14話 どう呼び合うか
――母の目を見ても、『双子ではない』以外の真実を聞くことはできなかった。
それでも、命はその真実を納得するための、事実を聞きたかったのだ。
「わたしのお父さんは、瞬きで忘れるくらい特徴の無い顔をしていた。お母さん、そう言ってたよね? そして……黒木想。わたしのお母さんを見て『聞いていた母親の特徴そのまま』みたいな感想を持ったんじゃない?」
「黒木想……フルネームもありだな……って、よくわかったね。まさにそのとおりだけど? 父さんからは『国宝級美少女だった』ってだけ……」
「やっぱり! さっきの写真、そして目の前に、無特徴も国宝級美少女もいるんだけど?」
「……ふふっ。そりゃ、そうなるよね。命、ごめんね、ちゃんと話さなくて。黒木くん、わたしから話しちゃっても良い?」
「もちろん」
「じゃあ……初めに断っておくけど、これから話すあり得ないことは、全て事実です。命も、想くんも、わたしを見ていればわかるでしょうけどね」
「いや、事実かどうかも大事だけど……やっぱり、あり得ないことが前提なのね」
「わたしと黒木くんは、お互いにとって、ものすごい運命の人だった。高校生のときは、同じアパートの同じ部屋に住んで、実はお互いに好意すら抱いていた」
「じゃあ、やっぱり……」
「でもね、わたしたちの運命が交わることは無かった。現れたの。お互いにとって、それを上回る運命が」
「ものすごいを上回る運命……?」
「うん。黒木くんとの運命が『ギガ』だったとしたら、新たな運命は『テラ』だったの」
「千倍……」
「何がすごいかと言うとね、テラの人たちは、わたしたちそっくりだったの」
「……この世には自分に似た人間が何人かいる、みたいな話は聞いたことあるけど。そっくりで、しかも千倍の運命の人が現れた、と」
「うん。千倍は言いすぎだったかもしれない。……しかもね、わたしと黒木くんは超が付くほどの奥手だった。さっさといろいろ認めたり受け入れたりしていれば、先にこっちの運命が交わっていたかもしれない。でも、それも運命だったのでしょうね」
「なる、ほど……あり得ないけど、嘘じゃないことはわかった……教えてくれてありがとう」
――彼女は、母親の言葉にようやく納得したようだった。
自分は何も聞かされていなかったのだが、どうやら父と彼女の母親は、ものすごい運命の人だったらしい。
でも、さらにすごい運命の人が現れて、父たちの運命は、ものすごいけれどただの運命で止まった。
もしかすると、本当の運命が訪れるまでは、下の名前で呼び合っていたのではないだろうか。
でも、自分たちを上回る運命の、しかもそっくりさんが現れ、下の名前で呼び合うとややこしくなる。
だから、運命度で劣る父たちは、名字で呼び合うことになった。
……ということで。ここからはまた、どう呼び合うかを考えなくてはならない。
先ほど彼女から呼ばれた『黒木想』は、やけにしっくりきた。
とすると、自分は彼女に呼び捨てされるとして、彼女には『様』を付けるか……などと考えていると、
「想、命ちゃんの名前をいろいろ呼んでみると良い。自分がしっくりくるのと、命ちゃんがしっくりくるのに決めよう」
「それだ!」
想は、考えられる限りを呼んでみることにした。
まずは、
「雛賀様」
「様は却下」
「え、いきなり!?」
「そりゃそうでしょ。あんた、自分が黒木様って言われたらどう思う?」
「そりゃ、嫌だけど? って、お前、あんた呼ばわりかよ」
「あんたこそ、お前呼ばわりして……でも、なんか……」
「あぁ、俺も、なんか……」
――双子を装うのなら、自然に呼び合えることが重要だと思う。
そんな中、不意に出てきた『あんた』という呼び方。やけにしっくりとくるのだ。
でも、二人の時はそれで良いとしても、人前で呼びかけるときに『あんた』はおかしい気がする。
となると……やはり下の名前だろうか。
想さん、想くん、想ちゃん……キモっ。
じゃあ、
「想で良い?」
「じゃあ、俺は命って呼ぶよ?」
「即決……なんだか、わたしたちのときよりも運命度が高い気がするね、黒木くん」
「そうだね。じゃあ、いろいろわかったところで……想、まだ大事な話があるけど、その前に聞いておきたいことはあるか?」
「まだあるの!? いや、ほら……命が俺の体質を知ってたでしょ? あれはどういうこと?」
そう言えばあのとき、なぜ想がわたしの本当を見ることができるかに論点が向き、説明されていなかった。
「わたし、ねじ曲がったモノしか見聞きできないでしょ? その代わりに、目を見るとその人の本当を見聞きできるみたいなの」
「なるほど。じゃあ、対面して俺の目を見て、すぐにわかったってことか?」
「ううん。入学して三日目に、学校の玄関で話をしたでしょ? あのときね、あんたから声が二つ聞こえたの。自分をアレルギー体質と言う声と、透過する体質と言う声。うわ、何この人、口が二つあるの!? って思っちゃったよ」
