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透過する想いと、歪曲する運命  作者: ケト
第一章 衝撃から始まる運命
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12話 今日、僕たち、わたしたちは、対面します!

 十時五分前。

 父の運転でいつもの施設へとやってきた黒木くろきそう

 嘘のアレルギー体質のため、人とは別に身体検査や各種測定を実施する必要のあった想は、月に一度はこの施設を訪れていた。


 衝撃の事実を伝えられてから早二日。父からは、今日のためにより一層の心の準備運動をするように言われていた。

 主には、二日前の衝撃を何度も思い返すことで、この日に臨んでいた想だった。


 いつもどおり裏口の『関係者以外立入禁止』と書かれた扉から入ると、約五十メートル先の一角へと歩いた。

 そこは正面の出入り口から入ってすぐ左側のスペースで、最大で一トンまで計測可能な体重計が置かれていた。


 父は、いつも検査と測定に立ち会ってくれる『施設の人』に声をかけていた。話によると、父とは高校の同級生で、その人は警視庁の科学班的なところに勤務しているらしい。

 そんな肩書きとは裏腹に、見た目はバリバリの体育系で、自称レスリング宇宙一という謎の人物だった。


 予定時刻まであと五分。想は準備運動の仕上げとして、二日前の衝撃を『小学校の卒業式風』で振り返ることにした。



―――嘘だった、アレルギー体質!

 そんなバカな、本当の体質!

 この体質は、あらゆるモノを、透過します!

 突如決まった、高校進学!

 相手に委ねる、二人暮らし!


 そして今日、僕たち、わたしたちは、対面します! ―――



「今さらだけど、その相手ってもちろん男だよね?」

「想、お前ってほんとに大物だよな。聞かれたら最低限の情報は教えたのに……」

「いや、だって、会ってのお楽しみって言うからさ」

「なら、最後まで楽しみにしとこうか」

「……もしもだけど。入ってすぐ、俺の顔を見てきびすを返す可能性もあるかな?」

「お前の顔を見て『チェンジで!』ってか? まぁ、ゼロでは無いだろうな」

「……そもそも、俺の姿、見えるわけ?」


 父の指示で、施設に入ってすぐに目出し帽と手袋を外していた。しかもなぜか、父はずっと二メートル以上の距離を確保している。


「見えるはず。二人暮らしをするのに、見えないと困るだろ? でも、万が一もあるかもしれない。そうだな、お前のことが透明人間に見えたら、即『チェンジで!』で終わるだろうな」

「……」


 入学手続き、アパートの賃貸契約などは既に完了しているらしい。

 相手が二人暮らしを拒んだ時点で、自分、そして相手のそれら全てをキャンセルしなくてはならないのだ。

 どのくらいの手間とお金がかかるのか、あるいは、今さらキャンセルできないものだってあるかもしれない。

 父なら、あらゆる可能性を見込んだ最善の行動をとるだろうから、相手が了承する確率は極めて高いのだろう。

 それが、想の推測だった。



 想は、生まれて初めての緊張を経験していた。

 きっと、その相手も特殊な体質を持っているのだろう。性別もわからない中、だが、この二日間は一人の女の子を思い浮かべていた。

 中学に入学して三日目に話した、謎の少女。

 『喋れない』『ブサイク』という噂とは全く異なる爆走少女だった。


 『抱えている体質が関係しているのでは?』という推測とともに、唯一見えた目と感じ取った雰囲気を思い返し『あんな子との二人暮らしだったら、ラブコメみたいな高校生活を送れそうだな』という希望的願望を抱いていたのだった。



 『ピピッ』


 父の時計が十時を知らせた。と、次の瞬間、裏口の扉が開いた。

 まず、見えたのは光だった。まばゆい光が、薄暗い部屋の中を照らしたのだ。


 想は、顔の前に手をかざすと、目元に影をつくってその光を見た。

 逆光でよく見えないが、そこには二つの影があった。


 『バタン』


 ドアが閉まる音が聞こえ、立ち止まっていたその二つの影が動き始めた。

 段々と目が慣れて……いや、正気を取り戻してきた。実際には、その二人は光など発していなかった。そう感じるほどに、その二人が眩しく見えただけだったのだ。


 一人は、おそらく対面相手の母親だろう。地味で大きめの眼鏡とマスクを着けている。

 それでも眩しいと感じるような、神々しい雰囲気を纏っていた。まるで女神のようなその女性は、生まれた星も年齢も不詳だったが、自分と同い年の子供を持つくらいの年齢なのだろう。


