表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透過する想いと、歪曲する運命  作者: ケト
第一章 衝撃から始まる運命
10/54

10話 歪曲した運命なら、逆にねじ曲げて真っ直ぐにしてやれば良い

 進路の話……これまでの話を踏まえると、今後も、わたし自身の我慢が続くことは変わらない。

 自身の、排泄物みたいに醜い姿と雰囲気が相手に伝わることも変わらない。

 でも、聞こえてくる言葉が真実ではないと知った今、わたし自身の我慢は相当、軽減される。あとは、まわりの人も我慢を続けてくれれば……


 いや、違う。わたしは運命から逃げてきたのだ。

 ただ我慢して、耐えることで運命に抗っていると思っていた。

 でも本当に抗うのならば、人の目を見て、人と喋らなければいけなかったのだ。

 一般的な普通とはかけ離れているかもしれない、でも、自分にとっての普通を得る努力をしなければいけなかったのだ。


 人が発する、自分が発するあらゆるモノをねじ曲げるわたしの体質。だけど、人の目を見ることで唯一、真実を聞くことができる。

 これは、逆のことも言えるのではないか。きっと、相手の目を見ることで、向き合うことで、本当のわたしを伝えることだってできるはずなんだ。


 だから……わたしは、もう逃げない。


 ひどい運命に解き放たれたことは変わらない。変わるのは自身の意識だけで、取り囲む環境もほとんど変わらないだろう。

 でも、変えることはできる。


 そう、運命をねじ曲げてやれば良いんだ!

 もともと歪曲した運命なら、逆にねじ曲げて真っ直ぐにしてやれば良い!



 わたしがそんな決意を固めていたことを察したのか、母は微笑んだ。


「さすが、わたしの娘だね。すっごく負けず嫌い。……そんなみことに選択肢を授けようではないか!」

「選択肢? 進路を選べるってこと?」

「そのとおり!」


 本当の体質を聞く前に考えていた進路。一つは、人と極力接しない仕事に就くこと。もう一つは、通信制の高校に通って、高卒の資格を得てから、仕事に就くこと。

 でも今は『中卒』で進むことができる道ならば何でも良いと思っていた。


「命の進む道に、制限なんて無い。どんな道を選んでも良い。でも、あなたは……わたしが歩んできたのとほとんど同じ運命を辿っているの。だから……一つは、わたしが歩んだ道を勧めてあげたい」

「お母さんの、道……?」

「わたしもね、こんな体質のせいで進路なんて考えられなかった。でも、そんなわたしの環境を、周りの人たちが変えてくれたの。その環境はね、一般的な普通からは大きくかけ離れていた。でも、わたしにとっての普通を感じることができた。心の底からそう言える、かけがえのない場所だったの。とても居心地が良くて、楽しかった。そして、運命に立ち向かうこともできた」


 母は、ひどく険しい顔をしていた。きっと、当時の『普通』を思い返しているに違いない。楽しいことだけではなく、運命に立ち向かうような覚悟もあったに違いないのだ。


「その環境は、あなたにも普通を感じさせてくれるはず。本当の普通を与えてくれる人だって、そこにはきっと現れる。だから……わたしを信じて、その環境に進むか。それとも、命なりに、運命に立ち向かう別の道を歩むことを選択するか。それはね、命に決めてもらいたい」