「たしかに、顔を厳重に覆った不審なヤツから声が二つ聞こえたらそう……思うか! それに、なにその怖い体質? 俺、お前に嘘つけないじゃん」
「あんたが嘘つかなきゃ良いだけでしょ? あんたこそ、事実を見聞きできるんだよね? じゃあ、喋らなくてもいい? わたし、本当は喋れないの」
「え? 何、急に面倒臭くなったわけ!?」
――思ったこと、言いたいことを言い合いながら、想はあることを考えていた。
命は、ものすごい運命の人。でも、そこに恋愛感情は一切無く、この先も決して交わることの無い、ただの運命なのだろう。
命の母親は、『繰り返す運命』みたいなことを言っていた。たしかに、自分たちは、親と同じ運命を辿っていると言っても良い。
つまり、この先、命を上回る運命の人が現れるということ。
命にそっくりな美少女で、その人には恋愛感情を抱くのだろう。
とすると……命は、命との運命は一体何なのだろう。
本当の運命を気付かせるための、ただきっかけを与えるためだけの、ただの運命なのだろうか。こんなにも居心地の良い運命が上書きされるのは、何だかひどく寂しい気がする。
それなら……そうだ。いつまでも双子を装っていれば良いのではないか。
たとえ交わらなくても、平行線だったとしても、ずっと近くにいることはできるのだから。
――思ったこと、言いたいことを言い合いながら、命はあることを考えていた。
想は、ものすごい運命の人。でも、そこに恋愛感情は一切無く、この先も決して交わることの無い、ただの運命なのだろう。
母が言ったとおり、わたしたちは母たちと同じ運命を辿っている。
つまり、この先、想を上回る運命の人が現れるということ。
想にそっくりで無特徴な、でも大好きな見た目のその人には恋愛感情を抱くのだろう。
でも、運命が繰り返すというのなら……わたしが愛する運命の人は、いつか、目の前からいなくなってしまうのではないか。
いずれ残るのは、わたしと想、そして、子供たちだけなのではないか。
……あり得ない話だ。でも、本当に同じ運命を辿るというのなら、一つ、言えることがある。
想とは、ずっと一緒にいることができるのではないか。だから、いつまでも双子を装って、ずっと近くにいても良いのではないか。
こんなにも居心地の良い運命なのだから。
――「じゃあ、対面はこれで一旦終了ってことで。命ちゃん、ふ」
「わたし、天照台高校に通います。二人暮らし、します」
二人暮らしのことは、ゆっくり考えて決めて欲しい。
父はそう言おうとしたのだろう。恐ろしく早く答えを被せる命に恐れを抱きながら、想は命のその意思を確認した。
「良いのか?」
「うん。実は、対面する前から決めてたの」
「そっか。でも、見た目と雰囲気が最悪で、残念だったな」
「えっと、それは……あはは。だってさ、想も同じだと思うけど。わたし、人に迷惑しかかけてこなかったから。想の身に何かあったとき、今のところ見て触れることができるのはわたしだけ。人のためにできることがあるって、きっと普通なんだよね? だから、あんた……想といることで、普通を感じることができるし、すっごく嬉しいの!」
想は、命とそっくりそのまま同じことを考えていた。
命の身に何かあった場合、誰でも命に触れることはできる。
でも、触れることで何がねじ曲がるかは、恐ろしくて検証すらできていないだろう。
そんな中、自分の体質は、本当の命を見聞きできて、触れることもできるのだ。
「なんか俺たち……ほんと、キモいくらい同じこと考えるよな」
「だね。あ、じゃあわたし」
「同じこと考えてたとしても、喋ろうね?」
「それじゃあ、いろいろとすっきりしたところで。ここからは想だけに関係のある大事なことなんだけど……」
やはり、自分にはまだ大事な話が残っているらしい。しかも、この施設で話すと言うことは、何か体質の検証でもするのだろうか。
「せっかくだから、わたしたちも見ていって良い? 命も、勉強以外のスケジュールが一生入ってないしね。あれでしょ、いろいろ測定するんでしょ?」
「うん。運命は繰り返す、というか、これは人為的に繰り返されたやつだけどね」
どうやら、何かを測定するらしい。
身体測定は先月やったばかりだし、体力測定は年に一回だし……しかも、人為的な運命とは何なのだろうか。
「じゃ、相良くん。ここからはお願いするね」
「お? 待ちくたびれたぜ? おい、相棒ジュニア。大人しく体重計に乗れや」
『お?』『だぜ?』が口癖で、父のことを『相棒』と呼ぶ、いつも測定に立ち会ってくれるおっさん。
物言いがひどく物騒な、父の高校来の友達だ。
月に一度は会うこの人のことは、『おっさん』と呼んでいた。
いつだったかは忘れたが、おっさんから『おっさんと呼んでくれ。がはは!』と言われたのだ。
「おっさん、体重は先月計ったばかりだよね? 中学三年生の平均ほぼそのままの、五十七キロ……」
文句を言いながらも、言われたとおりに体重計に乗った想。
明らかに異常な数値が表示されたことに気付いた。
「ねぇ、この体重計壊れてるよ?」
そこには、三五七キログラムと表示されていたのだ。