13話 双子説
「あのさ、説明してもらっても良い? 二人と違って、俺も雛賀……さん? も、一方通行の理解しかできていないだろうから」
堪らず、想は父に説明を求めた。
「そうだな。じゃあ、まずはお前の体質から説明するけど、いいか?」
良いも悪いも無い。自分の体質は、彼女の決断に必要な情報なのだ。
迷わず大きく頷くと、父の説明が始まった。
「命ちゃん。信じられないと思うけど……」
「人が発するあらゆるモノを透過する体質。ですよね?」
始まって早々、父の説明は彼女の言葉によって遮られた。そしてそれは、まさしく自分の体質だった。
「雛賀さん……説明する順番を間違えたみたいだね。というか、これは察しの良さ? それとも、事前に教えてくれていたの?」
「教えてないよ? ……あぁ、そういうことね。あはは! じゃあ、想くん。命の体質を説明しましょう。心の準備運動はしてきた?」
なぜ、彼女は自分の体質を知っているのか。そんな疑問を抱きながら、彼女の母親の問いにも大きく頷いた。
「命はね、人が発するあらゆるモノをねじ曲げるの」
「……ん?」
「想くんの体質は、人の発するあらゆるモノを透過する。命はね、想くんが透過するのと、たぶん同じモノをねじ曲げる。わかりやすく言うと、『本当と逆に見える』『本当と逆に聞こえる』『本当と逆に感じる』ってこと」
何という、大変な体質を……そんなことを思いながら、納得できることがあった。
中学入学後すぐに聞こえてきたのは、彼女の『ねじ曲げられた事実』を噂したものだったのだ。
彼女が発する眩さ、美少女さ、その他あらゆるモノがねじ曲がって、皆の目に見えていたのだ。
一億人が美少女と答えるその容姿の逆、つまりは一億人がブサイクと答えるようなもの。
とても優しくて綺麗で清らかなその声は、耳障りで、聞く人の精神を破壊するようなものに聞こえてしまうのだろう。
でも……それでは、なぜ自分は彼女の本当を見ることができるのか。
「俺のあらゆるモノを透過する体質が、雛賀……さん? の、ねじ曲げるという体質をも透過するからか。それとも、目に映った人の事実を見聞きできる体質のおかげか。あるいは、その両方か」
想は、自分の推測を話してみた。正解など誰もわからないだろうが、おそらく前々から二人の体質を知る父ならば、何かしらの考えは持っているはずなのだ。
――「たぶん、事実を見聞きできる体質の方じゃないか? 試してみるから、想、耳キャップを外してくれ。命ちゃん、こいつが耳のやつを外したら、好きな食べ物を言ってくれる? 『赤飯が好き』って」
何でわたしの好物がわかるのだ。命はそう思いながらも、彼が耳に付けていたキャップのようなモノを外すのを見届けた。
そして、ご希望どおりに「赤飯が好き」と言った。
「うん。僕には『赤飯が嫌い』って聞こえた。想は?」
「好き、って聞こえたけど?」
すぐに耳キャップを付け直した彼は、そう答えた。どうやら、本当が聞こえもするらしい。
「じゃあ、想。次は目を瞑ってくれ。命ちゃんは、そうだな……」
「はいはーい! 想くんを見てどう思ったか。それでお願いしまーす!」
「……は?」
この母は何を言っているのか。
さっき、彼の見た目を『大好き』だと認識したばかりなのだ。そんなわたしの答えは、それこそ、告白になってしまうのではないか。
「想くんは、命の運命の人に違いない。でも、繰り返す運命なら……命が、このループを終わらせてあげて!」
だから、何を言っているのだ。
えっと、わたしがここで告白することで? もしも彼が受け入れたら、お付き合いが始まって? 心の階層は同じだよ、みたいな親密な二人暮らしを経て? 高校卒業と同時にゴールイン? それ即ちループの終わり?
