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一章 胡蝶の夢 1/2

――He grieved…


――彼は嘆いた。人間とはなんと不確定なのか、と。その不確定さゆえになんと無意味なのか、と。

彼は気付かない。彼がもっとも無意味だと嘆いたものが何なのかということに。

――そして彼は決意した。

――長い年月が過ぎて、彼の志しはとても強固なものとなっていた。そして彼自身でも変えられないものとなり、彼は一つの概念となっていた…




 朝、鳥のさえずりが聞こえ、カーテンのかかった窓から漏れる光は明るい。

爽やかな朝だなあ、などと思い、時計を見ると

「ろくじ…はん?」

 まずい! 自分としたことが一時間も寝坊してしまった。

 僕はガバッとベッドから跳ね起きて、手抜きには見えないような手抜き料理のメニューを考えながら早足で厨房へと向かって行く。

 見事に前言撤回しなければならない慌ただしい朝だった。



 僕こと宮倉優也は館に住み込みで家政婦のようなことをしている。

仕事の内容はと言うと、まず朝五時半に起床し朝食の下拵えをする。部屋を暖め、朝食を作り、ヌボーっと起きてくる屋敷の主に洗顔と歯磨きを促し、二人で朝食を食べた後、屋敷の掃除をして、昼食を作り、食べた後に屋敷の主にお茶を出し、事務的な仕事をしたら今度は洗濯。そして夕食を作る。これが一日のサイクルである…はっきり言って忙しい。忙しいがちゃんとお給料は出てるし、僕の分の食費とかの生活費は屋敷の維持費の内に入っているので、割りの良い仕事なんだと思う。

 そして今は朝食を食べ終わったところで午前中の数少ない休みの時間だ。

 そして、今僕の前でずずずとお茶を飲んでいる人が屋敷の主である彼方かなた 響子きょうこさんだ。響子さんは髪が長くてスタイルも良いという女性らしいパーツを持っているのになぜだか男らしい…もとい強そうで豪快な印象を与え、実際にそのまんまな性格であるのだけど。そんな性格を表したように館の中ではシャツ一枚にジーパン、外出時でさえその上にジャケットを羽織るだけというラフさだ。そして今、そんな響子さんは獣のような目付きを僕に向けて

「一息ついたところで訊かせてもらおうかしら優也、今朝のご飯はどうして手抜きだったのかしら?」

と睨みつけながら言ってきた。…もろに手抜きがバレている。何故この人は料理なんてしないくせに舌は肥えているのだろうか。

「あ…うう、その…寝坊しまして…」

すいませんと言うと、響子さんが

「しまして…じゃないわよ。せっかくおなかがいい感じに減ってたのにご飯がろくに喉を通らなかったじゃない!」

 茶碗三杯も食べた人のセリフとは思えない…。 さすがに本心は語らずに

「はい。以後気をつけます」

と応えていた。

 響子さんは、まったくと言ってテレビのニュースに視線を移す。

 ニュースではここ数週間話題になっている長期睡眠症候群について言っていた。長期睡眠症候群とは、発症者は初期の段階では夢遊病のような症状を示し、その後死んだように眠り続けてしまうというものだ。

長期睡眠症候群になった人で目覚めた人は現在一人もいないらしい。それどころか発症した人は数日の間に本当に死んでしまうと言う

「三百五十三人…か。こんなに発症者がいるのに、いまだに原因が不明なんて、どうなってるんでしょうね? 集団で発症するケースもあるみたいですし」

 集団で異常な事態に陥るというのは自分の身に降りかかったものではないとしても、三ヶ月前の出来事を思い出してしまう。

 ニュースでは心理学の教授という肩書きの人が、現実から逃避したいという願望から睡眠という行為に表れているのではと言っている、けれどそれでは死ぬ意味がわからないし、なにより発症者の生活には何の問題もなかったらしい。もちろん学校や職場での人間関係や、浮気や失恋などといった要素を除いてのことであるが。

「さあ、本当に精神病かもしれないし、新種のウィルスかもしれない。明確な答えは出せないわ」 響子さんの考えはたまに合理的だ。こういう時は大概仕事がらみであることが多い。というか仕事がからまないと信じられないほど大雑把になる。

「長期睡眠症候群になった人は通常の睡眠より多く夢を知覚している可能性が高いって…どういう夢を見てるんしょうね?」

僕はたった今ニュースキャスターが言ったことを響子さんに聞いてみた。 ちなみにニュースでは人間の睡眠にはSTEP1からSTEP4までのノンレム睡眠とレム睡眠の五つの段階に分けられ、ノンレム睡眠とレム睡眠はそのどちらでも夢を見るらしいが、夢として知覚されるのはレム睡眠のほうで、レム睡眠は通常、睡眠時間六〜八時間の間に一〜二時間ぐらい。長期睡眠症候群になった人は個人差があるにしても総じてレム睡眠のしめる割合が通常の三倍近くあると言っていた。どうもこれが精神病の説を裏付けているらしい。

「夢を見ている…か。ひょっとしたら私の出番になるかもしれないわね」 出番とはやはりそういうことなのだろう。この人は?魔法使い?なんていうものを生業にしていてその手の依頼をこなすのが仕事だ。

「魔法…なんですか、この…長期睡眠症候群は?」

「さあ。魔法だとすると、魔術かしらね。魔導はあいての精神に干渉するものがほとんどないから。」

 それを聞いて僕は質問したこととは別の疑問をいだいた。

「魔術と魔導って何か違いがあるんですか?」

「ええ、簡単に言うと、魔術は術式っていう、わかりやすく言えば魔法陣みたいなものを魔力で発現させて自身の内や外に干渉するもので、魔導は回路という魔力を変質させる道を作り、魔力を導いて自身の外に干渉するのよ。前者は内にも外にも働くから万能型で後者は外にのみ働きかけるものだから使い方は限定されるけどそのぶん効果の強いものが多いの」

 …よくわからないけど魔術と魔導が明確に区別されていることだけはわかった。

 そんなことを話していたら電話がかかってきた。響子さんが電話に出て応対すること数分。電話を切ると

「ひょっとしたらが現実になったわ。長期睡眠症候群を発症させている魔術師がいるみたい。そいつを倒しに行くことになったの。今夜中にけりをつけるわ」

 かけてあったジャケットの裾に腕を通しながらそう言った。

 それに対して僕は

「そうですか。あの…夕ご飯、今朝の分も凝ったものを作りますから、気をつけて行ってください」

期待してるわと言って、響子さんは屋敷を出て行った。


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