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透過する想いと、歪曲する運命  作者: ケト
第一章 衝撃から始まる運命
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01話 体質

 ――中学三年間で得た、かけがえのない思い。第三位から一位までを一気に紹介!


 ドゥルルルルルル……デンッ!


 第三位『感謝』。第二位『諦め』。

 そして栄えある第一位は……『我慢』でした!




 とある中学校、三学年のとある教室。

 その日最後の授業が終了するまで、残すところ九分に迫ったその瞬間。俯き瞑想する生徒もいれば、前を向き黒板ではない何かを見て呆ける生徒、あるいは斜め上を見て何かの思いに耽る生徒もいた。その中には、誰一人として授業に集中する生徒はいなかった。


 それも至極仕方の無いことで、この授業が生徒にとって中学生活最後となるのだった。

 二日後に控える卒業式、そして友達との別れを思い感傷に浸る者。最後の授業風景、よりによって自称『ハゲじゃありませぇん! 剃ってるんですぅ!』の輝かしい後頭部を見つめる者。少し先に控える高校生活に期待を抱いている者もいた。


 そんな中、窓際の一番後ろの席に座る少年、黒木くろきそうは一人、窓の外の晴れ渡った空を見ていた。

 その意識は、二割が最後の授業に、そして八割が謎の脳内ランキング発表に費やされていた。

 名は体を表すとはまさにこのことだろう。一日のうちに『想い事』に費やす時間がひどく長いのだ。これは、想が自己分析する自身の特徴のうちの一つだった。


 そしてその想い事は、ランキングベストスリーの詳細説明へと移る。



 まず、第三位に行く前に。四位以降は無いのかと聞かれたら、『ありません』と答える。なぜなら、得た思いはこの三つしか無いのだから。特殊な思い部門として番外編を挙げるとすれば、もう一つある。

 だが、それはまた後に取っておくとする。



 では、第三位『感謝』から。

 まず、想が常々思っていること。それは、「感謝とは何て便利な言葉なのだろうか」だ。人のあらゆる種類の善意、厚意に対して、たった一つの言葉、そして気持ちで済ませることができるのだから。


 想は、『普通の学校生活』を与えてくれた『周囲のあらゆる環境』に、多大なる感謝の念を抱いていた。身長、体重ともに中学三年生の平均とほぼ同じ。今年度実施したスポーツテストの結果も、全ての種目で平均値を記録するという、逆にすごいようなごくごく平凡な男子の想。

 ただしそれは、外見と体質を除けば、であるが。


 まず、頭部全体と首元までをすっぽりと覆うのは、特殊な布地でつくられた目出し帽のようなもの。唯一開けられた目元も、どす黒いゴーグルのようなもので厳重に覆われており、素肌はおろか、その人相すら見ることは叶わない。

 着用している制服だけは周りの男子と同じように見える。だが、素材が特殊なためか、そのサイズは平均的な体型である想には大きすぎるように見える。

 さらにその手首から指先は、目出し帽と同じ素材の手袋で覆われていた。


 一見すると、紫外線を一切拒絶する美魔女のような格好。これは、想が白い肌をこよなく愛するからではなく、生まれながら抱えている体質に起因するものだった。

 重度のアレルギー体質を持ち、人肌を始めとするあらゆるモノに触れることができないのだ。


 生まれてすぐに、母親が素肌で触れた部分が真っ赤に腫れ、高熱を出した想は数日間生死をさまよったという。

 十五歳にまで成長した今、その症状は、発症イコール死に直結するとまで言われていた。


 特に、目、鼻、口、耳は厳重に覆う必要があり、外見からはわからないが、目出し帽の中はさらに厳戒体制が敷かれていた。大気中にアレルギー物質が含まれる可能性を考慮し、鼻と口元には超薄型の防護マスクのようなものを装着している。そして耳元には、防護マスクの耳バージョンのようなものが被せられているのだ。


 素肌を厳重に覆い、限られたモノにしかれることができない。そんな大きな制約がある中で、それでも想は『普通の学校生活』を望んだ。もちろん、その普通というのは一般的な普通とはかけ離れたものだった。望むのは、ただ自身が我慢をするだけで、周囲には迷惑をかけないこと。

 結果、自身の多大なる我慢と引き換えに、自身が望む普通の生活を送ることができた。


 ただ、そこには一つの大きな勘違いがあった。我慢をしていたのは自分自身だけではなかったのだ。


 特殊な体質と特異な見た目を持つ自分に普通に接することは、周りの人にとっては我慢にも似たものだったのだ。

 普通の人は、普通ではないモノを認識すると身構えてしまう。それが人ならば、気を遣って、普通とは異なる接し方をしてしまう。そこには、見て見ぬ振りや敢えてれないなどの接し方もあるだろう。

 想は、自身の我慢に加え、周りの人間の多大なる気遣いによって、普通の生活を送ることができたのだ。


 周囲には、こんな見た目の自分に話しかけてくれるクラスメイトも多くいた。日替わりの目出し帽をオシャレだと言ってくれる人もいた。

 ただし、この格好で外を出歩いたなら、「銀行帰り?」「テロ帰り?」などという物騒な印象を持たれてしまうだろう。それこそ、毎日のように警察署から家に帰ることになってしまう。