……いやいや、母よ。あなたの言うとおり、運命が繰り返しているのは間違い無い。
なぜなら、わたしは彼に対して一切の恋愛感情を抱いていないのだ。
問答の末、命は答えを決めた。思ったままを伝えることにしたのだ。
「見た目も雰囲気も大好き。だけど、そんなんじゃないから、勘違いしないでよね」
思いの外恥ずかしくなった命は、眼鏡とマスクをポケットから取り出し、着け始めた。
そして、まずは彼の反応を確認する。
彼は、いつの間にか目を開けていた。大きくも小さくもないその目をかっ開いていたのだ。
大好きと言われて勘違いしているのだろうか。
……いや、ちょっと待った。
この検証は、目を閉じても本当が聞こえるか、というものだ。
もしかしたら、ねじ曲がって聞こえたのかもしれない。
ということは……え!? これから二人暮らしするのに、突き放してどうするわけ!?
いや、検証結果を聞くまではわからないけど。でも、あぁ……彼の口から聞くのを待てない!
命は脳をフル回転させると、自分で答えを導き出すために考察を始めた。
まずは、彼がなぜわたしの本当を見ることができるか。
彼の体質は二つ。透過する体質と、目に映る人の事実を見聞きできる体質。
あらゆるモノを透過し、それはおそらく、わたしがねじ曲げるモノと同じとされた。
ということは、わたしがねじ曲げないモノは、彼も透過しないのではないか。
わたしがねじ曲げないのは、拡声器を通した声や、映像に映る姿。それらは、事実を映した虚像と言えるだろう。
そして……わたしの発するモノは、ねじ曲げられた虚像と言えるのではないか。
つまり、透過しないのではないか。
そこに彼の二つ目の体質が加わることで、透過しなかった虚像が、ねじ曲がる前の事実へと変わる。
……うん、それっぽい。では、今の状況を整理しよう。
彼は、目を瞑っていた。つまり、わたしの言葉はねじ曲がったまま聞こえたはず。
……と、いうことは……と、いうことか。
あぁ、弁明しないと……
――「見た目も雰囲気も大嫌い。ってことだから、認識してよね」
目を瞑ると聞こえてきた声で、想はすぐに自分の体質を理解した。
彼女を見聞きできるのは、あらゆるモノを透過する体質のおかげ。そして、この透過する体質のおかげで、原理はわからないが彼女の本当をも見聞きできるのだ。
だから、目を瞑っていても、本当が聞こえてきたのだ。
彼女はなんて優しいのだ……ラブコメのような妄想をしていた自分に、現実を突きつけてくれたのだから。
でも、そう思われることはわかっていた。
そもそも二人暮らしをするだけでも、ものすごい運命なのだから。
同時に、想はある考えを抱いていた。
ラブコメのような妄想をしていたことは認めるが、彼女には一切の恋愛感情を抱いていない。
なぜか眼鏡とマスクを着け始めた彼女を見て、ようやくあの爆走少女と同一人物であるという確証を持った。
繰り広げていた妄想は、爆走少女と二人暮らしをする高校生活。つまり、目の前の美少女との妄想に一致する。
いつも長い妄想の末に辿り着くのは、『実は双子だった』という結末だった。
それは、彼女から感じた懐かしさにも似た安心感からくるものだった。
まるで、大好きなアニメを一話から見直し始めるときのような、安心と高揚の間のような感覚を持ったのだ。
そして今日の対面で、その感覚はさらに強くなった。
加えて、彼女の母親だ。
亡くなった母の外見に関する情報は『国宝級美少女』の一つだけ。国宝級美少女など、この現世にそういるわけではない。
つまり、彼女の母親が自分の母なのでは?
