるほどね。一番の『壱』に、スペシャルの『S』。そして、高校名の一文字目、か」

「つっこみどころ満載だよな。『一』じゃダメなの? 『A』じゃダメなの? 『天』ってなに?」

「こだわりがあるんでしょ。それに、人によっては高校の名前が入ってる『天』が一番だと思うかもよ?」

「ふーん。ところで、俺たちはどのクラスなんだか……」


「わたしが『天』で、あんたは『壱』だね」

「早っ! え、二秒くらいしか見てないよね? こわっ」

「速読が得意なだけ。座席順は五十音順みたいだね」

「こればっかりは成績とは関係無いからか。……うわっ、俺、ど真ん中の席なんだけど!?」

「わたしは右端だけど、後ろに一人いる……」

「まずは、背後に人がいる環境に慣れないとな」


 どうやら式典の座席順も、教室でのそれと同じらしい。

 モニターから視線を外すと、二人は出入り口へと歩み始めた。


「今日って式典だけなのかな? とりあえず、初日だし一緒に帰ろっか?」

「だな。じゃあ放課後、天クラスに顔出すよ」

「あ、わたしが行くよ。どこの星から攻めてきたんだ!? って大騒ぎになっちゃうから」

「俺、やっぱり宇宙人設定!?」




 ホールに入ってすぐ、命と別れた想。バスと同じく、前後左右で二メートルの距離が確保されている座席へと着いた。


 式典は、予定どおり九時に始まると、十時に終了した。

 その一時間で行われたのは、まさかの校長先生の話だけ。


 入学生へのお祝いの言葉、入学生を育てた保護者への労いの言葉。

 創立二四三年という天照台高校の歴史、そして卒業生たちの功績。


 熱く、胸に響く、校長が紡ぐ言葉たち。

 スピーカー越しだから、拡声機能が付いていない想の耳にも聞こえてきた。

 それに、もしかしたら耳が聞こえない生徒もいるのか、スクリーンにも一言一句同じ言葉が表示されていた。


 聞こえるし、見えるのだが……おそらく、想だけではなく、その場の誰もが思ったことだろう。


「えっと、校長先生って、何者なの?」


 壇上で挨拶をしていたのは、宙に浮く謎の白い球体だった。

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