「そんなの……」


 一つしか無い。母のことは心から尊敬している。

 そして今は、母が抱えている大変な体質のことも知っている。そんな母でも、普通を感じることができた環境だというのだ。

 わたしがそんな普通を選ばないわけが無い。母も、わたしの気持ちを察しているだろう。

 それなのに……母はわたしに選択肢を与えた。

 そこにはきっと、理由があるはずだった。母は、自分が歩んだかけがえのない普通を、心から勧めることができないのだろうか……




「今すぐ決める必要は無いよ。と言っても、入学式までの数週間では決めて欲しいけど」

「……入学、式? じゃあ、高校に通うってこと?」

「そう。わたしが通っていた高校。そこはね、通信制ではない、普通の高校……普通って言うと激しく語弊があるかもしれないけど」

「お母さんの母校……中学校も、わたしと同じだもんね。ほんと、同じ運命を辿るみたい」

「そうだね。でも、命はその運命を選べるの! ってことで、我が母校を紹介しましょう!」


 母は、母校の『天照台てんしょうだい高校』について説明してくれた。

 入学試験が一切無く『何かしらの分野で秀でた成績を収めること』『高額な授業料を納めること』『願書を出すこと』が、入学の条件だという。

 中でも、都市伝説とも言われるというこの高校の存在を知り、願書を出すのが一番、難易度が高いらしいのだ。


 高校の情報は、家族とは言え一切口外してはならない。

 例えば、父親だけがその高校出身であった場合、配偶者である妻にもその存在を話してはいけない。

 自分の母校のことは、何らかの嘘の校名を伝える必要がある。ちなみに母は、母校を『前野まえの高校』と偽っていたらしい。

 ただし、子供が何らかの成績を収め、その資格を得たとなったときに初めて、妻と子供にその存在を知らせることができるというのだ。


 願書は中学校を通して出すわけでないため、中学の先生にも、その存在がほとんど知られていない。

 ただし、毎年、優秀な生徒がこぞってどこかに行く。そんな謎の行動により、都市伝説の天照台高校が明るみに出てしまう可能性は高いだろう。

 そこは、天照台高校出身のいろいろな偉い人が、いろいろなところでいろいろと操作し、なんやかんやでこれまで明るみに出ることが無かったらしい。


 いろいろとかなんやかんやとか、激しく気になるところが多いが、母は『大きな権力が動いているっぽい』とだけ言っていた。

 気にしすぎると海に沈められるかもしれないので、なんかすごい高校、とだけ思うことにした。


 ちなみに、学校生活のことは実際に通うまで教えることができないらしい。

 たしかに、わたしが進学という選択をしなければ不要な情報になるし、明るみに出る可能性だって考えられるから、仕方が無い。


 そして、通学の方法だったのだが……



「実は、ここからすごく遠いところにあるの。車で片道三時間はかかっちゃうんだ」

「三時間も? お母さんもおじいちゃんも、送り迎えはできないもんね。じゃあわたし、電車で通うの?」

「電車とバスで、乗り換えも含めて四時間くらいかな。通えないことはないんだけど……問題は、あなたの体質なの」

「そう、だよね。今までは徒歩で通学してたし、結果オーライで誰にも近付くことが無かった。でも、電車とかバスが混雑していたら……人に触れてしまう可能性があるよね」

「うん。そして、触れた人間にどんな影響が及ぶか、わたしたちもわかっていない」


 人の思いをねじ曲げるのか。あるいは、性格、人格と言った人の根幹を成す何かをねじ曲げるような、恐ろしいモノなのか。

 検証することさえも難しいこんな体質のわたしが、公共交通機関を利用してはいけないのだ。


「ここから通うことはできない、と。じゃあ、その高校、学生寮があるとか?」

「敷地内に、すっごく快適な寮が完備されているの。すっごく高額な寮が……」

「おじいちゃんの退職金でも足りない?」

「おじいちゃんの退職金を当てにするにはやめようね? もう、二十年前のことだし、いろいろあって底をついてるし。わたしのお給料とおじいちゃんの年金では、とてもじゃないけど寮に入るのは無理なの」

