表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

Episode.8:三種族会議

 戦いを終えた俺は、やや虚ろな気持ちで、拘束された大銀狼を見下ろしていた。

 心の内には、戦闘をしてしまったという罪悪感がひしめいている。


 かつて自らに課した誓約と制約。それは、自分のためには決して戦わないという、不戦の契りであった。いかなる理由があろうとも、自分の利益、利得のために力をふるうことは許されない。もしこれを破った場合、心臓に巻き付いた極細の鎖が締め上げられ、絶命する。


 言い換えれば、呪いのようなものだ。

 俺はそのことを、シエルやルノスたちに話した。皆が驚いていたけれど、シエルだけは、どこか得心したような顔をしていた。


〈狒王〉、〈煉赫〉、〈破邪の蛇〉の三体も、一様に苦い表情を浮かべている。


 彼らは事情を知っているだけに、複雑な心境なのだろう。

 そうして重苦しい雰囲気が漂い始めた頃、気まずい静寂を打ち破るように、間の抜けた声が聞こえてきた。


「う、うーん? ここは? 私はどうしていたんでしょう」


 グリーン・ゴーレムの腕の中で、ピルカが小さくうなった。


「目が覚めたか。ちょうどいい。さっき一段落ついたところだ」

「一段落?」

「ああ。いろいろあったけど、一応な」

「なるほど、それはよか――え、なんで大銀狼までここに? しかも、なんでセイルの前で跪いているんです?」


 冷静になったピルカが、今のこの異様な状況について物申す。

 シエルが遠慮がちに耳打ちをした。


「結局戦いになっちゃったんですけど、その中で、セイルくんが獣王であることが知られたんです。それ以降、こんな感じの対応をされているんですよ」

「なんですか、それ。獣王って言葉には、獣を従える魔力でも宿ってるんですか?」

「さあ。でも彼らにとって、セイルくんが特別な存在であることは間違いなさそう」

「ふうむ。興味深い。そして、セイルにかしずくということは、大親友である私にも従う義務がありますね」

「はい?」


 シエルの目が点になる。

 ピルカは、またえらく尊大な態度を振りかざして大銀狼の前に立ちはだかった。


「ふふん。大銀狼よ。私こそがセイルのマブダチである。私にもかしずくのだ!」

『殺すぞ、醜い肉塊が!』

「ひぃぃぃぃぃっ!!」


 牙を剥く狼にビビりまくるピルカ。一瞬でシエルの背後に隠れると、「わ、私はセイルの親友なんだぞぉ」などとぼやく。

 と、その時だ。機を得たとばかりに、俺の前に跪いていた大銀狼が謝罪して、釈明を始めた。


『――獣王様。この度は、存じ上げなかったこととはいえ、かような無礼を働いたこと、心よりお詫び申し上げます。この大銀狼、いかような罰でも受ける所存であります。必要とあらば、この命をお納めください』


 こうべを垂れ、地に伏しながら発言する大銀狼に、先ほどまでの面影は微塵もない。


「いらないよ。あと、俺はもう獣王じゃない。召喚獣たちにも言ってただろ? 今は、ただのセイルだ」

『承知いたしました。セイル様』


 いや、全然わかってくれていないな。

 俺はため息をつく。


「それと、ルノスの結界も解除する。わかっているとは思うけど、もう争いはやめるんだぞ?」

『無論でございます』


 地に顔を付け、大銀狼は二つ返事でそう言った。

 俺はルノスにも目を向けて、尋ねる。


「ルノスも、これ以上狼たちには迷惑をかけない。これでいいか?」

『……仰せのままに。王よ』


 俺が獣王であることを知ってから、ルノスも恐々とした態度を取るようになった。一抹の寂しさを感じたが、当面の問題を解決できたことに、安堵と疲労感を覚える。


「お前たち、ご苦労だったな。ゆっくり休んでくれ」


 俺は三体の召喚獣に感謝を告げると、魔導陣を消し、彼らを元居た場所に帰してやった。

 それから、シエルを見る。

 大銀狼に付けられた傷が、生々しく残っていた。

 そっとそこに触れ、回復魔術をかけてやる。


「痛かっただろ」

「この程度、大したことないよ。助けてくれてありがとう」


 にっこりとほほ笑む彼女を見て、またぞろ胸が痛んだ。


「いや、俺がもっとしっかりしてたら、こうなる前に対応が出来ていたかもしれない。すまなかった」


「どうかな。心臓に鎖が巻き付いていて、戦うことに大きなハンデがあるんでしょ? だったら、あなたがしっかりしたところで、状況は変わらなかったかも知れない。それよりも、事前にそのことを話してくれた方がよかった。無茶苦茶な役割を与えなくて済んだもの」