 そのため、小学校から中学校までの九年間、その登下校は、祖母の運転する車で送り迎えをしてもらった。

 まさに、周囲の環境に恵まれたと言えるだろう。


 中学入学後、たったの三日でそのことに気付いた想。その後は、父親、祖母、先生、そしてクラスメイトへの多大なる感謝の念を抱き、日々の生活を送った。



 第三位が長くなったが、第二位の『諦め』に移る。

 これは簡単で、想は一般的な普通を得ることを諦めていた。


 普通の格好ができないし、普通にモノに触れることができない。普通に人と接することができないし、その逆も然り。だから、普通の学校生活も義務教育までと決めていた。

 高校進学は早々に諦め、父とは進路の話をしたことすら無かった。そうは言っても、高校に通わずに何をするか、それはさすがに父と話して決める必要があった。だが、なんとなく話すタイミングを見失い、今に至る。

 察しが良すぎる父は、自分から相談するのを待ってくれているのだろう。それか、息子の将来に全く興味を持っていないか。きっと、それは前者に違い無いが。



 最後に、第一位の『我慢』。

 これこそ単純に、小学校生活も含めた九年間、よく我慢しました。それに尽きる。


 物騒な印象しか与えないこの格好は『美魔女』と思ってもらえれば儲けものとさえ思っていた。

 人よりも聴覚に優れているためか、クラスメイトのコソコソ話がはっきりと聞こえてきた。自分の外見を悪い例えで話すものがほとんどだったが、中には、生まれ持ったどうもしようがない体質のことを話す人も多くいた。

 だが、それも自分が望んだ環境の一部なのだから、言われる自分が悪いという認識があった。


 加えて、想は察しが良すぎた。人の考えを先読みすることができたし、その人が口にすることのない思いまでも『声』として感じ取ることができたのだ。

 特に口にする必要の無い、小便や大便といった生理現象を我慢する声。自制心が働き、口からは出てこないであろう、人の悪口や自身の欲望などの声。そしてそれらは、自分にとっては全くもって不要な情報だった。


 だが、どうしても耳に入ってしまうコソコソ話と違って、それらの声は、その人の姿を捉えなければ感じ取ることが無かった。だから、目線すら完全に隠すゴーグルを有効利用し、人と目を合わせるどころか、人の姿を視界に入れないように心がけた。


 得意の想い事でコソコソ話を上書きし、人を見ずに、大いに余った時間には学生の本分である勉強をする。

 それが、想の我慢であった。



 三年間のかけがえのない思いを、たったの五分で振り返り終えてしまい、想は小さくため息をついた。

 その吐息は防護マスクに吸収され、外気に触れることも、クラスメイトの耳に触れることも無く消えた。

 授業終了までの残り四分。想は、番外編の思いを振り返ることにした。


 それは、これまでに何度も何度も思い返した、ある思い出から派生する思い。

 想の我慢の日々を支えるような、特別な想いでもあった。




 ―――入学して三日後のことだった。

 部活動に所属できない想は、帰りのホームルームが終わるとすぐに下駄箱へと向かった。


 小学校の頃から窓際の一番後ろが特等席で、いつも外を見ては想い事をしていた。その日も、何度も外を見ていたはずなのに、正面玄関で外を見るまで雨が降っていることに気付かなかった。


 バッグには常に折りたたみ傘が入っていた。だが、傘は差さずに祖母の車まで全力疾走すべく、玄関の屋根の下で手首と足首を回し始めた。仕上げに膝の屈伸をしていると、ふと、すぐ横に人の気配を感じた。

 膝を伸ばし、目線を向けてみる。


 そこには、重く暗い雨空を見上げる、一人の女の子の姿があった。


 その身長は男子の平均そのままである自分より少し低いくらい。細身で手足が長く、真っ直ぐで綺麗な黒髪も、肩甲骨にかかるくらい長い。

 目線をその横顔に移して見ると、中学生の女子にしてはやけに地味で大きな眼鏡をかけ、不織布の白い大きめのマスクを着けていた。

 前髪が眼鏡のフレーム上部にかかっており、その顔面の大部分が何かで覆われていた。


 まるで、意図的にその顔面を隠しているかのように思えた。

 唯一確認できる顔面のパーツは、眼鏡のレンズ越しに見える目だった。目尻が少しつり上がり、猫のように大きいその目は、雨空の色と同じ、どこか物憂げな表情をしていた。


 五秒ほど見つめていると、ようやくすぐ横に立つ謎の物体に気付いたのか。その小さな顔がこちらを向いた。

 女の子の大きな目と想の目が、交差する。


 女の子の目は、遮光機能を持つどす黒いゴーグルを突き破るような輝きを放ち、想の目を眩ませた。

 同時に、腹部にスタンガンを突きつけられたかのような人をすぐ横で見たかのような衝撃を受けた。


 それが、女の子との出会いだった。

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