となると、彼女は双子の姉か妹。だから、恋愛感情ではないこんな感情を抱くのだ。
「わかった。雛賀……さん? の本当が聞こえるのは、この透過する体質のおかげなんだね」
まずは、理解した体質のことを口にすると、何やら意外な反応を見た。
「想がそれで良いなら……うん、そういうことにしておこう。お前、強いな!」
父はなぜか、励ますような目でそう言った。
そして彼女は、その大きな目でこちらを見つめていた。何か訴えかけるような目だった。
もしかすると……そうか、彼女も同じことを考えているのだ。『あんたから聞いてよ!』と、目で訴えているのだ。
「あと、聞きたいことがあるんだけど。雛賀……さん? も、同じことを考えていると思う。今日、心の準備運動をしてきたけど……きっと、この事実を聞くためだったんだね」
父は、自分の言葉から何かを察したようだった。
真剣な表情をすると、特徴の無い口を開いた。
「わかった。心して聞くように」
――彼は、わたしのねじ曲がった思いを『本当』として受け入れてしまった。
大嫌いと聞こえたはずなのに、やけに冷静に見える。そうか……彼は大人なのだ。
こんな厄介な体質のわたしからは、逆に、嫌われているくらいがちょうど良いと思ってくれたのだろう。
そんな勘違いは、これからの三年間で徐々に払拭していけば良いだけ。
だから今の問題は、この状況だ。
彼が急に口にした『この事実』とは何のことか。わたしも同じことを考えていると思う、とも言っていた。
……わたしが今、考えていること。そして、それが事実だったら衝撃的なこと。
それは、『双子説』だ。
なるほど、やはり彼は双子の兄か弟なのだ。双子だから、同じことを考えているのだろう。
「二人がその考えを持つことは予想していた。その上で、二人暮らしに『ある条件』を加えることを決めていたんだ。命ちゃんには、この条件も踏まえた決断をして欲しい。もちろんこの場ではなくて、時間をかけてもらって構わない」
双子説を踏まえた条件ということは……双子であることを自他共に認めるということだろうか。
「二人には、双子を装って欲しい」
やはりそうだった。でも……
「装うってどういうことですか? 名字も見た目も違うから、ちゃんと双子に見えるように振る舞うってこと?」
「そう。両親が離婚して親権が別だから、名字が違う。見た目が全然違うけど、親権者とはそっくり……ふふっ」
最後に、彼の父は鼻で笑った。そしてそのすぐ後に、
「黒木くん、わたし、我慢できない……あははははっ!」
母が急に激怒を始めたのだ。
きっと、感情をコントロールできないくらいに笑っているのだろう。
怒りが収まると、今度はちゃんと微笑んで見せて、母は言った。
「……失礼をば。あのね、まずは事実から伝えます。あなたたちは双子ではありません」
――もしも双子だと言われていたら、心臓を抉り取られるような衝撃を受けたことだろう。
双子説は無くなったとして、それでは、なぜ双子を装う必要があるのか。
これは単純な理由で、血の繋がらない男女が同じ部屋に住むのは、社会的に不純なものとして見られるからだろう。
目の前の彼女は、何やら真剣に考え込む様子を見せていた。双子を装うイメージでもしているのだろうか。
『俺たち双子じゃね?』と勘違いするくらいだから、自分たちは、双子を装うことには何の抵抗も無い。
問題は、双子に見えるかどうか、思われるかどうか。一番重要なのは見た目だろう。
彼女もそこで悩んでいるに違いない。
だがそこで、想は重要な事実に気付いた。
「どうせ俺、素顔出せないじゃん。目出し帽の中身は雛賀……さん? とそっくりだって言い張れば良いだけだね」
「そうだな。もしも素顔を見られても透明にしか見えないし、そっちの大問題が浮上するだけだ」
「うんうん。あとは命と想くんの気の持ちようだけ。ってことで、呼び方を決めましょう。双子を装うのに『黒木……くん?』『雛賀……さん?』じゃ、おかしいからね」
想は、これまで自分から人に呼びかけたことが一度も無かった。
しかも、相手は国宝級美少女なのだ。『様』を付けて呼ぶべきなのか、ひどく悩んでいると、
「ちょ、ちょっと待って!」
急に、彼女が大きな声を上げたのだった。