 正論過ぎてぐうの音も出ない。


「ああ、反省するよ」


 そう言って、俺は苦笑した。

 その様子を見ていたピルカが怪訝な表情を浮かべる。


「んん? なんだか私の知らない間に親密になっていませんか? セイル、わかっているとは思いますが……」

「わかってるよ。俺とお前は、そう(、、)である限り親友、なんだろ?」

「理解しているようで何よりです。さて、もう用事は済んだのでしょう? ならば、さっさと帰って眠りたいです」


 大きな欠伸をして、ピルカがそう言った。

 お前は何もしていないけどな。そう思ったけれど、口には出さない。

 俺は頷きかけて、いや、とかぶりを振った。


「まだ、やり残したことがある」

「やり残したこと? それは?」


 首をかしげるピルカ。


「ああ。ドラゴンと大銀狼の全面戦争を回避することはできたけど、それは獣王の威圧によって実現した応急処置でしかない。原因となっている問題を取り除かない限り、また同じことが繰り返されるだろう」

「では、どうするんです?」

「おいおい忘れたのかピルカ。俺たちが何のためにここに来たのか」


 言われて、ピルカが呆けた顔になる。しばし黙考してから、はっと目を見開いた。


「対話、ですか」

「ああ。当事者たちの言い分を聞かずに考えたところで、解決案が出るとは思えない。独りよがりの策にならないよう、しっかりと話し合いをする必要がある」


 腰に手を当て、皆の顔を見渡してみる。

 全員が俺に視線を向けていた。

 俺は咳払いをひとつして、


「ルノス、大銀狼」


 と呼びかけた。二体の獣が「はっ」と短く返す。


「お前たちにも事情があることは理解している。そのうえで、これからどうすべきかを話し合いたい。対話に応じてくれる気はあるか?」

『断る理由がございませぬ』


 大銀狼が答えた。


「ありがとう。ルノスはどうだ?」

『私も同意見でございます』


 いろいろと思うところはあるだろうが、とりあえず上位魔獣二体を対話の場に引きずり出すことには成功した。あとは解決策を導き出し、できる範囲で協力をしていくだけだ。

 こうして、人と竜と狼による、三種族会議が開催されたのだった。




 ◆




 話し合いが始まるにあたって、俺はまず、二体の魔獣にそれぞれの言い分を語らせた。


『我らはもともと、この王天樹を代々の住処としてきました。私はもちろん、先代も、その前も、例外なくここで生活をしてまいりました』


 そう言ったのは大銀狼だ。俺は尋ねる。


「王天樹は故郷というわけだな。差し支えなければ、どうして王天樹を住処にしていたのか、教えてもらえるか?」


『初代の王がここをねぐらにしたのは、おそらく森の中でもっとも高く、もっとも偉大な樹であったからでしょう。しかし、それ以降の世代にとっては、少しだけ意味合いが変わっています。この樹は、我が一族にとって墓標も同じなのです』


「墓標?」


『左様です。初代をはじめ、この地には幾万という祖先の亡骸が埋葬されております。多くの者がここで生まれ、ここで育ち、そしてここを通じて自然へと還っていった。その一連の流れは、もはやある種の本能として、我らの魂に刻み付けられております。ここを無くすことは、我らの歴史を無くすも同義。決して看過できるものではございません』


 語り終えた大銀狼に対して、ルノスが口を開いた。


『この世は弱肉強食。それは貴様も重々承知しているな?』

『無論だ。ゆえに、我らは力で貴様から故郷を取り戻そうとした。仲間を鍛え、機を狙い、その首を引き裂く瞬間を待ちわびていた。まあ、結局はそれも叶わなかったわけだが』


 自嘲気味に狼が笑った。


『理解しているならば良い。私は私で、いつ貴様に襲われても文句は言えぬ立場だ。必要に迫られれば、戦いもしよう。その結果討たれたとしても、仕方がないと思っていた。だが――我が仔を奪われそうになった時、私はようやく、貴様らの気持ちが痛いほどにわかった。自らの大切なものを奪われる感情は、何よりも耐え難い苦痛だ。そして、それを引き起こしたのは、他でもない私自身だった』


 自らの考えを述べたルノスが大銀狼に向き直る。


『すまなかった。しかし、それでも私は、今この場を離れるわけにはいかな』

『なぜだ?』


 問いかけにルノスはドラゴンの卵の特性について語った。

 腹の中にある時期ならまだしも、産卵後の卵は、むやみに育てる場所を変えられない。生まれてくる仔竜の性質に、多大な影響を与えるからだ。

 両者ともに、王天樹を住処とすべき理由がある。

 俺は危惧した。このままでは、対話が平行線になりかねない。


「双方に曲げられない理由があるのか。大銀狼、例えばの話だが、ルノス――アンガーテイル・アルビオンの子供が巣立ちを迎えるまで、待ってやるという選択はできないか? 子供が巣立てば、ルノスは自然と自分の故郷に戻っていくだろうし」


 提案するものの、大銀狼の反応は薄い。


『セイル様。それはさすがに筋が通りませぬ。勝手に我らの土地を蹂躙しておきながら、その要件が終わるまで待てというのは、道理を反していましょう』


 お前が道理を説くのか。

 俺は内心でひっかかりを覚える。しかし、大銀狼が言っているのはまったくの正論だ。


「というわけだが、ルノスも譲る気はないと?」


 ルノスは頷き、口を開いた。


『ええ。我らは標高の高い急峻な場所に巣を作ります。この森に、この王天樹並みの高さを持った場所が存在しない以上、私が折れることはないでしょう』


 おや、と思った。

 俺は逡巡する。

 大銀狼の言い分には、「先祖代々が暮らしてきた土地」という唯一性がある。


 一方のルノスの主張は「卵を育てるのに適した高い場所が、この王天樹以外に存在しない」というものだ。つまり、代替物を用意できさえすれば、解決するのではないか?