「お母さんも年金を当てにしてるじゃん……じゃあ、学校に隠れ住むとか、どこかで野宿するとか?」

「なんでそこに下宿という選択肢が無いのか……」


「下宿? もしかして、アパートに一人暮らしするってこと? ……あ、そっか。おじいちゃんを召喚するんだね?」

「よぼよぼおじいちゃんを召喚して何になるの? それに、いつ天に召されるかわからないんだから」

「……」


 先ほど、母の呼びかけですぐに召喚に応じた祖父。おそらく、部屋の外の壁に聞き耳でも立てているのではないか。

 母の言葉で、祖父の寿命が削られている気がするのだが……


「じゃあ、一人暮らしってことだね? お母さんと離れるのは寂しいけど、仕方無いか」

「うん、わたしもすごく寂しい。でも、命は一人で何でもできるから、安心だけどね。でもね、一つだけ、安心できない問題があるの。しかも、かなり大きな問題が」

「それも、わたしの体質のこと? でも、一人暮らしなら人に近付かないし、問題あるかな? 心のケアなら、毎日お母さんに電話すれば良いだけだし」


「わたしのときもね、この体質が問題だった。もしもわたしの身に何かがあった場合。誰もわたしに触れることができないから、誰もわたしを助けることができない。

 そして、命の場合。あなたの身に何かあっても、あなたに触れることはできる。でも……」

「そっか、わかった。わたしを助けようとして触れた人の、何かをねじ曲げてしまう。誰もがわたしに触れることはできるけど、決して誰も触れてはいけないんだ……」

「何かがねじ曲がったとしても、それでも助けようとする人だっていると思う。でもね、もしもそんな『思い』がねじ曲がったら。助けようという思いがねじ曲がったら……」

「『助ける』の逆が『助けない』『放置』とかなら比較的、楽に天に召されるけど……もしも『危害を加える』みたいなのにねじ曲がったら、わたし……」


「そう、それが大きな問題。わたし、安心して夜更かしできなくなっちゃう……」

「深夜アニメに集中できなくなる、と。それは大問題だね……じゃあ、お母さんのときはどうしたの? 絶対に気を失わないという強い意志を持ち続けたとか?」

「ふふっ。精神論でどうにかするのは難しいでしょ? わたしの心身が丈夫だからか、結局はこれまでに何かあったことは無いけど」

「じゃあ、自分でどうにかできないなら、人に頼るしか無いよね? そもそも、お母さんに触れることができる人なんているの?」


「……わたしがいた、その環境にはね、わたしとあなたみたいな特殊な体質を持つ人が多かった。その中には、わたしに触れることができる人もいたし、触れさせることができる人もいたの。高校のことみたいに、自分の体質以外のことは詳しく話せないけど」

「……そんな、運命みたいな体質との出会いもあるんだね。それで、もしかして? そんな、お母さんに触れることができる友達と、同じアパートに住んでいたってこと?」

「そうなの。彼は、わたしの身に何かあっても助けることができた。それにね、彼は自分の体質のせいで、限られたものにしか触れることができなかった。だから、家事はもちろん身の回りのこともほとんどしたことが無い。そこには、お互いにとって大きなメリットがあった。

 わたしは彼に、いざというときに助けてもらう。いざというときというのは、命の危険が迫るときだから、とても大きなメリット。

 彼は、わたしにお世話をしてもらう。三年間毎日だから、彼にとっては大きなメリット。でも、実は段々と自分のことを自分でできるようになったの。だから、彼にとってのメリットはほぼ無くなっちゃったけど」


「……もしかしてだけど」

「その人がわたしのお父さん? って思った?」

「そりゃ、思うでしょ。そんな運命的な人、他にいるわけ……って、そうか。お父さん、寿命で亡くなったんだよね? お母さんと同い年なわけ無い、か……」

「ふふっ。そうだね。彼は、ただの運命の人だよ」


 母は、わたしの目を見ながらそう言った。その目からは、真実が聞こえてこなかった。

 つまり、『ただの運命の人』で間違い無いということ。

 ……父は一体何者なのだろう。少なくとも、母に触れることができる、数少ない人間なのだろうが……



「でもね、その『ただの運命』は、もの凄い『ただの運命』なの」

「どういうこと? 凄すぎて逆に結婚できなかった、みたいな?」

「そうそう、速すぎて結婚というゴールを二人で通り過ぎちゃったみたいな?」


「ちょっと待ってね……わたしと同じアパートに住むのって、その人の子供だったりする?」

「さすが、察しが良すぎる!」

「そりゃあ、もの凄い運命って言われたら、誰だってそう考えるよ」


「でも、一つ訂正しておくね。命が進学の道を選ぶのが大前提だけど……同じアパートじゃなくて、同じ部屋に二人で暮らすことになるの。彼の息子さんと仲良くしてね!」

「!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