 そして、女神のような母親の隣を歩くのが、対面の相手。

 二人暮らしをする予定の……女の子だった。


 その女の子は、母親と背格好がほとんど同じで、昨日卒業した中学校の制服を着ていた。

 母親とは異なり、その顔は何にも覆われていなかった。


 想は、その姿を見て思わず呟いた。



「父さん……謹んで辞退します」

「え、想が!?」


 よく見るラブコメ。

 『ひょんなことから美少女と同棲することになった俺』みたいなやつ。

 初めのうちはツンツン尖っていた美少女が、段々とデレを見せるようになり、なんやかんやあって結ばれる。

 そんな二人暮らしを妄想したことは認めるが、彼女は……美少女が過ぎるのだ。

 日本国内でアンケートをとったら、一億人が彼女を美少女だと答えるだろう。


 しかも、ラブコメだとほとんどの主人公が『普通』あるいは『よく見ると格好良い』という見た目をしているのだ。

 でも、自分は普通じゃなくて、無特徴。普通ということは平均値だから、十段階評価で言うと五のことを指すのだろう。 

 だけど、自分の無特徴はゼロ、あるいは計測不能な値なのだ。


 そんな、ゼロが一億と二人暮らしなど、お互いの両親と運命が許しても、社会が許さないだろう。

 