 俺ははやる気持ちを抑えながら、ルノスに尋ねる。


「ルノス。卵を育てる場所は、この森の中にあって、高ささえ確保できるのなら、王天樹じゃなくても問題ないのか?」

『その通りです。しかし残念ながら、そのような場所など、この森には……』

「なければ作ればいい」

『は?』


 俺の唐突な物言いに、ルノスが呆けたような顔になる。対話の行く末を見守っていたシエルたちも、同じような反応をしていた。

 俺は続ける。


「だから、作るんだよ。王天樹並みに高い場所を」

『無茶を言いなさるな。この樹に相当する高さなど、神でもなければ作り出せるはずがありません』

「一人でやるとしたら、だろ?」


 意味深な発言に、ルノスも大銀狼も怪訝な表情を浮かべた。

 何を言っていると、その顔が物語っている。


『それは、どういうことでしょう? まさか、我らが力を合わせて行うと? 無理です。それでも魔力量が足りませぬ。優秀な魔術の使い手が、数百人単位で協力してくれるなら話は別ですが……』


 そこまで口にして、ルノスがはっとした。

 俺を見つめて、目を見開く。


『貴方は、もしや』


 ようやく理解が追いついたらしい。俺はにやりと口角を吊り上げる。


「ああ、そうさ。ここをどこだと思っている? ラスニールが誇る真学院だぞ。優秀な魔術師を擁する組織としては、大陸随一と言ってもいい。その連中の力を借りる」

「ちょ、ちょっと待ってください! 真学院の人を巻き込まないために、私たちは独自に行動をしたんじゃないんですか?」


 ピルカが喚く。俺は首をかしげてこう返した。


「そんなこと言ったっけ? 俺たちが独自で調査していたのは、学生たちに危害を及ぼさないためだろう? 竜と狼が激突したら、確実に真学院へも影響が出る。大怪我する者や、死んでしまう者も出るかも知れない。そうならないために、わざわざ対話の道を探ってきたんじゃないのか?」


 ドラゴンが存在していると分かった時点で、学院に通報し、武力介入を依頼することもできた。だが、そうなれば確実にいくつかの命は失われる。ルノスもただでは済まなかっただろう。

 誰も傷つかないようにするため、俺は魔獣たちを和解させる方向で話を進めてきたのだ。

 ピルカは俺の言い分に唖然としていた。


「そんなことを考えていたのですか」

「まぁ、最初から考えがまとまっていたわけじゃないけれど、だいたいそんな感じだ」


 正直、ここまで話がスムーズに進んだのは、奇跡に近かった。

 俺はシエルにも意見を求める。


「シエル。大見栄切ったはいいけれど、こればっかりは俺一人の力じゃどうにもならない。ニコラ学長に頼んで、学院の協力を仰ぐことって出来るかな?」


 最後の最後は人任せ。ちょっと格好悪いけど、仕方がない。

 シエルは迷いなく頷いた。


「うん、それは可能だよ。でも問題がひとつある」

「それは?」

「さっきのセイルくんの案だと、学生にも協力を要請しないといけない。そして学生を動かすためには、安全性の確保が大前提になってくる」


 ――誓約、あるいは制約の呪いが必要というわけか。


 シエルの言いたいことを理解した俺は、上位魔獣二体に向き合う。


「と、いうわけだ。解決案は示した。だけど、それを実行するためには、お前たちに制約を課さなければならない。今ここで、今後人を襲わない。人に害をなさないと誓えるか? もちろん、自分たちに害をなす存在に対しては、例外的に反撃することを認めるけれど」


『魔術的な誓約儀式ですか。私は構いませぬ』


 ルノスが即答する。


 俺が誓約、制約と言っているのは、ギアス・エンチャントと呼ばれる魔術儀式のことだった。対象の行動を恒久的に制限する呪いである。多くの場合は、罪人の再犯を防止するために使われていた。


「大銀狼はどうだ?」

『異論はございません。喜んで受けましょう』


 二体の了承を得たことで、俺たちは、晴れて問題解決の一歩を踏み出した。


「じゃあ、シエル。悪いけど、明日にでもニコラ学長に話を通しておいてもらえるか?」

「それはもちろん。セイルくんは?」

「俺? 俺はね、とりあえず、少しだけ休ませて……血が、足りない、から」


 そこまで言って、俺は意識の混濁を感じ取った。

 魔術による応急処置をしたとはいえ、重症には違いない。失った血は戻っていないし、傷の痛みも鮮明に感じられる。こんな状態で長時間活動できる方がおかしいというものだ。


 俺は、遠くにシエルの声を聴きながら、深い眠りの中にいざなわれる。

 意識を失う直前まで、俺はルノスと大銀狼の姿を目に焼き付けていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