 ……そうだ。決定権は、あの美少女にあるのだ。こんな無特徴の自分を見て、すぐに踵を返さなかったことをまずは喜ぼう。

 でも、それは至極当然な事実なのだ。自分の顔は、『瞬きをする』『一歩歩く』そのたびに忘れてしまうほどの無特徴なのだ。

 近付いて、瞬きを我慢してよく見て、初めて『うわ、特徴が皆無!』と認識できるのだ。

 というよりも、そもそも見えていないという可能性もあるのだが。


 想は、頭の中で激しい問答を繰り広げながら、二人が近付くのをただ見つめていた。




――「雛賀さん、久しぶり!」

 二人との距離が三メートルに近付くと、男の子の父親と思われる男性が、母に声をかけてきた。

「うん。十五年ぶりかな? 黒木くんも、元気そうで何よりだよ!」


 みことは、十五年ぶりに再開したという二人の会話を聞いて、眉をひそめていた。

 たしか母は、相手の父親のことを『ものすごい、ただの運命の人』と言っていた。

 それなのに……まず、なんでそんな運命の人と十五年も会わないことがあるのだろうか。しかも、名字で呼び合うのも不自然な気がする。

 まだ『実は本当のお父さん説』を捨て切れていない命は、あごに手をやり、その会話をじっくりと聞いた。


「娘さんも、大きくなったね。雛賀さんとそっくりなの?」

「うん。当時のわたしそのまんま。瓜二つなの。黒木くんの息子さんも、そっくりなの?」

「うん。残念なくらいにね。……あぁ、紹介するよ。息子の、黒木想です。『そう』は、妄想の想と書きます」

「せめて想像の想って言ってくれない!?」


 黒木想と紹介された男の子の第一声は、気持ちの良いつっこみだった。


「ではこちらも。娘の、雛賀ひながみことです。『みこと』は、絶命の命と書きます」

「せめて生命とか運命って言ってくれる!?」


 命も、母の小ボケに目一杯つっこんだ。




――雛賀命、なんて良い名前なのだろうか。

 顔写真にただそのフルネーム『雛賀ひながいのち!』と入れたグッズをつくるだけで、軽く一兆円くらい稼げそうだな。

 想はそんなことを考えながら、親たちの会話に疑問を抱いていた。

 『そっくりなの?』どちらも、そんなことを聞いていた。つまり、どちらも子供のことが見えていない、ということなのだろう。


 全てを透過する体質の自分が見えないのはわかるとして、父は、あの美少女の姿が見えないとでも言うのだろうか。

 ただの国宝級美少女という体質だと思ったのだが、他にも何かを抱えているのかもしれない。

 もしかすると眩しすぎて直視できないほどの逆光を放つ体質とか。


「じゃあ、まずは重要な確認をしよう。想、お前、命ちゃんの顔が見えるか?」


 やはり、人には見えないような体質なのだろうか。逆光とか。


「はっきりと見えるよ?」

「うん。僕も、はっきりと見える」

「見えるんかい!」


 また、思わずつっこみを入れてしまった。

 普段の父は、完全なつっこみ属性だ。ボケているのではなく、おそらく、あり得ないことが溢れるこの環境のせいで、あらゆる言葉がボケに聞こえてしまうだけなのだろう。


「重要なのはね、どう見えるか、なんだ。雛賀さん、写真は持ってきた?」

「うん。と言っても、わたしのピチピチ時代のやつだけど。生き写しだから、良いよね?」


 そう言うと、彼女の母親は上着のポケットから茶封筒を取り出し、中に入っていた写真を見せてくれた。


「うわ、懐かしい! これ、二年の始業式の日のやつ?」

「そう! うちであやちゃんの制服姿お披露目会をやったときのやつだよ!」


 どれがその彩ちゃんかは不明だったが、やけに美男美女が多いその集団で、二人の人物が目に留まった。

 一人は、自分のそっくりさん。そしてもう一人は、目の前にいる彼女のそっくりさんだった。


「これ、合成じゃないよね? 知らない人の中に俺と雛賀……さん? の生き写しがいるように見えるけど?」

「そうか。そう、見えるんだな?」


 父、そして彼女の母親は目を見合わせて、お互いホッとしたような表情を浮かべていた。



――「じゃあ、次ね。命、あなたは想くんの顔が見える?」

 彼の父親に引き続き、次は母がわたしに質問をした。

 先ほどのやりとりから、はじめから写真との整合性を加味して答える。


「うん。はっきりと見えるよ? 黒木……くん? 写真に写るお父さまとそっくり。というか、瓜二つだね」


 母、そして彼の父親はまたも目を見合わせて、またもお互い不安そうな表情を浮かべていた。つまり、本当はホッとしているということだろう。

 よくわからないが、とりあえず、彼にはわたしの本当の姿が見えていることはわかった。

 あらゆるモノをねじ曲げるわたしの体質は、人に見せる自分の姿をもねじ曲げる。

 しかも、吐き気がするほど醜い姿に見えるようなのだ。


 でも、写真には本当の姿が写る。

 だから、肉眼のわたしと写真の母を見比べて、『生き写し』という彼は、本当が見えていると言って間違いが無い。

 そうすると、母が言う『運命の繰り返し』というのも間違いではなさそうだ。


 目の前の彼は、おそらくわたしの本当を見聞きすることができる唯一の人。

 そう、運命の人なのだ。

 どんな体質かわからないが、わたしの『ねじ曲げる』が効かないのではないだろうか。

 そして、彼のその見た目だったのだが……これまで、人の見た目の基準は、好きか嫌いかの二つだけだった。

 そして、たった今、そのバリエーションが一つ増えた。


 『大好き』なのだ。


 安心するというか、懐かしいというか。まるで、学校から帰って、自分の部屋で大好きな数学の勉強を始めたときのような、安心と高揚の間のような感覚だった。


 でも、不思議と、そこには恋愛感情のようなものは無いと断言できた。

 母が言う、ものすごい運命すぎて交わらない、というのも、間違いではないのかもしれない……


 そして同時に、

『やっぱり、彼のお父さんがわたしの本当のお父さんなのでは? となると、彼は双子の兄か弟。そうであれば、これらの感情も頷けるよね』

 

 何度も捨てては取り出してしまう推測を、またもやゴミ箱から拾い上げた命であった。

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